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とりあえず主人公ぶっ殺します‼  作者: 水野アヤト
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「堕ちた者達編」 第四章 堕ちた者達(Ⅲ)

 仲間の死を悲しむ暇もなく、戦闘が始まってしまった。

 シルヴァ達の頭上に現れた魔法陣。その中から二人の人間が落ちてきた。転移魔法の力を利用し、敵は奇襲攻撃を仕掛けてきたのである。

 攻撃を仕掛けてきたのは二人。その内の一人は、以前彼らを襲撃した大鎌使いの男である。鎌の刃を魔力で形成し、狂った笑い声を上げて、その男は大鎌を振りまして襲い掛かった。だが、男が狙いを定めたのは、今回はシルヴァではなくアイラだったのである。


「ひゃははははははははははっ‼」

「くっ!こいつ⋯⋯⋯!」


 アイラに狙いを定め、彼女に奇襲をかけた男は、大鎌を自由自在に振り回し、息もつかせぬ苛烈な攻撃を行なっていた。あまりの連続攻撃に、二本の剣で鎌の刃を弾き、防戦一方となるアイラは、男の相手で手一杯となってしまった。

 そしてもう一人は、クレアと対峙している。大鎌を操る長身の男とは対照的に、目深くフードを被るもう一人は、小柄で背が低く、その見た目からは、とても戦闘が得意そうには見えない。

 しかし、大鎌使いの男同様に、もう一人からも、得体の知れない不気味さが感じられた。得物の切っ先を向け、警戒するクレアの目の前で、もう一人はフードを捲る。


「おっ、女の子ですの⋯⋯⋯!?」


 フードを捲り、正体を現した敵は、左眼を眼帯で隠す、褐色の肌をした少女であった。さらによく見ると、少女は左腕がなかった。左眼と左腕を失っている、褐色肌の少女がクレアと対峙していたのである。


「お嬢様ヒロイン⋯⋯⋯。君は僕の獲物だよ」


 楽しそうな笑みを浮かべ、少女はクレア見つめている。彼女が構えている槍の切っ先など、恐ろしくもないらしい。笑みを浮かべながら、少女は強烈な殺気を放ち、自分が獲物と定めた相手から目を離さない。


「じっくり、たっぷり、ゆっくり、苦痛を与えながら殺してあげるからね⋯⋯⋯!」

「!」


 そう口にした少女の体から、異変が始まった。少女の体中が瘤のように膨らみ、少女の体が瞬く間に巨大化していったのである。巨大化に耐え切れず、衣服は引き千切れ、皮膚も膨らみに耐え切れず、内側から弾け飛んだ。

 その弾け飛んだ皮膚の穴から、異様なものが姿を現わす。それは大きく細長い、黒光りした腕であった。さらに、巨大化した体を内側から突き破り、今度は足が姿を現わす。まるでそれは、生き物が卵から孵るような光景であった。そして今度は、肥大した少女の頭が弾け飛び、異様な生物の頭が姿を現わす。


「なんですの、この生き物は⋯⋯⋯」


 少女の体の内側から、その生物は現れた。卵から孵化したような、或いは、人間という衣服を身に纏っていたとも言える。少女の体から現れたその生物は、黒い体色のおぞましい化け物であった。

 両腕と両足は細長く、先端が鋭い鞭のような尻尾を持つ。頭は前後に細長く、大きな鶏冠のような形になっており、凶暴そうな口と歯が剥き出しとなっている。見たところ目や耳は無いが、現れた生物の顔は、真っ直ぐクレアに向けられていた。自分の獲物がどこにいるのか、この生物には見えているのだ。


「まさか変身魔法!?でも、あんな変わり方⋯⋯⋯!」


 自然界の生物でも魔族でも、目の前のこの生き物に似た生物は、この場の誰も見た事がない。突然現れた、正体不明の不気味でおぞましい生物は、弾け飛んで肉片と化した少女の体から現れた。ならばこの生物は、あの少女が変身した姿の可能性がある。一種の変身魔法と考えたクレアは、変貌を遂げた眼前の相手を恐れず、正面から仕掛ける構えに入った。


