「堕ちた者達編」 エピローグ
エピローグ
「ここに居られましたか、ヒロインちゃん様」
その城は、漆黒の森に囲まれた、闇に支配された場所に存在する。漆黒の森の中心地に造られた、石造りの大きな城。森を一望できる城のテラスに、この城の主である少女の姿はあった。
「⋯⋯⋯⋯何かあった?」
「例の主人公の件でご報告が御座います。ご指示通り、完全な成体化を遂げた兄弟を野に放ち、ノイエハーゲンへと向かわせました」
「⋯⋯⋯⋯そう」
「予定通りならば明日にでも二体は帰国を果たし、生まれ故郷に甚大な被害を与えた後に討伐される事でしょう。これで――――」
「これで例の主人公とヒロインは、化け物に変えられた挙句、自分達の故郷に殺されるっていう悲劇を迎えて終わる。脚本が容赦ないわね、ヒロインちゃん」
「⋯⋯⋯⋯」
少女の名は、ヒロインちゃん。この城の主にして、主人公達を殺す者。
テラスで外を眺めていた彼女のもとに、いつの間にか集まっていたのは、彼女が信頼する仲間達。二人に向けて振り返りはしないが、声で誰が来たのかは、彼女には直ぐに分かる。
「おっ、ここにいたのかよヒロインちゃん。パーティーの準備はとっくに終わってるぜ」
「ヒロインちゃん⋯⋯⋯⋯。せっかくの料理が冷めちゃうよ⋯⋯⋯⋯」
四人の仲間達は、彼女を探してここに集まった。これから主人公殺し成功を祝って、皆でパーティーを行なうためである。
「⋯⋯⋯⋯パーティじゃなくて反省会。いつもそう言ってるでしょ」
「いっ、いいじゃねえかよ別に。今回も大成功だったんだし、反省する事なんかねえだろ」
「ぼっ、僕もそう思う⋯⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯命令を無視して突撃したり、口を滑らせたり、気付かれそうな殺気を街で放ったり、操作しているのを見られたり、反省点はいっぱいある」
「「うっ⋯⋯⋯」」
彼女はまめな性格で、実はとても厳しい。作戦通りに事が終わっても、その過程で起きた失敗を次も繰り返さないよう、終わった後はいつも反省会を開くのだ。彼女の仲間達は、この反省会に内心非常に恐怖している。反省会が始まると、自分の名が呼ばれないか毎回緊張しているのだ。
「⋯⋯⋯二人は今回のメインだったから、駄目だったところは徹底的に指摘する」
「ちっ⋯⋯⋯⋯。おい化け物女、お前のせいで余計に怒られるじゃねえかよ」
「ごっ、ごめん⋯⋯⋯⋯」
「だがまあ、なんだ⋯⋯⋯⋯。俺はお前が嫌いだったが、最後のあの殺し方は最高だったぜ」
「えっ⋯⋯⋯?」
最後の総仕上げは、この城の地下室で行なわれていた。ヒロインの腹から生まれた化け物は、情け容赦なく主人公に襲い掛かり、体に幼体を産み付けた。やがて幼体は急速に成長し、主人公の腹を内側から食い破って出てきた。
その様を、彼は腹を抱えて笑いながら見物していた。本当に楽しそうな様子で、笑い過ぎのあまり涙を溢すほどだったのだ。
「俺から最後のお楽しみを奪っただけある。あの野郎、最高に絶望した表情で最高の死に方をしてくれた」
「楽しんで、貰えた⋯⋯⋯⋯?」
「久々にすげえ興奮したぜ。お前、おどおどしてトロくせえから嫌いだったけどな、見直したぜ」
「あっ、ありがとう⋯⋯⋯⋯⋯」
「ふーん。あんたでも人を褒める時があるのね」
「これはこれは、明日は雪でも降りますかな」
「うっ、うるせえぞお前ら!馬鹿にすんじゃねえ!」
多少のミスはあったものの、彼女達の作戦は大成功だった。標的であった主人公に、最上級の絶望と後悔を味合わせて殺す。その目的は達せられ、仲間の結束も少しだけ固まった。
