97.祟竜との再会
その後、俺達は三時間ほど談笑した。
既に辺りは暗くなり、冷たい風が壁の隙間から流れ込んできている。
寒いしもう寝るか……俺はマントを体に巻き藁に潜りこんだ。
「じゃあ俺はもう寝るぞ。」
「……んぅ……お、お休みなさい。」
ハーネスが少し腹をよじりながら、ひきつった表情で返答した。
腹でも壊したのか?
「どうした?」
「あ、あの……トイレって、どこにある……?朝からずっと我慢してて……もう、無理……。」
腰回りに手をそわそわさせながらハーネスが言う。
ええ……?朝からって、もう半日以上か。
「どっちだ?」
「……小さい方。 」
「じゃあ近くの茂みでしてこい。あ、狼に気を付けるんだぞ。」
アイツら雪でも平気で臭い嗅ぎ付けて来るからな。
後ろから襲われて何度酷い目にあった事か……。
「し、茂み?」
「ここは完全にワンルームだからな。トイレなんて付いてないぞ。」
「ぇ……。」
ハーネスの顔が絶望に染まった。
あ、流石に女子に茂みはデリカシー無かったか。仕方ない一肌脱ごう。俺は紳士だからな。
魔力変質で容器を作成し、ハーネスに差し出した。
「これにしーー」
「っ、ごめん、今日はやっぱり帰る。」
「家までもつのか?」
「……む、無理……というかもう……!」
ハーネスはそう言いながらしゃがみこんだ。
ま、まさか……おい!勘弁してくれよ!藁って意外と臭い付きやすいんだぞ!
「だからこれを使え!俺は気にしないから!間に合わないならここでしても良いから!」
「え、め、目の前、で……ぅ、うわぁぁぁ!」
俺の容器を振り払い、ハーネスは下腹部に手を当てながらドアを明け、自分の家の方角へと走って行った。
あー……絶対間に合わないだろ。
「『消えろ。』」
容器を消滅させ、もう一度藁に寝転ぶ。
……すっかり眠気が無くなってしまった、風にでも当たりに行こう。
俺はハーネスが開けっ放しにして行ったドアをくぐり、外へと出る。
しかし、何か違和感を覚えた。やけに空気が生ぬるいのだ。
……いや、違う、何処からか生ぬるい風がこちらへと吹いてきている。
方角は……向こうの木か。
家の近くに変な魔物がいても困るから、見に行こう。
俺は雪を掻き分けながら風の吹いてくる方角へと向かう。
……ん?
木の根本に小さい人影が座り込んでいた。
なんだ、ハーネスか?家まで間に合わないから木の根本でしたんだろう。
「おーいハーネス!終わったか?」
手を降りながら声をかけるも、反応がない。
俺は更に近づく。そうすると人影の姿が鮮明になってきた。
8歳ほどだろうか、上半身裸の青白い少年が、なぜか木の幹を執拗に引っ掻いていた。
ええ……?寒くないのか?村から迷い混んだのかもしれない。
「き、きみ!村まで送っていくから、こっちにきなさい!」
俺は少し戸惑いながらも少年に手招きする。
少年はこちらに気が付いたのか、ゆっくりと振り向く。
「おディざン、ダぁレ?」
ーー振り返った少年は、人間ではなかった。
数十人の子供の顔を無理矢理、頭一つ分に圧縮した様な頭部。うっすらと全身に生え揃った青白い鱗、そして背中に蝙蝠じみた翼が着いている。
極めつけに、左肩から異様なまでに発達した『龍腕』が生えていた。
「ぁ、かん、さつ……」
【ステータス差が大きすぎるため、正確な情報を取得出来ませんでした。】
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【『祟龍■■■』ラ■ク■】
【口減■のため偽■■■神への■贄として泉■沈■■■■子■■■。】
【純粋な■を媒体■■1つへと■■■。】
【架空の龍■と■■■■に複合■■。】
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「っ!?」
それを正確に知覚した瞬間、何故か俺の右肩に着いた龍腕が熱くなる。
「そ、ウだ。キ、みも、まモっテ、アげルよ。」
少年が左腕を引きずりながらこちらへと歩み寄ってくる。
俺の本能が全力で警笛を鳴らしてきた。
「ひっ……!?」
全身がすくみ動いてくれない。ただ、龍腕を除いて。
それどころかむしろ龍腕は『目の前のこいつを打ち倒せ』とばかりに力がみなぎる。
「っ!おらぁぁぁ!」
俺は少年の顔に右ストレートを叩き込んだ。
少年は吹き飛び、顔から体液を撒き散らす。や、やったのか?……あ、やべ、フラグ…… 。
「イたい、ナぁ、」
立ち上がり、またこちらへと歩みを進めた。
や、やべぇ……勝てる気がしない。
しかし三歩ほど進んだ場所で、俺の右腕を見詰めたまま動かなくなってしまった。
「そノうデは……アアソうか、キみ、ハ、ぼクの供物ナんダ、ね?ジャあ、マもる、ひツようはナい、ね。」
そう言うと同時に少年は虚空へと左腕を薙いだ。
その場所の空間がひび割れ、そこに少年が吸い込まれる様に消えていく。
その姿が見えなくなった瞬間、場を支配していた内臓を押し潰すが如く圧倒的な威圧感が消え去った。
「はぁ……はぁぁ……!」
ヤバイ……アレはヤバイ……!
マジでなんなんだアレ、俺と同等かそれ以上の顔面だったぞ……。
……早く、家に戻ろう。
最悪またアイツが来ても、ブラウならなんとかなる。
……アイツのステータス、まったく分からなかったな。
帰ったらもう一度ブラウに『観察』を使ってみるか。
前は種族名しか分からなかったが、得れる情報が増えた今ならアイツの強さの理由が分かるかもしれない。
俺はドアを開け、室内に入った。
「ぐごー、ずびー。」
ブラウはマヌケな顔で眠っていた。
よし、本人が寝ているのにあれだけど、早速調べるか。
「観察。」
【ステータス差が大きすぎるため、既に取得していた情報以外は看破不能。】
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【『ラビトニオン・クレイ』C+】
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「がっ……!?」
頭が、割れる。
本気で脳みそが沸騰しているのではないかと思うほどの頭痛が俺を襲った。
いしき、が……。