「相手が人間でないなら⋯⋯⋯!シルヴァさん、あいつに黒炎魔法を!」

「わかってる!黒き炎に抱かれて眠れ!黒炎滅殺破(ダークフレイムバースト)‼」


 戦闘が始まった瞬間から、敵のどんな攻撃にも備え、シルヴァは黒炎魔法の魔力を練り上げていた。現れた化け物は、魔族であるかどうかも不明だが、少なくとも人間ではない。彼の魔法が効く可能性は十分ある。

 クレアの要請のもと、シルヴァは練った魔力を解き放ち、自分の目の前に魔法陣を展開させた。彼だけが持つ黒炎魔法の必殺技が、魔法陣から放たれる⋯⋯⋯⋯、はずだった。


「⋯⋯⋯!?」


 展開された魔法陣から、彼の技は放たれなかった。それどころか魔法陣は消滅してしまい、彼が再び技を放とうとしても、魔法陣は二度とその姿を現わす事はなかった。


「黒炎魔法が発動しない!?どうなってるんだ!?」

「⋯⋯⋯!?」


 シルヴァの魔法は発動しなかった。自分でも理由が分からず、彼は混乱して立ち尽くしてしまっている。

 発動しなかった原因を、彼は脳内で必死に考えた。しかし、魔力切れ以外で、突然魔法が発動しなくなる原因など、この状況ではまったく見当が付かない。

 だが一つだけ、思い当たる節があった。リーブラの街でヒイロと一夜を明かした後から、体の怠さに悩まされていたのである。旅の疲れのせいだと思い、皆に心配をかけまいと黙っていたのだ。

体調不良はずっと続いていたが、ヒイロと過ごす楽しい時間が、彼の気を紛らわせていた。お陰で旅を続けられていたのだが、魔法が使えなくなった原因は、これしか考えられない。


「シルヴァさんが魔法を使えないのなら、私一人でやるしかありませんわね!」


 シルヴァの力の不調を知り、クレアは単独で戦いを挑むと決めた。相手の正体や能力は不明だが、目の前の化け物は仕掛けてくる気配がなく、クレアの方を向いたままその場を動かない。

 相手は自分を誘っている。そう直感した彼女は、ここは敢えて誘いに乗ろうと考えた。彼女の必殺の一撃は、風魔法を駆使した、槍による突進攻撃である。一撃で魔族を絶命させる程の威力ならば、例えどんな能力を秘めた相手だろうと、恐れる事はないと考えたのだ。

 相手は今、油断なのか、それとも何かを狙ってか、彼女の攻撃を誘っている。防御はしておらず、体はがら空きの状態である。相手が攻撃を避けるつもりがないならば、この一撃に全力を注ぎ、一撃で倒してしまえばいい。攻撃を躱されない今こそ、寧ろ相手を倒すチャンスなのである。


「行きますわ!突風(ラファール)騎士(シュバリエ)(ランス)‼」


 風魔法を発動したクレア必殺の一撃が、化け物目掛け放たれた。槍の切っ先を向けたまま、吹き荒れた風にその身を任せ、突風の如き速さで突撃する、彼女の必殺技の一つ。風の力で速さと突進力を得た彼女の体が、相手の正面目掛け一直線に向かって行く。

 化け物の体長は四メートル以上はある。大きさの差は歴然だが、相手が如何に巨大であろうと、この一撃を受けては無事では済まない。今の彼女は、大砲から発射された砲弾のようなものであり、相手に与える衝撃は相当なものだ。


「はあああああああああああっ‼」


 クレア必殺の一撃は、見事化け物の腹部に命中した。突進の衝撃を正面から受け、腹部を槍に深く貫かれ、化け物は衝撃と激痛に堪えかね、甲高い悲鳴のような鳴き声を上げる。

 確かな手応えを感じたクレアは、勝利を確信した。今の一撃は間違いなく致命傷を与えたと、そう思ったのだ。

もがき苦しむ化け物は、悲鳴のような鳴き声を上げ続け、次の瞬間には、堪えかねた様に口から大量の血を吐き出した。人間とは違う、不気味な黄色の血液。吐き出された血は、化け物の懐に立つクレアが、全て頭から被った。大量の血が浴びせられ、彼女の全身が黄色く染められる。


