「堕ちた者達編」 第二章 帰路(Ⅳ)
その後、日が暮れるまで街道を進んだ彼らは、街道で野宿する事にした。焚火はアイラが用意し、クレアが燃料となる薪を集め、ミーシャが料理を作り始める。その間シルヴァは周辺を探索し、ヒイロはミーシャを手伝った。驚いたのは、貴族のお嬢様であるはずのヒイロが、意外と料理が得意だった事である。
五人は食事を済ませ、後片付けをした後、ミーシャが淹れた珈琲を味わっていた。珈琲を飲んで談笑していると、慣れない事で疲れが出たのか、ヒイロは眠ってしまった。眠ってしまった彼女を起こさないよう、四人は今日の事について話を始めた。
「お兄様、それにアイラさんもクレアさんも、ヒイロさんに喋り過ぎです」
「すまないミーシャ⋯⋯⋯」
「ごめん。調子に乗ってつい⋯⋯⋯」
「弱点の事は秘密でしたのに、口を滑らせ過ぎましたわ」
黒炎魔法の弱点。それは、発動に時間が掛かる事だけではない。他にもまだ、弱点は存在するのである。それをシルヴァ達は、皆に秘密にしている。黒炎魔法の弱点を知っている者は主に、術者であるシルヴァと妹のミーシャ、それに加えて、以前これを偶然知ってしまったアイラとクレアである。
アイラとクレアが偶然これを知ってしまった時、ミーシャは二人に強く口止めをしていた。他の者達に絶対教えてはならないと、何度も釘を刺したのである。
弱点を徹底して秘密にする理由は、勿論シルヴァの夢のためであった。シルヴァが魔導士になるためには、黒炎魔法が魔導士となるに相応しい力であると、皆に証明する必要がある。もし黒炎魔法の弱点が知られてしまえば、彼の力の証明が難しくなってしまう。それを恐れたミーシャは、愛する兄のためを思って、黒炎魔法の弱点を秘密にしたのだ。
「いいですね?ヒイロさんは優しくて良い人ですが、黒炎魔法の秘密は絶対明かしては駄目です」
「わかった。次からは気を付けるよ」
今度は漏らさぬよう、自分の秘密を明かさぬと、改めて約束するシルヴァ。この時ミーシャは、愛する兄の言葉を信じながら、今はぐっすり眠っているヒイロに対し、ただ一人危機感を抱いていた。
(何か引っかかる⋯⋯⋯。珍しい魔法だから、純粋に興味があっただけかもしれないけど⋯⋯⋯)
昼間の戦闘後、四人の力にヒイロは興味を抱いていた。特に彼女が興味津々であったのが、シルヴァの黒炎魔法である。今まで、この魔法を初めて見たほとんどの者達は、彼女同様に大きな興味を示したため、純粋な強い興味から、弱点の事を知りたがった可能性は十分にある。だがミーシャの勘は、それだけが理由ではないかもしれないと、そう警告していた。
魔族に襲われていたヒイロに遭遇した時から、彼女は微かな違和感を覚えていた。違和感の正体は未だ分かっていない。それもあって、彼女の勘は警告を発している。
(あの時感じた違和感⋯⋯⋯。私は一体何がおかしいと感じたんだろう⋯⋯⋯?)
一人考え込んで黙ってしまったミーシャ。彼女のお説教が終わったと判断した三人は、きついお説教をされず安心していた。こう見えて彼女は、兄のシルヴァが竦み上がる程、怒ると非常に恐いのである。
そんな彼女がお説教を再開すると困るので、すぐにクレアが話題を変えようと口を開く。
「そう言えば、街でこんな話を耳にしましたの。東の地で活躍していた噂の冒険者パーティーが、クエスト中に全滅したらしいですわ」
「それって、異世界から転生してきたっていう、胡散臭い冒険者のいるパーティー?」
「確か、東の地では最強と謳われてる冒険者だったはず。そんな人物がいたのに全滅したのか?」
旅の出発前、各自必要な物を買い揃えていた時、偶然クレアはこの話を耳にした。話の内容は彼女が口にした通り、東の地で有名な冒険者パーティーの全滅という報である。そのパーティーのリーダーである冒険者が、アイラの言う異世界転生者なのである。
「噂では、常識外れの力を持つ転生者だと聞いていますわ。それなのにパーティーは、受注したクエストから誰一人帰って来なかったと⋯⋯⋯」
「一体何があったんだろう。余程強い魔族にでも遭遇したのか⋯⋯⋯」
「今じゃこの世界、転生者や常識外れは日常茶飯事なんだし、誰も見た事がない滅茶苦茶強い魔族に襲われた可能性はあるわね」
ほんの少し前まで常識でなかった事が、今はあり得てしまう。クレアが話した冒険者パーティーも、本来ならば交わる事のない、彼女達にとっては異質の存在である。初めは異質な存在に驚きはしたものの、今では皆、アイラのように慣れてしまっていた。
「ミーシャ、この話をどう思う?」
「⋯⋯⋯アイラさんが言うように、今は未知の魔族が現れてもおかしくない世界です。今後は私達も気を付けた方がいいと思います」
「俺もその通りだと思うよ。二人も同意見だろ?」
話を聞いていたミーシャの意見に、アイラとクレアは頷いて答えた。そしてシルヴァは、ミーシャの言葉を胸に留めながら、ある思いを抱いていた。
相手が魔族であったなら、噂の冒険者パーティーを全滅させた未知の魔族と戦い、自分の黒炎魔法を存分に試したいと⋯⋯⋯。