「堕ちた者達編」 第二章 帰路(Ⅶ)
「予定通り到着しましたね」
「これ野宿しなくて済む。まずは今日の宿を探そう」
あれから一週間が経ち、一行はとある街に辿り着いていた。
ノイエハーゲンまでの旅路では、水や食料などを調達するために、途中何処かの街に寄っていく必要がある。一行が辿り着いたのは、「リーブラ」という名の大きな街であった。
道中魔族や野盗に襲撃を受けたが、予定通りの日に街に到着できた一行。肉体的にも精神的にもあまり休めない野宿ではなく、今日はベッドのある宿で休めるだけあり、疲れていても五人の機嫌は良い。街の入口となっている門を通る頃から、特にアイラとクレアはテンションが高かった。
「へえ~。噂に聞いてたけど、結構大きな街なのね」
「人々に活気があって、市場も賑わっていますわ。色々と見て回りたいですわね」
この地域では最も大きく、観光名所にもなっている街。それがリーブラである。
行きで立ち寄る事はなかったが、観光のために帰りは必ず寄りたいと、二人がミーシャにお願いした結果、一行はここに到着した。ちなみに、旅の予定を組むのはミーシャの役目である。理由は、彼女がこのチームの頭脳役で、計算が一番得意だからだ。
リーブラは砦のような外壁に守られ、東西南北に一つずつ大きな門があり、そこが街への入り口となっている。人口が万を超えるこの大都市では、多くの商人が集まり、毎日お祭りのように市場が賑わう。歴史ある大きな街であるため、観光に最適な名所もある。この街は、旅行に最適な大都市なのだ。
「リーブラに来たのは久しぶりです。お祭りのような活気は相変わらずのようですね」
「ヒイロ、この街に来たことがあったのか?」
「ええ、前に一度だけ。街の案内なら私に任せてください」
任せろと言わんばかりに、どんと胸を叩くヒイロは、案内に自信満々の様子であった。彼女以外、この街に来た事がある者はいないため、案内役はヒイロと決まった。
早く観光したい様子のアイラとクレアを連れ、シルヴァ達は移動を開始する。案内役に抜擢されたヒイロ曰く、おすすめの宿屋があるというのだ。
その宿は、主に旅人が宿泊する事が多く、宿泊料は比較的安めで食事も美味い。しかも露天風呂があり、風呂場から見上げる星空は、神秘的な美しさだと評判らしい。ヒイロはその露天風呂に一度入ってみたいらしく、そこを今日の宿に決めようとしていた。
風呂付で、しかも宿代が安くて食事も美味いのであれば、拒否する理由は何処にもない。一行はヒイロのおすすめに従い、宿を目指して街中を歩んでいった。
「そう言えば、あれから例の奴に襲われなかったわね」
「今度現れたら私が倒して差し上げるつもりでしたのに、拍子抜けでしたわ」
アイラの口にした例の奴というのは、勿論あの大鎌使いの男である。襲撃から今日まで、シルヴァ達は一度も襲われる事なく、無事リーブラに到着した。あれから夜は毎日、アイラとクレアが交代で見張りをしていたお陰か、野盗どころか、魔族にすら襲撃されなかったのである。
「もしまた襲ってきたら、私の魔法で捻じ伏せます」
「ミーシャさんもしかして、シルヴァさんが傷付けられたのまだ怒ってるんですか?」
「当然です。お兄様の仇は私が討ちます」
「おいおい、自分の兄を勝手に殺すなよ」
怪我を負わされたシルヴァの件で、あの男に対して一番怒りの炎を燃やし続けているのは、傷付いた本人ではなくミーシャであった。次にまた姿を現わした時は、自分の光魔法で完膚なきまでに叩き潰すつもりでいる。普段はサポートに徹しているが、こう見えて彼女は攻撃系の魔法も得意なのである。
