「堕ちた者達編」 第一章 遭遇
第一章 遭遇
「これで終わりだ!」
高らかな宣言と共に、少年は右手から必殺の一撃を放つ。それは、闇の色をした黒い炎であった。突き出された右手から出現した炎は、少年が狙いを定めた相手へと向かって行く。
少年の眼前には、体長二十メートル以上はあるだろう、巨大な竜がいた。その竜に向かって、放たれた黒い炎は真っ直ぐ突き進み、次の瞬間には竜に直撃したのである。
巨大な爬虫類に羽を生やしたような、そんな生物の体が、直撃した個所から黒い炎に呑み込まれていく。黒い炎が激しく燃え上がり、竜の体を完全に呑み込むと、その炎は巨大な竜の体を焼いていく。ただし、単純に皮膚を熱で焼いていくだけではない。巨大な竜が絶叫してしまう苦痛を与えながら、確実にその命を奪っているのだ。
やがて、竜は黒い炎に焼かれていきながら、悲鳴と共に地面に倒れ、息を引き取った。
「ふう⋯⋯⋯。なんとか勝てた」
曇り空が太陽を隠す、昼の草原を舞台に繰り広げられた、巨大な竜との死闘。勝利したのは、人間の少年であった。
「なんとかって⋯⋯⋯。竜を一撃で倒したくせに、おかしな事言わないでよ」
「相変わらず、こっちが自信を失う実力ですわ」
「そうですよ、お兄様。私も自信なくしちゃいます」
正確には、勝利したのは人間の少年達であった。少年の他に、この場には三人の少女達の姿がある。先ほどまで四人は、広大な草原を戦場とし、一頭の竜討伐のために戦いを繰り広げた。少女達も竜と戦い、少年が必殺の一撃を与えるまで、竜を恐れず激しく攻め立てていたのだ。
「自信を無くす必要なんてない。俺が勝てたのは、みんなのお陰なんだから」
少年の名は、シルヴァ・タットヤーゲ。黒き炎の力を操る、国立第一魔法学校の生徒である。そして、少年と共に戦った少女達も、同じく第一魔法学校の生徒であり、彼の学友だ。
「それより、長かった課題もこれで終わりだ。やっとノイエハーゲンに帰れる」
「そうね。ここから帰るのも一苦労だけど」
「家に帰るまでが遠足というやつですわね」
「遠足じゃなくて課題です。竜一頭の討伐が遠足って⋯⋯⋯」
シルヴァと三人は、国立第一魔法学校の生徒として、今後の成績に関わる重要な課題に取り組んでいた。その課題とは、危険指定されている大型魔族の討伐である。将来、優秀な魔導士となるための、言うなれば実戦試験だ。
その課題も、シルヴァの放った一撃によって、大型魔族の竜を倒した事で、課題の内容はクリアした。後は、魔法国家ノイエハーゲンに無事帰還し、学校への報告を終えれば、課題は終了である。
「このチームだったらどんな課題も恐くない。ありがとう、みんな」
「お礼を言うのは私達です、お兄様」
「そうね。私一人だったら、きっと勝てなかったもの」
「シルヴァさんの御力あってこその勝利ですわ。国に戻ったら、盛大な祝杯を挙げたいものですわね」
彼女達三人は、全員シルヴァの事を信頼している。そして彼もまた、彼女達三人に信頼を寄せていた。
課題は四人一組のチームで行なうため、シルヴァは彼女達とチームを組んだ。彼の知る限り、ここにいる三人の少女達は、同期の中で最も優秀な生徒である。彼女達が一緒であるならば、例え相手が竜であろうが魔王であろうが、勝てない相手は存在しない。彼がそう思えるくらい、頼もしいチームだ。
「そうだな、祝杯のためにも早く国へ帰ろう。帰りは――――」
その時、シルヴァと三人は、何かの気配を感じた。最初に気配を察知したのはシルヴァであり、気配がした方向へと彼は視線を向ける。少し遅れて三人も視線を向けると、そこには驚くべき光景があった。
「だっ、誰かああああー‼誰か助けて下さい!」
シルヴァ達が目にしたのは、悲鳴を上げて逃げる一人の少女と、その少女を追いかける、恐ろしい大型生物の姿であった。
「大変よ!あの子、ジャイアントスパイダーに襲われてるわ‼」