「ぎゃああああああああああっ‼あっ、熱い!私の体がああああああああああっ‼」


 化け物の血を被ったクレアの体に、その異変は突然起こった。化け物の血に染められた彼女の全身から、白い煙が噴き出したのである。その正体は、彼女の鎧や服、そして皮膚が焼かれた煙であった。

 全身を焼かれる熱と激痛に、人とは思えない絶叫を上げるクレア。彼女が受けている苦痛は、この悲鳴から考えても、想像を絶するものだろう。身に着けていた鎧と衣服は瞬時に溶かされ、全身の皮膚さえも溶かされていく。綺麗だった皮膚は焼け爛れ、美しかった金髪も溶け落ち、耳や鼻が溶けて消え失せた。


「シルヴァさああああん‼シルヴァさああああああああああああああああん‼」

「クレアあああああああああああああっ‼」


 もがき苦しみ絶叫し、悲鳴を上げて助けを求める。得物である槍から手を離し、シルヴァに助けを求め、クレアは化け物から背を向けた。全身を溶かされていきながら、体をふらつかせ、彼に向けて右手を伸ばし、一歩一歩足を進めていく。死にたくないと、愛しの彼に必死に助けを求めるその姿に、シルヴァは彼女を救うべく駆け出そうとした。


「えい♪」

「!?」


 駆け出そうとした彼の体は、次の瞬間地面に叩き付けられていた。誰かに両足を勢いよく払われ、支えを失って地面に倒されたのだ。そして、俯せに倒れた彼の背中に、一人の人物が、自分の体重をしっかりかけてのしかかる。


「邪魔しちゃ駄目ですよ、シルヴァさん。今とっても良いところなんですから」

「ひっ、ヒイロ⋯⋯⋯!?」

「クレアさんが被ったのは、あの子の強酸性血液です。浴びれば最後、鉄だろうが布だろうがお構いなしで溶かしちゃいます」


 シルヴァを地面に叩き付け、彼にのしかかる人物の正体。それはヒイロであった。

 楽しそうな笑みを浮かべ、彼の自由を奪ったヒイロは、あの黄色い血について説明しながら、彼の首筋に、懐から取り出した何かを突き刺した。


「っ⋯⋯⋯!一体何を⋯⋯⋯!?」

「暴れられたり逃げられたりしたら面倒なので、大人しくなる薬を打たせて貰いました。すぐに薬が効いて、手足が動かせなくなりますよ」

「⋯⋯⋯!」


 ヒイロの言う通りだった。十秒も経たない内に、彼の手足は痺れ、体の自由が利かなくなってしまった。

 首筋に彼女が突き刺したのは、一本の注射針である。それを使って、即効性の高い薬を彼に注射したのだ。

 動けなくなったのを確認すると、ヒイロは片手でシルヴァの髪を乱暴に掴み、力を込めて引っ張り、彼の顔をクレアの方へと向かせる。彼女によって無理やり見せられた光景は、目を背けたくなる残酷な光景であった。


「シ⋯⋯⋯ル⋯⋯⋯ヴァさ⋯⋯⋯⋯ん、おね⋯⋯が⋯⋯⋯⋯い⋯⋯⋯⋯⋯たすけ⋯⋯⋯て⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」


 あの化け物はわざと攻撃を受け、クレアに自分の血を浴びせたのである。大量に浴びせられた強酸性の血によって、彼女の全身は溶かされ続けていた。

 皮膚が焼かれ尽くされ、彼に向けて伸ばしていた右腕は、根本が溶けて地面に落下する。眼球も溶けてしまい、彼女はもう何も見えていない。学校を代表する美少女の姿はそこになく、今の彼女は、誰だったか分からなくなるほど、原形を留めていない無残な姿に変えられてしまった。

 それでもクレアは、最後の力を振り絞り、彼の名を呼んで救いを求めた。だが最早、救うには手遅れ過ぎた。今から何をしても、直に彼女は死ぬ。


「ふふふっ⋯⋯⋯、まずは一人目」


目の前で起こる残酷な光景を、ヒイロはご機嫌な様子で、笑みを浮かべて眺めていた。

やがて、骨が見えるまで足が溶けてしまったせいで、クレアはその場に倒れ伏してしまう。しかし彼女の体は、まだ微かに動いていた。


「ミーシャ‼クレアに回復魔法をかけろ!急がないとクレアが‼」

「⋯⋯⋯」


 今更何をしようと、彼女は助からない。回復魔法も手遅れだ。それでもシルヴァは、彼女を救うために、必死になってミーシャに叫んだ。

 だが彼の声は、ミーシャにまったく届いてはいなかった。彼女はその場で呆然と立ち尽くし、微動だにしていなかった。目の前で起こったクレアの悲劇に、大きなショックを受けたせいかと思われたが、それにしては様子がおかしい。彼女は悲鳴を上げる事も、涙を流す事もなく、ただ空を見つめて動かないのだ。


