「堕ちた者達編」 第二章 帰路(Ⅴ)
その集団は、彼らの目の前に突然現れた。
朝になって目を覚まし、朝食を終えて後片付けを済ませ、出発したシルヴァ達一行。順調に街道を進んでいた五人だったが、昨日に続きまたも襲撃者と遭遇してしまった。
今度の相手は、二十人の野盗である。野盗達は剣や斧を持って武装しており、シルヴァ達を逃がすまいと取り囲んだ。現れた襲撃者に対し、アイラとクレアはすぐさま武器を構え、シルヴァとミーシャも戦闘態勢に入る。戦えないヒイロはミーシャの後ろに隠れ、四人に守られる形となっていた。
「昨日はオーガで、今日は野盗って⋯⋯⋯」
「私達、知らない間に有名人になってるみたいですわね」
「魔族と悪党ばかりに好かれるのは、ちょっと困りますね⋯⋯⋯」
「みんな、相手は人数が多いから油断するな。ミーシャ、ヒイロを頼む」
非戦闘員のヒイロを除けば、シルヴァ達はたった四人で、自分達の五倍の戦力を相手にしなくてはならない。人数差が歴然なため、シルヴァは三人の力を信頼していても、油断をしないよう注意する。
彼の言葉で、完全に気持ちを切り替えた三人は、目の前の敵に集中している。シルヴァ達を取り囲んだ野盗達は、怯えを見せず抵抗しようとしている彼に、痺れを切らして襲い掛かった。
「聖なる輝きよ、戦士を守護する力をお授け下さい。守護強化!」
「行くわよクレア!」
「わかってますわ!」
ミーシャの魔法がアイラとクレアの防御力を強化し、それと同時にアイラとクレアが、野盗達の迎撃のために駆け出す。
相手は金品目当てに人を襲う野盗だが、命まで奪うつもりはない。四人は相手を殺さないよう、上手く立ち回った。アイラとクレアは、自分の得物を自在に操って、相手の得物を弾き返し、拳や蹴りで一人ずつ倒していく。ミーシャは支援魔法を駆使し、人を殺さない程度の光魔法攻撃で、相手を気絶させていった。そしてシルヴァは、黒炎魔法は人間に効果がないため、鍛えた格闘術で一人一人相手し、気絶させるなどして、確実に戦闘不能にさせていく。
二十人いた野盗達は、彼らとの戦闘で次々と地面に倒れ、確実にその数を減らしていった。相手を殺さないよう立ち回る彼らに、接近戦で敵う者はこの場にいなかった。しかし一人だけ、他の野盗達とは明らかに違う、素早い動きを見せる者がいる。
「ひゃはははははははっ‼」
「!」
狂ったように笑い声を上げながら、アイラとクレアを抜いて、一直線にシルヴァへと迫る野盗の男が一人。その男は長身で、フードを深く被っているせいで顔は見えない。両手には武器と思われる一本の鉄棒を持ち、笑い声と共に彼へと襲い掛かった。
シルヴァとの距離を一気に詰めたその男は、両手に持っている鉄棒を振り被る。するとその鉄棒の先端から、怪しく光る緑色の光が現れ、刃のような形に姿を変える。
男が手にしていたのは、魔法の力で刃を形成する、死神の大鎌であったのだ。それを瞬時に理解したシルヴァは、勢いよく振り下ろされた刃を、すんでのところで躱す。反応が一瞬でも遅れていれば、今の一撃で致命傷を受けていただろう。
「そらよ!」
「くっ⋯⋯⋯!」
男の攻撃は終わらない。大鎌の刃を躱したシルヴへと迫り、自在に大鎌を操って、彼を切り刻もうと刃を振るう。キレのある連続攻撃がシルヴァを襲い、彼は自分に迫る刃を何とか躱していた。
「ひゃは!躱すので精一杯か!?」
「こいつ⋯⋯⋯!」
男の振るう刃は、シルヴァに反撃を許さない。どうにか反撃のチャンスを作ろうと、攻撃を躱しながら、彼は魔力を練り上げていた。