ジャイアントスパイダーとは、名前通りの巨大な蜘蛛である。大型の魔族であり、肉食で凶暴な危険生物だ。そんな魔族が、全長十メートル以上の大きさで、彼らの前に出現したのである。しかも、現れたジャイアントスパイダーは、一人の少女に襲い掛かろうとしている。このままでは、確実に少女は餌食となってしまう。
「でもどうしてですの!あんな大きな魔族の接近に、私達がさっきまで気付かなかったなんて!?」
「そんな事よりも、今はあの女の子を助けるのが先だ!いくぞ、みんな‼」
「わかりました、お兄様!」
少女も魔族も、突然彼らの前に現れた。奇妙な話ではあるが、今はそれどころではない。
現れたジャイアントスパイダーは、通常よりも大きな個体であった。このサイズの個体は滅多に現れない。大きいという事は、単純に強いという事でもある。通常よりも大きく強いであろう個体が、逃げ惑う事しかできない一人の少女に襲い掛かっているのだ。今は第一に、少女を救うために戦闘を開始する事が、彼らにとっての最優先事項であった。
「アイラとクレアは左右から挟撃!ミーシャは後方から援護を頼む!」
「了解です、お兄様‼」
「わかった!行くわよクレア‼」
「私は右を、アイラさんは左をお願いしますわ!」
シルヴァを命令系統の頂点にして、三人の少女達が連携行動を開始する。これがいつもの、彼らのチームプレーなのである
二人が敵を攻撃して注意を惹き、それを一人が援護。その間に残りの一人が少女を保護した後、四人で一斉攻撃を行なう作戦だ。
「聖なる輝きよ、戦士を守護する力をお授け下さい。守護強化!」
援護を任された少女の名は、ミーシャ・タットヤーゲ。シルヴァの妹であり、聖なる輝きを放つ光の魔法を操る、優秀な魔導士である。光の魔法によるサポートが得意な彼女は、チームでは援護役であり、今もこうして、自分の足下に魔法陣を出現させ、光のサポート魔法を発動するのだ。
ミーシャが発動した魔法は、対象の防御力を強化するものであり、魔法を受けた対象は一定時間の間、自分の体を魔力の加護に守られる。これによって、体に攻撃を受けた際のダメージが軽減され、負傷のリスクを下げる事ができるのである。
相手は人間ではなく、身体能力や大きさも人間を超える、魔族と呼ばれる怪物だ。対魔族戦闘時において、サポート系の強化魔法は必須なのである。対魔族戦闘のセオリーに従い、シルヴァ達四人は戦闘行動を開始した。ミーシャのサポートで防御力を強化された、チームの前衛二人が相手の左右から仕掛ける。
「相手がジャイアントスパイダーなら、私の炎の出番ね!二本剣火炎斬‼」
「アイラさんに後れは取りませんことよ!突風騎士槍‼」
先にジャイアントスパイダーに一撃を加えたのは、クレアという名の少女が持つ、槍の切っ先であった。彼女の名は、クレア・フォン・シュトラハビッツ。女性用の軽装騎士甲冑を身に纏う、槍と風魔法の使い手だ。
槍の切っ先を相手に向け、得意の風魔法を発動し、吹き荒れた風にその身を任せ、突風の如き速さで突撃。風の力で得た速さと突進力によって、構えた槍の切っ先は、ジャイアントスパイダーの横腹を深く刺し貫く。突然の激痛に悲鳴を上げたジャイアントスパイダーに、今度は二つの大きな炎が襲い掛かった。
この炎は、両手に剣を握る少女、アイラによる炎魔法の攻撃である。二本の剣と炎魔法を操る少女、アイラ・チェインバーグ。彼女は得物である二本の剣に炎を纏わせると、二つの剣を大きく振りかぶり、勢いよく振り下ろした。すると、炎は剣から離れ、焼き尽くす相手目掛けて向かっていったのである。
クレアの一撃に悶え苦しんだところに、今度は炎魔法の一撃が直撃した。炎魔法はジャイアントスパイダーの弱点であり、どんなに巨大であろうと、有効な一撃である事に変わりはない。クレアが与えた一撃に怯んだお陰で、二つの炎は見事直撃し、ジャイアントスパイダーの体で燃え盛る。
「今よ、シルヴァ!」
