「堕ちた者達編」 第二章 帰路(Ⅵ)
野盗集団を撃退し、旅を続けるシルヴァ達一行。その後は襲撃などを受ける事なく、順調に街道を進んでいた。そして日が暮れて、五人は昨日と同じように、街道で野宿する事になった。
「うっ⋯⋯⋯」
「お兄様、顔色が悪いですよ。どこか具合が悪いのですか?」
「少し眩暈がする。さっきから怠くて、寒気もしてきた⋯⋯⋯」
昼間に負った傷をミーシャに塗って貰い、食事を済ませ、皆と一緒に焚火を囲んで休憩していたシルヴァ。野宿を始めた頃から、彼は具合が悪くなり、突然の眩暈や寒気に悩まされていた。
「もしかしたら、昼間の傷が原因かもしれません」
「ヒイロの言う通りかも。あいつの鎌の刃、変な魔力で形成されてたから」
「まさか、毒魔法ですの?でもシルヴァさんは毒魔法への耐性が―――――」
そう言いかけたクレアは、「しまった」と言わんばかりに口を閉じる。恐る恐る彼女がミーシャの顔色を窺うと、眉をひそめてクレアを睨む彼女の顔があった。
クレアは今、黒炎魔法の秘密の一つを口にしてしまったのだ。ミーシャが怒るのも無理はなく、クレアの言葉をしっかり聞いていたヒイロは、毒耐性の話に興味を抱いていた。ヒイロの反応を見て、溜息を吐いて諦めたミーシャは、シルヴァの体調を心配し、クレアの言葉に答え始める。
「黒炎魔法の力のお陰で、お兄様は毒魔法に強い耐性があります。黒炎魔法は自分以外の魔法を打ち消す性質を持っていますから」
「黒炎魔法でも打ち消せない、強力な毒って事ですの?」
「その可能性はあります。体内の黒炎が打ち消しきれなかったせいで、軽い症状が現れているのかもしれません」
黒炎魔法は光魔法を受け付けないだけでなく、使用者の体内に他の種類の魔力が流れると、その魔力を消滅させてしまう性質がある。シルヴァの体に流れる黒炎の魔力は、自分以外の魔力を敵と判断し、自分以外の魔力の存在を許さないのだ。
だがそのお陰で彼は、毒などの特殊な魔法に対して、強い耐性を持つに等しい体なのである。それでも今回に関しては、黒炎魔法の力でも完全に消す事はできない、強力な毒に侵された可能性があった。
「ミーシャの言う通りかもしれない。でもこの程度なら、少し休めば回復すると思う」
「シルヴァさん、今日はもう眠った方がいいです」
「ヒイロの言う通りね。あの鎌男の事があるから、今日は私とクレアが交代で見張りをするわ」
「そうですわシルヴァさん。だから安心して先に休んでくださいまし」
シルヴァの体を気遣って、ヒイロ達は彼に休むよう願った。彼女達の願いを受け、内心申し訳なさを覚えるも、彼は眠るための準備を始める。体の怠さと眩暈、それに寒気にまで苦しめられながら、荷物から毛布を取り出し、焚火の近くで横になる。
「えい♪」
「⋯⋯⋯!?」
毛布に包まろうとした彼の傍に、ヒイロが突然横になった。すると彼女は、シルヴァの体に抱き付いて、二人で一緒に毛布に包まったのである。四人が驚愕する中、問題を起こしている本人は無邪気な笑みを浮かべていた。
「ひっ、ヒイロ!なんで抱き付いて⋯⋯⋯!?」
「寒気がするんですよね?だったら温めようと思って」
「だからって、こんな⋯⋯⋯」
衣服の上からでも感じる、体に抱き付いたヒイロの体温が、シルヴァの体を優しく温めていく。彼女のお陰で、寒気はあまり感じなくなり、具合の悪さは和らいだ。しかし同時に、三人の少女から鋭い視線が向けられ、眠りたくとも眠れない状況に晒されている。
「ちょっとヒイロ!シルヴァから離れなさいよ!」
「そうですわヒイロさん!シルヴァさんを温めるのなら、この私が添い寝いたしますわ」
「あんたまで何言ってんの!?添い寝なら私がするわ!」
「二人は見張りの役目があるじゃないですか。それじゃあ皆さん、おやすみなさい」
女子三人の驚愕や嫉妬を物ともせず、シルヴァに抱き付いたまま眠りにつくヒイロ。暫くすると彼女から、可愛らしい寝息が聞こえてきた。
「ほんとに寝ちゃったよ⋯⋯⋯。勘違いしないでくれ、これはヒイロが勝手に―――――」
「ふん!もう知らないんだから!」
「見損ないましたわシルヴァさん」
「お兄様の馬鹿⋯⋯⋯」
女子三人から冷たい視線を向けられ、シルヴァは堪えられず顔を逸らす。やがて彼は、ヒイロの優しい温もりに抱かれ、彼女と共に眠りについた。