01 奄美剣星 著 読書 『ユリシーズ氏族一〇万年の旅』
Ⓒ挿図/奄美剣星 「化石人類」
今月は忙しくストック作品からです。
ブラック博士とユリシーズ氏族が遭遇したのは、シナイ半島で倒れていた博士を、彼らが救助したときだ。
族長ユリシーズには正式名があるが、発音しづらいので便宜上博士がそう呼んでいること、また族長の後に続く狩猟民五〇人からなる氏族名も、族長の仮称にちなんだものだということ、さらに氏族構成員の名前も仮称だということを読者諸氏にはご了承されたい。
担架で運ばれた博士が彼らに「どこからきたのか」尋ねると彼らは一斉に南を、「どこへ向かうのか」尋ねると北を指さした。
ユリシーズは数年前に妻を亡くした。四〇歳になる族長には六人の子供がおり、長子夫妻の手を借り、下の子供達を養育していた。なんと彼の子供達は、一五歳になる長子アキレスを除くと、旅の途中で拾ってきた他氏族の子供達だった。
アキレス少年は流暢な物言いをし、浅黒い細身の体躯も父親譲りだ。彼にはすでに二つ年下の妻ヘレンがいる。ユリシーズが拾ってきた他氏族の子供たちの一人で義理の妹だった。
アキレスとヘレンの夫婦仲は良く、椅子にした丸石に背中合わせに座って、石槍を柄にアスファルトで装着したり、捕ってきた獲物の革を剥いで服を作ったりして、弟や妹に渡していた。
アキレスは下の弟や妹たちに、槍先を作ってみせた。
一抱えもある岩石を拳サイズにまで小さくし、その縁辺を叩いて亀の甲羅に似た形にする。これをルヴァロワ石核という。この石核の一端を敲き石で大胆に叩くと、大きな剥片がゴトンと地面に落ちた。これがルヴァロワ剥片だ。ルヴァロワ剥片には縦長、楕円形、三角形がある。このうち三角形のものを選んで刃部を、当たり具合が石よりもソフトな骨格器を用いて細部調整をかけたのがルヴァロワ尖頭器、つまり槍先になる。
尖頭器の基底部にアスファルトや漆などの接着剤をつけ、柄の切り込みに槍先を装着すれば出来上がりだ。
アキレスがドヤ顔をすると、弟や妹たちは尊敬の眼差しをして歓声を上げた。
ヘレンに特筆されるのは金髪で色白肌、そして他の女性に比べて肩幅がある点だ。ヘレンは障害があるというわけではないが、アキレスのような言葉の流暢さがない。……というか文法がなっておらず、単語を連発しているだけだった。
他氏族と比べてユリシーズ氏族は異常なほど長い距離を旅する。途中、仲間達が死ぬこともあるので、何らかの事故に遭って途方に暮れている他種族孤児を救助して迎えるのだ。ヘレンもその一人だった。
口下手なヘレンだが、彼女は氏族に大きな恩寵をもたらした。彼女がユリシーズ氏族に迎え入れられるまで、ユリシーズ氏族は服というものを知らなかった。
ヘレンは、獲物があると見事な早業でスポッと毛皮を剥いでは、チョッパーというナイフの一種でカットして、氏族の人々のサイズに見合った服をこしらえる。針や糸はないが、毛皮の頭部や四肢をうまく生かしてフードや袖にしつらえた。
ユリシーズ氏族はテントを持たない。野営は洞窟や岩陰をつかうが、それがないときは、焚火して、寝ずの番数人に見張らせた。氏族の天敵は、各種肉食動物、そして「人食い」だ。
「人食い」というのは、文字通り人間を襲って食うようになった各種族の総称だ。……研究者たちの定説では、過去に飢餓があり、仲間の死体をあさっているうちに常態化したという説、カーニバリズム説、前頭葉未発達によるサイコパス化説がある。
ヘレンの家族は「人食い」に襲撃されて殺されたのだが、たまたま、ユリシーズ氏族が近くを通ったので、食われる直前に彼女一人だけが助けられたのだ。
「人食い」はガタイが良く、一対一では氏族の男たちでもかなわない。だがそこは多人数の強みを生かし、前面に主力を置き、後ろへ別働隊を回り込ませ包囲することで殲滅できた。