全ては彼女の思い描いた通りとなった。いや、それ以上の興奮だった。だからこそ彼女は、いつも以上に演技に熱が入ったのだ。本当は、普段ほとんど言葉を発さず、感情を表に出さないというのに⋯⋯⋯⋯。
「ヘス」
「あん?なんだよヒロインちゃん」
常に頭にフードを被る、乱暴な性格と言葉遣いが特徴的な、長身の大鎌使いの男、ヘスが答える。
「キラ」
「はい、ヒロインちゃん⋯⋯⋯⋯」
化け物に変身する能力を持つ、左眼を眼帯で隠し、左腕を失くしている、気弱で小さな少女、キラも答えた。
「アリス」
「ここにいるわ、ヒロインちゃん」
銃器の扱いに長ける、皆のまとめ役で姉的な存在である、元兵士の大人の女性、アリスが軽く手を振って答えた。
「シューマッハ」
「何なりとお申し付けくださいませ、ヒロインちゃん様」
執事服を身に纏う、彼女を主と仰ぐ老人、シューマッハが礼をして答えて見せた。
「もしかしてあれか、ヒロインちゃん。次の標的、もう決まってるのか?」
「次は、どんなヒロインを殺せるのかな⋯⋯⋯⋯⋯?」
「この前殺した転生冒険者みたいなのか、それとも転移系勇者とかじゃないかしら」
「チートな力を振り回す魔術師や、姿形が人間でなくなった者もいるそうですな」
「俺は今回殺した奴みたいなのがいいぜ。雑魚の振りして最強とか虫唾が奔るからよ」
「僕はね、主人公に媚びを売るヒロイン達を殺したい⋯⋯⋯⋯」
「あたし的には、狂犬って呼ばれてる頭のイカレた主人公が気になるかな。犬はちゃんと躾けないとね」
「皆さま、次の標的を決めるのはヒロインちゃん様です。誰がこの世界を御創りになったか御忘れですか?」
その言葉通り、次に殺す主人公を決めるのは、彼らの主たるヒロインちゃんである。何故なら彼女こそが、この世界を創り上げた張本人であるからだ。
この世界の名は、「融合異世界」。
無理やり世界の理を捻じ曲げ、無数の世界を交わらせた世界。ここは彼女が創りし、異世界の主人公達を集めた、二度と抜け出せぬ牢獄であり処刑場。彼女はこの世界の創造主であると同時に、主人公達の命を刈り取る死神なのだ。
「俺達はいつでもやれるぜ。ヒロインちゃん、次はどんな奴を殺しに行くんだ?」
主人公を殺すために存在する創造主。そんな彼女に付き従うは、主人公やヒロインに復讐を誓った、人の皮を被る冷酷で残酷な悪魔達。
ここにいる者は皆、堕ちた者達である。復讐のために闇へと堕ちた、この世界の邪神。彼女達の壮大なる復讐劇に、果てなどない。
だからこそ、次の舞台を心待ちにする彼らに向けて、彼女は口を開くのだ。
「⋯⋯⋯そうね、とりあえず――――――――」
昔々あるところに、幼い少女がおりました。
ある日、少女のいた村は、敵と戦う勇者の争いに巻き込まれ、無残にも壊滅してしまったのです。
少女以外は皆息絶え、彼女もまた死にかけていました。そこに一人の魔王が現れ、何を想ってか、少女の命を救いました。
魔王に助けられた少女は、行き場を失くしたため、魔王とその配下の者達と暮らす事になりました。
少女はそこで、「ヒロインちゃん」と呼ばれていました。魔王配下のサキュバスが彼女を気に入り、まるで絵本のヒロインのように可愛いらしいと言って、この名で呼び続けていたのです。
その名が皆にも広まって、彼女は「ヒロインちゃん」と名付けれました。少女は人外の者達に愛され、少女もまた皆を愛しました。
それは、少女が初めて手に入れた、穏やかで幸福な時間。しかし、幸福な日々はある日突然終わりを告げたのです⋯⋯⋯⋯⋯。
「見て、シューマッハさん。これが私の創った舞台よ」