黒炎魔法は人間相手に効果がない。だが上手く使えば、目くらまし程度には使える。足下に魔法陣を用意した彼は、自分の目の前に黒炎の壁を出現させた。目の前に突然炎が現れれば、炎を恐れ、誰しもが驚き後ろに下がるだろう。黒炎魔法を知らないだろう野盗ならば、突然の炎に驚くに違いない。そう考え、彼は魔法を発動した。
「だからどうしたってんだ!?」
「‼」
男は黒炎の壁を全く恐れる事なく、得物を持って突っ込んだ。黒炎魔法の壁を難なく突破し、シルヴァの息の根を止めようと、彼の首筋目掛けて横一線に刃を振るう。
無茶苦茶な男の行動に驚愕してしまい、反応が遅れてしまったシルヴァだったが、ぎりぎりのところで刃を躱し、致命傷を避ける。しかし男は、目にも止まらぬ速さで大鎌を操り、速攻で二撃目を仕掛けた。その攻撃も何とか躱そうとしたが、刃は彼の右腕を掠ってしまう。
「シルヴァ!」
「シルヴァさん!」
シルヴァの危機に、アイラとクレアが駆け出し、男との距離を一気に詰める。二人は男を挟み撃ちにし、それぞれの得物の刃を振るった。だが二人の刃は、男には掠りもしなかった。二人が距離を詰め、得物で襲い掛かった瞬間、男は後ろに高く跳躍し、容易く攻撃を躱して見せたのだ。
「なんだ、噂の力も大したことねえじゃんかよ。女共に守られて情けねえ奴だぜ」
「⋯⋯⋯!」
「こいつ、どうして俺の魔法の事を⋯⋯⋯!?」
彼らにとって初対面のこの男は、シルヴァの魔法について知っている様子であった。シルヴァ本人もアイラ達も驚く中、ミーシャの背中に隠れているヒイロも、皆と同様に驚いている。
五人のその様子を見た男は、一瞬慌てたような顔を見せ、何かを言いかけようとしたが、急いで片手を口元に当て、無理やり口を閉ざす。
「ちっ⋯⋯⋯、面倒な役目だぜ」
目の前の彼らにではなく、舌打ちし、何かに苛立ちを覚える男の様子に、戦闘態勢のまま疑問を抱く五人。男は苛立ちながら再び大鎌を構えるが、十も数えない内に構えを解き、大鎌の刃も消して見せた。
「興が醒めちまった。今日はこのくらいにしといてやるよ」
そう言い残すと、次の瞬間、男の姿が突然ぼやけ始めた。男の体は風景と同化していき、あっという間に消えてなくなってしまったのである。さっきまで男が立っていた場所に、男の姿は影も形も存在しない。仲間であるはずの気絶した野盗達を残し、男はその場から姿を消してしまった。
突然の襲撃者達。ただの野盗とは思えない敵の登場。能力不明の逃走術。何がなんだか理解できず、どうしていいかも分からなくなる。とりあえず、襲撃者は撃退し、周辺にもう敵はいない事を確認したため、シルヴァ達は戦闘態勢を解除した。
「何だったんだ、あの男⋯⋯⋯。どうして俺の魔法のことを⋯⋯⋯」
「しっ、シルヴァさん!腕から血が!」
あの男が何者だったのか、それを考えていたシルヴァだったが、ヒイロの悲鳴で我に返る。彼女が声を上げた通り、先程の戦闘で彼は、大鎌の刃で右腕を切られていた。傷口からは血が流れ、腕を流れていった出血は、彼の足下に小さな血だまりを作っていた。
慌ててヒイロはシルヴァに駆け寄り、彼の右腕の傷を見て、懐からハンカチを取り出し、傷口に優しく巻いていく。
「酷い傷⋯⋯⋯。早く治療しないと」
「大丈夫さヒイロ。こんなの大したことない掠り傷だ」
「そうだ!ミーシャさんは傷を癒す治癒魔法が使えるはず」
「そっ、それは⋯⋯⋯」