「無駄ですよ。既にミーシャさんは、私達の手に落ちています」

「なに!?」

「クレアさんは酸でドロドロ。アイラさんもすぐに殺されちゃいます。ミーシャさんは私達の命令しか聞かない催眠状態なので、貴方を助けられる人は誰もいません」


 ヒイロの言う通り、この状況でシルヴァを助けられる人間は誰もいない。つまり、今の彼は誰も救う事ができない、ただの無力な学生なのである。

 薬によって身動きができず、為す術なく無様に倒れ、クレアの命が消えていく様を、ただ見ている事しかできないシルヴァ。そんな彼の目の前で、化け物は槍に貫かれた傷をものともせず、倒れているクレアにゆっくりと近付いていった。

 酸に体を焼かれ続けながらも、まだ微かに息がある。化け物は彼女がまだ生きている事を確認すると、自分の細長い尻尾を自在に動かし、鋭い刃物のような先端部分を、彼女の脚に突き刺した。

 もう彼女は、痛みに悲鳴を上げる事すらできない。それを承知で、化け物は何度も何度も何度も何度も、彼女の体を尻尾の先端で貫き続けた。誰の目から見ても、化け物の目的は直ぐに分かった。この化け物はクレアに止めを刺しているわけではなく、彼女が完全に死ぬまで、苦痛を与えて遊んでいるのだ。


「やめろ‼やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ‼」


 大切な仲間が目の前で、残酷に、無残に、壊れた玩具のように遊ばれながら、死んでいく。そんな光景に、怒りを覚えないはずがない。怒りと身を任せ、殺意を込めて叫ぶシルヴァの絶叫は、男の方と戦っているアイラの耳にも届いていた。


「よくも!よくもクレアを‼」

「ひゃはははははははははははっ‼いいざまだな!」

「お前達は私が殺してやる‼絶対に許さない‼」


 大鎌を操る男との激しい戦闘を続けながら、助けられなかった命に深く悲しみ、アイラは瞳から涙を溢れさせる。だが彼女の顔は、嘆きではなく憤怒に歪んでいた。怒りに顔を震わせて、彼女は涙を流していたのだ。

 絶対に、目の前の男も、クレアを襲った怪物も、必ずこの手で殺すと彼女は誓った。それだけが、彼女にできるせめてもの罪滅ぼしだった。

 互いに疑心暗鬼となり、誰も信じる事ができず、激しく彼女を罵ってしまった。自分に向けられた疑いに怒り、冷静さを失って、容赦なく彼女を傷付けてしまったのである。疑いは誤解だったと分かったが、まだ彼女に、ちゃんと謝れていない。

 彼女にはもう二度と、あの喧嘩で傷付けてしまった事を、素直に謝る事ができない。何故なら彼女は、自分の目の前で、惨たらしく殺されてしまったのだから⋯⋯⋯。


「私の大切な仲間を!大切な親友を!よくもよくもよくもよくも‼」


 深い悲しみと、抑えられない怒りと殺意、そして激しい後悔。今思えば彼女は、彼女なりのやり方で自分を助けようとして、あの時切っ先を向けたのだ。その行為に冷静さを失い、彼女と喧嘩を始めてしまったのは、アイラ自身だった。

 だからこそ、彼女の仇を取らなくてはならない。自分と同じように疑われてしまっていた、彼女の無念。そして、唯一無二の親友を信じる事ができなかった、自分の贖罪のために⋯⋯⋯。


「消し炭にしてやる!この下衆野郎‼」

「上等だ!やってみろや糞女‼」


 苛烈な連続攻撃を繰り出し、防戦一方となっていたアイラが、怒りと殺意を力に変えて、反撃に転じる。男が操る大鎌の刃を剣で弾き飛ばし、相手の連続攻撃を無理やり止めさせ、得物である二本の剣を操って、今度は彼女が男に対して、苛烈な攻撃を仕掛けようとしていた。


