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自作小説倶楽部 第19冊/2019年下半期(第109-114集)  作者: 自作小説倶楽部
第113集(2019年11月)/「読書(※書籍)」&「サラダ」
23/30

05 らてぃあ 著  読書 『図書の守護者』

挿絵(By みてみん)

挿図/Ⓒ 奄美剣星 「司書」

  



 書架の間を数珠や御札を手に行き来していた下級生たちを追い出し、カウンターの内側の定位置に戻ったが読書を再開するには心がささくれてしまい、諦めて本を閉じた。

「また、幽霊探しの子たち?」

 学校司書の高杉さんがにこにこと笑いながら言った。その手は古い蔵書目録をめくっている。わたしは高杉さんの、そうした態度にも苛立ち、それが自己嫌悪となって跳ね返って来ることにますます暗い気持ちになった。高杉さんは大人の余裕で、ちゃんと仕事はしているのに、わたしは図書委員の身分をいいことに好きな本を読んでいるだけだ。肝試しの子たちを追いだすのも読書の邪魔だからだ。

 わたしが通うA女子高等学校は昭和初期に創立され、卒業生には有名女優や華族の婦女子もいる。さすがに校舎は何度も建て替えられているが中庭の薔薇園や講堂は一見の価値がある。

 残念ながら図書室は増、修築を繰り返し昔の面影は無い。戦災の折には貴重な蔵書が焼失したり行方不明になったりしたそうで何とも惜しい。その上、現在の校長は読書教育に重きを置いていないらしく放課後の図書室利用者も少ない。

 しかし、本さえ読めれば満足な私にとってはパラダイスがあった。

 それが一転したのは三か月前のことである。高杉さんが、「清里さん、最近、学校の七不思議に図書室が加わったのよ」と、教えてくれた。なんでも図書室には閉鎖されコンクリートで封印された書庫があり、そこには空襲で死んだ女生徒の幽霊が出るという。

 今日の下級生たちも怖いもの見たさで書庫があったという北側の壁を調べていたのだ。構造上、壁の向こうは中庭だというのに、おめでたいことである。

 今朝は新聞部の同級生までもが取材を申し込んできた。彼女には丁寧に、秘密の書庫などありえないことを説明したが、じゃあ南の壁ならありうるでしょうと行って来た。反論できないまま、わたしは困っている。

「もうそろそろ閉めましょう」

 高杉さんが腕時計を見て言った。日はすっかり傾き、窓から見える校庭は暗がりにあった。

 帰る前にカウンターにあった本を書架に戻す。大好きな古い本の香りの中、一冊一冊本を戻していく。ふと、誰かが奥の通路を横切ったのが見えた。高杉さんではない。高杉さんは熱心に目録をパソコンに入力する作業を続けている。彼女より背が低く、揺れる三つ編みが見えた。背筋にひんやりとするものを感じて、わたしは奥の棚の間を歩き、南の壁際にたどり着いた。書架と書架の間にわずかに見える灰色の壁を指でなぞる。なんの変哲もないコンクリートのざらりとした感触がした。


「もしもし、日向? ちょっと教えて欲しいことがあるんだけど」

 図書室を出ると、わたしは、すぐに新聞部の友人に電話した。

 ここは私の城だ。と女は思う。古い紙の臭いに背表紙から様々な主張を投げかけて来る本たち。明りがなくても書架の間を歩くことが出来た。かつて本を読みふけった祖父の書斎は持ち主の死とともに失われた。そして生活や人生というものは女に安住の場をもたらさなかった。資格を頼りにやっとこの学校に安住の場を見つけた。ここを失うわけにはいかない。ここが私の城なのだ。

 女は扉を開けた。

 と、突然眩しい光が女の眼を刺した。

「ああ、ここだったんですか。書架の裏のコンクリートじゃなくて柱から回り込むんですね」

 女は信じられない思いで声の主を認める。清里ゆかり、無類の本好きで彼女がこの学校で好感を抱いている数少ない生徒の一人だった。


「悪いようにはしません。と、いうか、書庫を見つけたことを、わたしに相談して欲しかったわ。高杉さん」

 埃と何十個の木箱の積まれた書庫を懐中電灯の明かりで観察しながら、わたしは高杉さんに語りかけた。高杉さんは小さな子供のようにべそをかいている。

 隠された書庫と幽霊の話を広めたのは、ほかならぬ高杉さん自身だった。新聞部の友人はそこまでちゃんと調べていたのだ。

 何故そんな嘘をつく必要があったのか。理由は単純だ。書庫は北ではなく南にあった。そこにはかつて資産家から寄贈されたという稀覯本が隠されていたのだ。いくつかの木箱は高杉さんの手によって開封されていた。中には様々な装丁の背表紙が見える。大きな損傷は無いらしい。お宝だ。わたしは努めて落ち着いた声で高杉さんに語りかけるが胸の中は歓喜で爆発しそうだ。

「理事長に見つかれば、売られてしまうわ」

 高杉さんがぽろりと言った。

「え?!」

「生徒には隠しているけど、この学校の経営が悪化しているのよ。あの拝金主義者には、これらの本は札束にしか見えないわ。ほかの教職員は理事長の言いなりよ」

 わたしは高杉さんがどうしてこれらのお宝を秘匿していたのか理解した。彼女の気持ちは痛いほどよくわかった。しかし、隠匿することは、本は読まれてこそ価値があるという、わたしの主義に反していた。


 結果、わたしたちは隠し書庫の稀覯本の存在を学校に報告した。3か月後のことだ。

 3か月間は、ゆっくり本を読む時間がないほど忙しかった。新聞部の協力も得て、わたしたちは高杉さんの作った稀覯本の目録と写真を手に権力のある卒業生や教育者を訪問し、さらに広げた人脈で教育委員会や文部科学省にまで訴え、すべての本を学校の図書館で永久に保存管理することを決定させた。

 つくづくと事件が終わるのは犯人を逮捕した時ではない。という警察本の言葉を実感した。

 クリスマス直前に図書館を併設した学校の記念館の建設が決定し、理事長の恨みのこもった視線を無視して講堂で挨拶をする大役を終えると、やっと本来の図書委員の仕事に戻ることを許された。


「そういえば、どうして、あんな幽霊話を思いついたんですか?」

 すべてが終わったある日の放課後、ふと、わたしは高杉さんに訊いた。

「幽霊? ええと、私、怖いのが苦手でそういう話があれば、みんな図書館に近づかないと思ったんだと、思うんだけど」

 自分のことなのに高杉さんの理由は曖昧だ。

 わたしが高杉さんの嘘に気が付いた日に見た女生徒のことを思い出す。今の指定の制服ではなかったような。まあいいか。彼女はこの図書室のどこかで静かに本を読んでいるような気がした。

          了

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