確かにミーシャは、傷付いた人間を治療するための、治癒魔法を使う事ができる。アイラやクレアが怪我をした時などは、医療道具ではなく、彼女の魔法で治す事がほとんどだ。
しかし今、愛する自分の兄が負傷したにもかかわらず、彼女は魔法を使おうとしない。
「⋯⋯⋯俺に治癒魔法は使えないんだ」
「えっ⋯⋯⋯?」
「おっ、お兄様⋯⋯⋯!」
「いいんだミーシャ。俺は黒炎魔法が使えるせいで、補助魔法や治癒魔法が効かない体質なんだ」
慌てるミーシャに優しく声をかけ、どういう事なのか分からず驚いているヒイロへ、シルヴァは説明を続ける。アイラとクレアは、彼のいつもの悪い癖が出たと思い、溜息を吐いて諦めていた。
「黒炎魔法はあらゆる魔を滅ぼす強大な闇の力だ。でも、この深い闇の力は聖なる力を嫌って受け付けない」
「補助魔法や治癒魔法は光の魔法⋯⋯⋯。だからミーシャさんは⋯⋯⋯」
「そう言う事さ。このチームで俺だけは、携帯式の医療道具が必須なんだ」
そう言ってシルヴァは、装備していたポーチから、消毒液や包帯などを取り出し始める。彼が自分で傷口の治療を始めようとすると、彼の傍にミーシャも駆け寄り、怪我の手当てを手伝った。
「まずは消毒しないと。私の水筒の水を――――」
「待って下さい。こんな事もあるかと思って、街で綺麗な水を買っておいたんです」
ヒイロは背負っていたバッグを地面に下ろし、中から水筒を取り出した。水筒を持ってシルヴァの腕に近寄り、止血のために巻いたハンカチを解いて、彼の服の袖を捲り上げ、水筒の蓋を外す。水筒を傷口に近付けた彼女は、ゆっくりと水を垂らしていった。
「うっ⋯⋯⋯!くっ⋯⋯⋯⋯⋯‼」
「なによシルヴァ。掠り傷に水かけられたくらいで情けないわね」
「ぐっ⋯⋯⋯!今日は、いつもより染みる気がする⋯⋯⋯」
「我慢して下さい。傷口に黴菌が入ったら大変ですから」
「わかってるよ、ヒイロ」
傷口の消毒を終え、傷薬が塗られた布を当て、彼の腕に包帯を巻くヒイロ。傍にいたミーシャが感心するほど手際が良く、他の三人も驚いていた。
「これでよし。傷を治療するのはここを離れてからにしましょう」
「そうですわね。それより、この人達はどういたします?」
「ぐっすり眠ってるみたいだし、このままずっとここで寝かせときましょうよ」
「それ、いいですわね」
悪い笑顔を浮かべたアイラとクレア。二人はミーシャの方を見て、悪戯を思い付いた子供のような笑みを浮かべる。二人が自分に何を求めているのかを察し、呆れて溜め息を吐いた彼女は、二人に向け頷いて了承した。
アイラとクレアが気絶した野盗達を運んで集め、ミーシャは魔法を発動する。発動された光の魔法は、野盗達の手首足首に光の輪を形成し、抜け出せないよう締め上げた。これは彼女が操る拘束の魔法であり、並みの人間には解除できない。術者が魔法を解除するか、光の輪に込められた魔力が尽きるまで、野盗達はこのままずっとここで、手足を拘束されて身動きができないままとなる。
「ふう⋯⋯⋯。この人数の拘束は流石に疲れますね」
「こうしとけば、その内軍隊や騎士団とかに捕まるでしょ」
「ところでミーシャさん。この拘束はどれくらい維持できますの?」
「ほんの一週間くらいです。それまでは絶対逃げられないようにしておきました」
「ミーシャってさ、意外と鬼よね」
「お兄様に怪我をさせたんです。これくらい当然の報いです」
倒した野盗達の拘束を終えた一行は、帰還への旅を再開した。