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わかりやすい現代語訳シリーズ その7 「孟子」より

作者: マボロショ

儒家思想の主要人物、孟子の考えの中心部分を訳してみました。

◯私(孟子)が性善説を唱える根拠を説明しよう。

もしも、よちよち歩きの子どもが、いまにも井戸に落ちそうになっている場面を見たら、どんな人でも、アッ、おちたら大変、助けようと思うはずだ。その子の親と日ごろ親しくつきあっているから、というわけでもない。村人たちにほめてもらいたい、というわけでもない。子どもを見殺しにしたら、悪口を言われるのがつらいから助けよう、というわけでもない。どんな人にも、自然に、アッ、かわいそう、という気持ちが起こるものである。だからこそ、私は、人の性は善である、というのである。

われわれは、自分の体をきずつけないようにこころがけているから、それと同じように、自分の中にある善なる心をだいじにすることによって、家族やまわりの人々との人間関係をおだやかなものにすることもできる。政治家をふくめて、みんなが、そんな気持ちになれば、世の中を住みよいものに変えることだってできるはずだ。


◯思いやりの心(惻隠の情)は、人がもともと持っている、よい心である。正しい筋道を通そうとするのは、人間として、あたりまえのことである。

ところが、世の中には、筋道をはずれて生きている人がおり、思いやりの心を忘れて、それをとりもどそうとしていない人もいる。まったく悲しいことである。

人間は、自分が飼っている鶏や犬が行方不明になると、目の色を変えてさがす。学問をするのは、他に

何の目的もない。人間がもともと持っていたはずのもの(今、見失っているもの)を、しっかりさがそういうだけのことである。

かなり、わかりやすいでしょ?

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