ユリシーズとアキレスの親子が先頭に立って戦えば氏族は無敵だが、時に怪我人も出る。かくいう博士は、二〇世紀半ば程度のレベルながら医療の心得もあるため、氏族内の負傷者を介護する「薬師」になった。そのことは長旅を好むユリシーズ氏族をさらに有利にした。
アフリカを出立したユリシーズ氏族は、イスラエルを経由して、ヨーロッパ、中国南部をも巡った。一〇万年前のことだ。
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補説しておこう。
類人猿が一千から七百万年前に二足歩行を開始したことをもって人類と定義される。ご承知のように人類はその後、猿人・原人・旧人の段階を経て新人(現生人類)となった。
八〇万年前、アフリカにいた原人ホモ・エレクトスの中からハイデルベルク(ホモ・ハイデルベルゲンシス)人が亜種として派生した。原人の亜種というよりも旧人として扱う研究者もいる。やがて二〇万年前にハイデルベルク人の中から初期ホモ・サピエンスとされるヘルト人(ホモ・サピエンス・イダルツ)が派生し現生人類に直結する。
従来ホモ・サピエンス以前とされてきたネアンデルタール人は、それより後発する一五万年前前後にやはりハイデルベルク人から分岐した。だから旧人というよりは新人亜種といえる。
ホモ・サピエンスの一派・ユリシーズ氏族が出アフリカをした一〇万年前は、第三間氷期という現在の地球によく似た温暖期だ。氏族が巡ったアフリカとユーラシア大陸には、アフリカのハイデルベルク人、ヨーロッパのネアンデルタール人、中央アジアから東南アジアにかけていたネアンデルタールから分岐したデニソワ人、そしてインドネシアのフローレス島で細々と生き長らえやがて「謎のホビット」ホモ・フローレンシスに進化する原人ホモ・エレクトスの一派がいた。
ユリシーズ族長は、各地の先住種族の孤児を養子に迎え、氏族の子女に娶わせた。こうすることで、先住種族の遺伝子と文化とを旺盛に吸収していった。
養女で息子嫁のヘレンは容貌からネアンデルタール人とデニソワ人のハーフだろう。
やがてその後の地球には七万から一万五千年前にわたって最終氷期が訪れた。極寒の際中である五万年前、量産型剥片石器文化「後期旧石器時代」を確立したホモ・サピエンスを除く五種族が、四万年前までに絶滅した。
否、正確に言えば完全な絶滅ではない。ホモ・サピエンスのユリシーズ氏族族長の英断によって、各種族は現生人類の血脈の中に生きている。
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太陽系第三惑星地球の衛星軌道エレベーター上には、量子分解によって、宇宙の遥か彼方にある各植民星系まで飛ばす巨大装置「駅」がある。大勢の乗客たちが乗り込む瞬間移動路線を「銀河鉄道」と呼ぶ。
銀河鉄道警察隊の塩路麻亜子警視は乗務員に、宇宙生命体遺跡調査官ブラック博士が座る隣の席へ案内され、「ヘルメット」を装着した。
二✕〇一年現在、「書籍」というものは脳と直接コンタクトして瞬時に情報をリーディング(受信)させるシステムをさすようになっている。
以前、瞬間移動時に「脱線」が起こり、目的地の植民惑星にたどり着けない事故が生じた。
事故が起きると量子化した乗客達は、過去ないしは未来へ飛ばされると対策専門チームは推定している。鉄道会社による救助は技術的にまだ困難。よって他時空へ飛ばされた乗客は各々サバイバルを生き延びねばならない。そのためのシュミレーションが必要だ。
仮眠状態にあるブラック博士が疑似体験したのは、一千万パターンもある物語の一つに過ぎない。
「過去の事故で乗客たちがどうなったかなんて誰も知らない。仮説は仮説、実際のところは気休めでしょ?」
ブラック博士がシニカルな笑みを浮かべると、女性警察官は困った顔をした。
ノート20191127




