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婚約破棄って、楽しいですか?

作者: 叢雲弐月

「皆の者、よく聞け。今ここに私は宣言する!この悪しき女狐、ソフィア・ダシリコワ公爵令嬢との婚約を破棄することを!そして、そして私はぁ、ここにいるマリー・ルナリア男爵令嬢と結婚するのだぁっ!」


 チッ。


 あからさまな舌打ちに、目の前の王子がビクッとしている。


 あーあ、とうとう言われちまったよ。お決まりのストーリー、お定まりの顛末。王子の背後には上目遣いで、ゴテゴテフリフリ超重そうなドレスを着た子リスみたいな少女。乙女ゲームの強制力ってコワすぎる。


  皆様御機嫌よう。『恋のマジカルウキドキギャフン』の通称悪役公爵令嬢こと、ソフィアでございます。


 のっけから、ごめんあそばせ。


 ちょーっとばかりムカついたものですから、つい。


 普段はアテクシ、そのようなことはございませんのよ。


 だぁってアテクシ、 公爵令嬢でございますもの。


 父は公爵、母は隣国の元王女。父方の祖母は、この国の王女という、いわば家系図に王族がごろごろ丸太のように転がっている家に生まれましたの。高貴な血筋は伊達でも酔狂でもございません。産まれたその瞬間から、淑女たるべく厳しい教育を受けてまいりました、いわば、令嬢の中の令嬢、キングオブ令嬢でございます。


 それなのに、いきなりその高貴なアテクシを呼び出し、衆人環視の中での婚約破棄ですのよ。そりゃあ、いくらアテクシの心が広くても、心かき乱されるのも無理はございませんでしょ?


 でもね、わかっていましたの。こうなることが。


 ええ、忘れもしません。


 あれはアテクシが五歳を迎えたお誕生日の夜のこと。玄関ホールに続く大階段の絨毯の隅に蹴躓いたアテクシは、ボールのように丸くなってごろごろと階段を転落したあげく、頭を打って気を失いましたの。


 気がついたら、ベッドの中。そこで一気に頭の中に流れこんできた映像に、前世のことを思い出したのでございます。


 ジョシコーセー、スマホ、オトメゲー…。


 これって…。


 もうね、さめざめと泣きましたわ。お布団の中で。


 だってアテクシ、アクヤクレイジョーというものになる予定らしいんですもの。


 こちらに全く非はないのに、全く何もしていないというのに、皆様の前で、淑女にはあってはならない辱め、婚約破棄の刑に処されるんですもの。


 それも、見てくれだけの、脳みそすっからかんの馬鹿王子に!


 そう、馬鹿王子ですの。


 皆さん、美麗なスチルにごまかされていらっしゃいますけどね。嘘偽りなく、あの男、顔だけなんですの。


 皆さまもこの際に、よくよく考えてご覧になってくださいな。本当にあのオトメゲーって、おかしいんですのよ。


 のっけから、学園の正門前で、トーストくわえた女子と体当たりした途端、王子がウキドキ恋に陥るというストーリー。


 恋ではなく、故意の匂いがぷんぷんいたしません?


 それだけでフラグが立ってしまいますのよ、普通ありえませんわ。


 よく、吊り橋効果、などと申しますでしょ?あれです。


 アテクシ、前世の記憶から馬鹿王子のフラグの原因を、いろいろ分析いたしましたの。そう、怖い思いを体験したあと、出会った人に好意を持ち、恋に落ちたと錯覚してしまう、あれです。


 相手は馬鹿王子ですからね。


 それこそ、箱入り中の箱入りお馬鹿でございます。危ないことなどないように、それはもうご幼少のみぎりよりずっと、大事に大事に育てられ、よちよち歩きの頃から、その道筋に石ころ一つないところを進むよう、行く先を整えられてきた箱入り王子なのです。


 誰かにぶつかる、などという体験自体が初めてのことだったのでございましょう。しかも相手は、トーストくわえたまま、必死の形相で「遅刻、遅刻~。」などと呪文のように唱え、スカートをからげたまま爆走してくるタマです。一見、ナマハゲに見えないこともございません。お馬鹿王子も、さぞかし恐ろしい思いをなさったのでございましょう。見事一発でフラグを立てやがりましたです。


 あのアホが、一辺で白旗をあげるほど、それはもう、世にも恐ろしい大変な体験だったのでございましょう。


 あとはもう、語ることなど何もございません。一度お空高くにあがったフラグは、はたはたとはためくのみ。もちろん、ほんのわずかも地面に降ろされることなく終焉の日を迎えることになったのです。


 まあ、アテクシとしては、お馬鹿王子との婚約破棄は願ったりかなったり。喜んでアホ共の片棒をかついでもさしあげても良かったのですが、そのあとがいけませんの。


 例のオトメゲーにおいてアテクシ、婚約破棄された令嬢の行方は杳として知れず、誰一人として語る者はいなかった、とテロップで軽く扱われていただけでしたの。


 そうやって、ぼんやり、そう、薄らぼんやりとしたフェードアウトをさせておいて、暗い物陰に引きずり込まれてブスっとやられたりするような運命であることを印象付けるだけでしたのよ。


 これはアテクシ、絶対に許せません。あのお馬鹿のせいで、なんでこのアテクシが不幸にならねばならないのです。ありえませんわ。


 だいたい、二人の婚約も王の一方的なご希望でした。我が家はずっとお断りしておりましたのよ。


 それをあの馬鹿王子の馬鹿親が、ドウシテモ!と頼み込んでいらしたのです。おまけに、馬鹿の矯正を頼まれたましたの。馬鹿の肩書きにふさわしく、いかようにも教育してしてくれと。


 よろしいですか?王がそれを、三歳のアテクシに向かっておっしゃったのですよ。三歳児なお子様なところの純真無垢なアテクシ、すでに礼儀作法その他完璧にマスターしておりました可憐な幼児たるアテクシにおっしゃったのです。アテクシに断れると思いまして?父と同じくらいの年のオジサマに、目をうるうるされながら、それはもう、大変な勢いで懇願されたのです。


 今思うと、その時きっちりお断りすればよかったのでしょうねぇ。でも、三歳のアテクシ、妙に子供らしい正義感がございまして、自分が頑張らなくては!とはりきってしまった次第ですの。


 その結果が、あの五歳の階段落ち!