「やって下さいまし、シルヴァさん!」
槍を引き抜き、必殺の一撃に備え、相手から急いで距離を取ったクレア。アイラとミーシャは、相手の動きに対応できるよう、戦闘態勢のまま警戒を怠らない。
二人がシルヴァに合図を送った時には、彼は逃げていた少女を庇うように前に出て、必殺の一撃を放つべく構えた。少女を守るべく自分を盾とし、止めの攻撃を行なうつもりなのだ。その行動を察してか、自分の体で燃え盛っている炎に構わず、ジャイアントスパイダーは少女を喰らおうと、大きな八本の脚を動かし、シルヴァに庇われた少女目掛け突撃を行なう。
ジャイアントスパイダーは、強力な攻撃を受けても尚、この少女を襲うつもりなのだ。猛烈な空腹に襲われているのか、捕まえた相手に毒を流し込む鋏角を剥き出し、自身の凶暴性を見せつけながら、少女とシルヴァに急接近していく。
「無茶しないで!逃げて‼」
「心配はいらない。俺の魔法は魔族専門なんだ」
シルヴァの身を案じてか、少女は危険を伝えるために叫ぶ。だが彼は、眼前より迫り来る大きな相手に、まったく動じていなかった。
何故なら彼は、魔族相手には圧倒的な力を持つからである。故に、どんなに相手が巨大であろうと、どんなに凶暴であろうとも、恐れる必要はないのだ。
「黒き炎に抱かれて眠れ!黒炎滅殺破‼」
シルヴァ目の前に、黒い魔法陣が出現する。その魔法陣からジャイアントスパイダー目掛け、漆黒の炎が一匹の龍のような姿となって、真っ直ぐ向かって行く。炎の龍はその大きな口を開き、次の瞬間には目指した獲物に直撃した。
炎は巨大な体を呑み込み、その命を奪うために燃え盛る。巨大な魔族を包み込む黒炎。その様はまさに、黒き炎に抱かれていると言える。自分の体で燃える黒炎に、もがき苦しみ悲鳴を上げるジャイアントスパイダーは、このままでは殺されると理解し、襲うのを諦め反転し、炎に焼かれながら後方へ逃げていった。
八本の脚を急いで動かし、大慌てで逃げ去っていく。草原から逃げ去っていく姿が見えなくなるまで、四人は敵への警戒を止めなかった。
「どうやら、一安心みたいだ」
黒炎に焼かれていく巨大な影が見えなくなり、シルヴァは構えを解いた。他の三人も同様に構えを解き、彼のもとに集まっていく。
「もう大丈夫。あの蜘蛛は逃げ去ったよ」
「⋯⋯⋯⋯あっ、ありがとうございます」
先ほどまでの恐怖のせいか、助けられた少女は俯き、小さな声で礼を述べるだけだった。そんな彼女に気を遣い、安心させようとアイラ達も声をかける。
「危ないところだったわね。でも大丈夫、私達が追い払ったから」
「もし捕まっていたら命はなかったでしょうが、私達がいればもう安心ですわよ。だから顔を上げて下さいな」
「どこかお怪我などはありませんか?あれば遠慮なく仰ってください、私の魔法で治癒します」
クレアの言う通り、もしもあの大蜘蛛に捕まってしまっていたなら、まず助からなかっただろう。鋏角が体を貫き、その鋭き牙は、毒と共に人間の体内を溶かす酸を流し込む。さらに、獲物の体を糸で固め、最後はどろどろに溶かして液体にした人間の体内を、一滴も残らず吸い尽くしてしまうのである。
そんなおぞましい喰い方こそ、あの蜘蛛の食事方法なのである。この少女がそんな殺され方をされずに済んで、四人は心底安心していた。
「助けて下さって⋯⋯⋯⋯、本当に感謝いたします⋯⋯⋯⋯」
救われた名も知れぬ少女は、ようやく顔を上げた。
長く美しい髪と、育ちの良さがわかる整った顔立ち。襲われて疲れているせいか、弱った声で何とか感謝の言葉を発しながら、彼女は顔を上げた。
「君⋯⋯⋯、名前は⋯⋯⋯⋯?」
助けた少女は、驚くほどの美少女であった。神秘的な美しさを発する少女のオーラに、シルヴァは息を呑む。そして彼は、意を決して彼女に名を訪ねたのである。
「ヒイロ⋯⋯⋯⋯。ヒイロ・インです」
これが彼女、ヒイロ・インという美少女との出会いであった。