「あんな下衆、今度会ったら光魔法の浄化の力で延々と苦しめ―――――」
「あっ!皆さん宿が見えてきましたよ」
物騒な事を口にし始めたミーシャの言葉を突然遮ったのは、目的の宿を見つけて燥ぐヒイロの言葉だった。目的の宿を見つけた一行は、久しぶりの宿に胸を弾ませながら、宿の入り口を目指すのだった
「ちっ⋯⋯⋯。奴らが宿に入ってくぞ」
「そっ、そうだね⋯⋯⋯」
「糞ったれ。ぶっ殺すチャンスはいくらでもあったんだぞ」
「うっ、うん⋯⋯⋯⋯」
「あの野郎は絶対に殺す。ああ畜生、イライラし過ぎて誰かぶっ殺したい気分だ」
「だっ、駄目だよ⋯⋯⋯!今はまだ観察の段階で―――――」
「うるせえ!あいつの命令だから仕方なく聞いてやってるが、こっちにも我慢の限界ってもんがあるんだよ!」
宿に入ってくシルヴァ達一行を見る、二人の人物。宿から離れ、物陰に潜み、じっと彼らを監視していた。監視していた人物の一人は、シルヴァ達を襲った、大鎌使いのあの男である。相変わらずフードを深く被っているせいで、顔はよくわからない。もう一人は、全身をマントで隠し、男と同じようにフードを被っている。長身で高圧的な男と対照的に、もう一人は低身長で気弱な性格であった。
「あの糞生意気な力にもイラついて仕方ねえのに、女共にチヤホヤされてるのも虫唾が奔るぜ。今すぐ殺してやりてえ」
「気持ちは分かるよ⋯⋯⋯。僕も早く、あいつら殺したい⋯⋯⋯⋯」
二人はシルヴァ達に対して、異常なまでの殺意を抱いている。高圧的な男は特にシルヴァを、気弱な方はミーシャ達に向け、強烈な殺意を露わにしていた。
「あの野郎の四肢全部斬り落として、腹掻っ捌いて腸ぶちまけさせてやる」
「そんなの⋯⋯⋯、全然面白くない」
「あん?」
「僕ね、もっと楽しい殺し方、思い付いちゃった⋯⋯⋯⋯」
自分の企みを頭の中で思い浮かべ、心の底から楽しそうに、男の仲間は邪悪な笑みを浮かべる。残忍な殺し方を口にしたこの男も、笑みを浮かべるもう一人の人物も、人の命を何とも思わない、殺しを楽しむ残酷な者達だ。特に男の仲間の方は、常人には真似できない、身も凍るような殺し方を思い付く。
「ちっ⋯⋯⋯。楽しそうにしやがって、あんまり調子に乗るんじゃねえぞ」
「ごっ、ごめん⋯⋯⋯」
「まあいい、今回は俺とお前がメインだ。奴らを血祭りに上げる時、俺をちゃんと楽しませろよ」
男もまた、不敵な笑みを浮かべ、もう一人もまた笑みを浮かべる。正体の分からない狂気の二人組は、シルヴァ達が宿の目の前に着いた時には、その場から姿を消していた。
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
「どうしたヒイロ。何か気になる事でもあったのか?」
「あっ⋯⋯⋯いえ⋯⋯⋯。今、誰かに見られていたような⋯⋯⋯⋯」
シルヴァ達が宿の入口の前に立ち、扉を開けようとしている中、ヒイロだけが振り返り、何処かを一点に見つめていた。彼女に気付いたシルヴァが、どうしたのかと声をかけると、ヒイロはすぐに我へと返る。
「変な視線を感じた気がしたんですが、気のせいだったみたいです」
「ヒイロは綺麗だから、きっとその辺の男達が目を奪われてただけさ」
「ふふふっ⋯⋯⋯。シルヴァさんはお世辞が上手ですね」
彼の言葉を冗談だと思い、上品に微笑むヒイロ。その美しい姿と微笑みに、シルヴァは目を奪われていた。
冗談で言ったつもりはない。こうして目を奪われてしまうくらい、彼女は美しい。この時のシルヴァは、他の男達の目に彼女の姿を映したくないと、そう思ってしまうくらい、彼女に心奪われてしまっていた。