「えっ⋯⋯⋯⋯⋯?」


 アイラの剣はいつも通り、魔法の力で炎を纏い、相手を斬り裂き焼き尽くすはずだった。彼女自身もそのつもりで、剣を構え、魔法を発動するつもりだった。それなのに彼女の剣は、一本無くなっていた。正確には、彼女の左腕が消し飛んでいたのである。


「う⋯⋯⋯そ⋯⋯⋯。私の左手、どこ⋯⋯⋯⋯⋯?」


 剣を構えた瞬間、アイラの左腕は消し飛び、持っていた剣は左手ごと宙を舞っていた。彼女の左腕は、絶妙なタイミングで狙撃されたのだ。

 放たれた対物狙撃銃の弾丸は、正確な狙いのもと発射され、数百メートル先から彼女を襲った。回避などできるはずもなく、目の前の敵に気を取られていたせいもあって、彼女は左腕と片方の得物を失ってしまった。


「ほらよ!もういっちょ!」


 左手を失い、思考が止まったアイラに、情け容赦ない男の大鎌が襲い掛かる。男が振るった死神の大鎌が、今度は彼女の右腕を切断する。剣を握る右腕は高く宙を舞い、両腕を失った傷口からは、真っ赤な鮮血が溢れ出す。彼女の足下は自分の血で赤く染まり、流れ出る血は止まらなかった。

 両腕を失ったショックと、傷口から奔る激痛に、アイラは苦しみ悶えて絶叫した。その様子を、やはりこの男も楽しそうに、狂った笑みを浮かべて眺めている。


「あの野郎、余計な真似しやがって。俺一人で十分だったのによ」


 そう文句は言いつつも、男はご機嫌な様子だった。嬉しそうに彼女に近付き、片手で大鎌を高く振り上げる。


「おいやめろ!やめてくれ‼もう勝負はついただろ!」

「ひゃはははっ!よく見とけよ糞劣等生、この女の最後をよ!」


 クレアに続き、アイラまでもが敗北し、男が何をしようとしているのか直感したシルヴァが、男に向かって必死に叫ぶ。しかしこの男は、絶望する彼の表情に愉悦を覚え、狂った笑みを見せるばかりであった。


「アイラ!アイラあああああああああああああああああああっ‼」


 無力な彼は、大切な仲間の名を叫ぶ事しかできなかった。その声を聞き、彼女は愛する彼のいる方へと顔を向け、悲しみと絶望に歪んだ顔で、最後の言葉を口にする。


「お願い⋯⋯⋯。逃げて、シルヴァ⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」


 その言葉を最後に、振り下ろされた大鎌の刃が、アイラの胸を深く刺し貫いた。

 何もできないシルヴァの目の前で行なわれた、残酷な処刑。男は彼に見せつける様に、刃を胸から引き抜くと、力を失って仰向けに倒れた彼女の体を、何度も何度も切り刻んでいった。笑いながら、心の底から楽しそうに⋯⋯⋯⋯。


「ぎゃははははははははははははははっ‼これだから目の前でのヒロイン殺しは止められねえぜ‼」

「うわあああああああああああああああああああああああああああああああ‼」


 もう近くに寄って確認するまでもない。強酸で溶かされ、動かなくなっても尚、化け物の尻尾に貫かれ続けるクレアも、両腕だけでなく両足も斬り落とされ、全身をずたずたに切り刻まれたアイラも、既に息はない。

 大切な二人の仲間は、彼の目の前で殺された。彼は何もできず、ただ指を咥えて見ている事しかできなかった。


「クレア⋯⋯⋯、アイラ⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」

「ふふふっ、絶望に沈んだ良い顔ですね。でも、メインディッシュはこれからですよ」


 二人の死に絶望するシルヴァに、まだ終わりではない事を告げるヒイロ。彼女は懐より、また新たな注射器を取り出して、彼の首筋に突き刺す。

 そして彼女は、彼の耳元でそっと囁いたのである。


「おやすみなさい、シルヴァさん」


 ここでシルヴァの意識は、闇の中へと消えていくのだった⋯⋯⋯⋯⋯。


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