漆黒の森に囲まれた、石造りの大きな城。森を一望できる城のテラスに、その少女の姿はあった。
ここは、魔王の城。配下の魔王軍が守護する、魔王の居城であった。だが、城の主たる魔王は、今はもうない。魔王討伐にやって来た勇者達によって、配下の魔王軍は全員殺され、魔王は処刑されてしまったのだ。
少女は生き残りの一人だ。魔王と、配下のサキュバスによって、城の地下室に隠されたのだ。魔王達は、せめて彼女だけは救おうと、自分達の命を犠牲にしたのである。
戦いが終わり、地下室から出た少女は、魔王軍配下の死体と、処刑された魔王の亡骸を目にする。少女は全てに絶望し、嘆き悲しみ、苦しみ、無力な自分を呪い、誓いを立てた。自分を二度も絶望させた存在全てに、最上級の絶望を味合わせてやろうと⋯⋯⋯⋯。
「まさか本当に、無数の異世界を融合させてしまうとは⋯⋯⋯⋯⋯」
テラスに立ち、新しい世界の誕生を見届けた少女の後ろに立つ、執事服を身に纏った老人。彼の名はシューマッハ。魔王軍配下の一人であり、生き残りの一人でもある。
魔王の命令を受け、仕事で外に出ていたために、勇者達の襲撃を逃れた彼は、忠誠を誓った自分の主の死を受け、生きる意味を失ってしまった。そんな彼の前に現れたのが、もう一人の生き残りである彼女だ。
復讐のために行動を開始した彼女は、魔王軍の宝物庫を開き、強力な魔導具同士を無理やり合体させ、無数の異世界を融合させる魔道具を生み出した。その魔道具を使って、彼女はシューマッハの目の前で、新しい異世界を創り上げて見せたのだ。
「⋯⋯⋯どうやら、魔王様の後を追う必要はないようですな」
「シューマッハさん⋯⋯⋯⋯?」
「私の事は、どうぞシューマッハと御呼び下さい。今この時より私は、貴女様に生涯の忠誠を誓わさせて頂きます」
彼の言葉に驚き振り返った彼女は、その場に膝を付き、新しい主と定めた相手に忠誠の誓いを立てた、元魔王軍幹部シューマッハの姿を目にする。
この日彼は、血の繋がりのない人間にも関わらず、魔王の娘となった彼女に、生涯の忠誠を誓った。きっとこの少女は、自分が忠誠を誓うに値する、復讐の女神になり得る。ここで生きる意味を見失い、忠誠を誓った主の後を追うのは、愚かな行為であると気付いたのだ。
絶望などする必要はない。これからは彼女と共に、正義を振り翳す下劣な者達を絶望させる番だ。それに、ここで命を捨ててしまったなら、彼女だけでも守ろうと命を捨てた仲間達に、あの世で顔向けできなくなってしまう。
共に復讐し、堕ちるところまで堕ち続け、守り抜かなければならない。彼女の最初の同志、シューマッハの復讐劇はここから始まった。
「⋯⋯⋯⋯ありがとう、シューマッハ」
一言礼だけを口にして、彼女は外へと向き直る。
彼女は小さな微笑みを浮かべながら、自分の創り出した世界に集まった、まだ見ぬ獲物達に思いを馳せていた。
獲物はいくらでもいる。どんな風に料理して、どのように食すのかは、全て彼女の自由。そう考えるだけで、胸の高鳴りは抑えられない。生まれて初めて、彼女は最大の興奮を覚えていた。
「それでは、我が主ヒロインちゃん様。手始めは如何致しましょう?」
少女の名はヒロインちゃん。「融合異世界」の創造主にして、大いなる復讐を始める者。
シューマッハは問うが、彼女の答えは既に決まっている。再び彼の方に振り返った彼女は、悪意に満ち溢れた微笑みを浮かべ、楽しそうに言葉を告げる。
憎悪と絶望に生きる、復讐の女神ヒロインちゃんの舞台は、ここから幕を上げたのだ。
「とりあえず主人公ぶっ殺します‼」
「堕ちた者達編」終。