 もう、目の前が真っ暗になりました。あんまりだと思ったのです。このままあのアホと真摯に付き合えば付き合うほど、こちらが馬鹿を見るという結末に。


 ですから、無駄なことはやめましたの。


 アテクシ、ヨワイ若干五歳ニシテ、悟リヲ開キマシタ。


 だあってぇ、誰がどう見ても壊せそうにないオトメゲーの強制力を持つこの流れ。それはもう、大海に流れ出んとする大河の水を堰きとめるようなもの。このかよわいアテクシに、できるわけございません。激流に浮かぶ一艘の子船のように散々翻弄されたあげく、水底にドボンに決まっております。


 ですからアテクシ、その時点で決心いたしましたの。


 このアテクシの輝かしい経歴に、婚約破棄、などという一点のシミなど許されません。相手の男は、存在ごと完膚なきまでに葬り去って、無かったことにいたしませんとね。


 それからのアテクシの時間は、お勉強とお仕事、そしてネマワシに追われました。だって前世のアテクシ、根っからのニホンジンですもの。何か行動を起こす時は、必ず事前に方々に申し送りをしておく、そういった小さなことが事を決すということをよく存じ上げております。


 もちろん、あのアホの普段の行状をあげつらって、親である王と王妃それぞれからも一筆、ちゃんとしたためてもらっておくことも忘れてはおりません。


 ソナエアレバ、ウレイナシ。ことわざにもございますでしょ?


 一連の馬鹿王子のわかりやすい行動は、我が家の手の者から、アテクシの両親に逐一報告されております。最初にそういった話を耳にしたお母様は、たった一言、お父様に向かってこうおっしゃいました。


「おい、わかってんだろうな。」


 それを聞いたお父様は、お母様の足元に平身低頭して、こうお答えになりました。


「全て御心のままに。」


 アテクシ、思いましたの。躾けって、やはり大事だなぁって。


 なんといってもお母様は隣国の元王女。その父である隣国の王は、未だ現役でいらっしゃいます。アテクシは、隣国の王の孫でもあるわけです。男爵令嬢などという、庶民に毛がはえたようなものに娘がコケにされて、お母様が黙っていらっしゃるわけがありません。


 アテクシ自身、子供のころからその日に備えて隣国に事業を起こしておりました。困った時、ソデノシーターを送ればいいという記憶が、アテクシを事業にかりたてたのでございます。お陰様で、手塩をかけて育てた商会は、国を越え、大陸中に店舗をかまえる一大商会になりました。


 アテクシ、今では何もしなくても金貨がお空から降ってまいります。


 というわけでアテクシ、突然ですが、お引っ越しをいたします。


 追放などではございません。


 アテクシほどの令嬢ともなると、先様のほうからスカウトの声がかかりますの。よりどりみどりですわ。もちろん精査に精査を重ねて、一番アテクシにとって条件のよいものを選びました。


 というわけで、公爵領まるごと持って、隣国へお嫁にまいります。


 え?テロップと違う?


 まあ、とんでもございませんわ。


 こちらで行方がわからないのは、アテクシが引っ越したせい。誰も語らなかったのは、この国自体が無くなってしまったからですもの。


 前々から、母の兄にあたる隣国の皇太子さまが、アテクシの従兄にあたる王子とアテクシとを結婚させたかったようなのです。『もう少し成長したら、婚約させるつもりだったのに、なぜあんなアホと婚約するようなはやまったことをした、今からでもいいぞ、いつでもバッチコイ』といった内容のお手紙を、

しょっちゅうアテクシに送ってくださって。


 それに、従兄である王子も、どうやらアテクシの婚約破棄を待っていらしたみたいなのございます。同じ王子でも、あちらとこちらでは月とスッポン、アテクシにふさわしい方がどちらかなんてこと、もう、語るまでもございません。


 本当、婚約破棄一つで、ここまでのことが起こってしまうのですよ。風が吹いたらオケヤがもうかる、バタフライ効果も小さな事がきっかけなのですものねぇ。


 え?オケヤが何かわからない?


 こちらにはググルものがございませんからねぇ。本当、あの便利なカラクリ箱、誰か作ってくれないかしら。


 まあ、その話はまたいつかどこかで、ということで。


 こんなわけですから、ご令嬢の皆さん、ご婚約なさる時は、くれぐれも先々のことをよくお考えになって。それからご決断なさることをおすすめいたします。決してあせってはいけません。


 チューイイチビョウ、ケガイッショウ。

 

 婚約なさるのは簡単ですが、破棄する時は、膨大な時間と労力をとられますからね。馬鹿に付き合うのって、大変ですから。


 それでは皆様、お達者で。本日は、ここまでにいたしとうございます。


 御機嫌よう。


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