90.サーベル
「ふう……。」
最後の魔物の頭部を抉りながら、俺は溜め息を着いた。
いや、なんでギールが居なくなった瞬間に魔物の群れが襲いに来たんだろう。人間の数が減ってチャンスだと思ったのか?
「ギール、朝飯はこの魔物たちを使ってくれ。」
「……あ、ええ。承知致しました。ヴァリアレス様。」
ちょっ、なんで呼び名変わってんの!?
中二全開過ぎて恥ずかしいんですけど!
「ん?誰だそいつは?」
計画通り、全力でシラを切る。
「え、だって昨日……」
「ん?誰だそいつは?」
「貴方はヴァ……」
「ん?誰だそいつは?」
「……分かりました。今はまだその時ではないと言う事ですね、騎士殿。」
良かった、力押しでこの場はなんとかできた。
どうせこの冒険中だけの仲なんだし、その場凌ぎで良いだろ。
「ふぁぁ……おはようございます……あれ!?ケンイチさんその魔物の山どうしたんですか!?」
「ちょっと……だから脳は傷付けないでよ!美味しいんだから!」
女二人篝火の前に積み上げられた死体の山に驚いていた。
アンリが俺に怒っている。
いや……魔物の脳とかゲテモノだろ。寄生虫とか怖いし。というかアフリカとかではカエルの脳がスイーツなんだっけ?
つまり生で食うのか?
「しっかりしなさいよ!そんなんだからそんなボロい鎧……」
「アンリストォップ!い、いや、私はその鎧も趣があって良いと思いますがなー!」
俺の鎧をバコバコさせながら叩いているアンリを、真っ青な顔でギールが止めに掛かった。
「な、なんでよ、そんな大きな声出して……だってカッコ悪いじゃない!」
「うん!とりあえずヴァリ……騎士殿の鎧を叩くのをやめようか!その人ヤバイから!マジで!全身の皮を剥がれるぞ!」
「わ、分かったわよ……なんか口調変わってないかしら……」
アンリは渋々と言った感じで俺から離れる。
そんなに恐がるなよ……ヴァリアレスってそんなにヤバイ奴なのか。
なんだ、全身の皮を剥ぐって、それもはや英雄じゃないじゃん、妖怪じゃん。
「と、ともかく!朝ご飯にしましょうかな!おいキンジ!起きなさい!騎士殿の手を煩わせるな!殺させるぞ!」
殺さねぇよ!?こいつの中で俺は一体どんな外道になってるんだろうか。
「う、ううん……なんだよ、ギール……まだ酔ってるのか?」
「キンジは篝火の撤去を!アンリとユナは各自この魔物を己の空間へ!私はこの御方の為にフルコースをつくぅる!」
ギールが凄まじい速さで鍋を出した。
「私は何をすれば……」
「騎士殿は座っていてくだされ!はっはっは!この不肖ギースウィルギス、極上の料理を作りますゆえ!お、あっつ!」
空回りし過ぎだろ。昨晩の冷静でかっこいいギールは何処に行ったんだ。
その後、俺達はギールの作った料理を食べ再び出発した。
勿論旨かったが量が多すぎて多くは馬車馬に食わせた。そのお陰か馬も元気いっぱいで昨日の体感1.5倍ぐらいの速度で走っている。
「……騎士殿、お肩をお揉みしましょうか?」
沈黙が支配する馬車の中で、ギールがそう言った。
いや、だからそんな露骨に気を使うなって。
「いや、大丈夫だ。」
「あ、じゃあ俺の肩やってくれよ。」
「キンジは黙ってなさい。」
それから少し走っていると、前方の道に人が座り込んでいるのが見えた。
ん?誰だ?迫ってくる馬車に気付いても、退く気配が無い。
「おーい!そこの御仁、道をお譲り頂けぬか!」
男は道をどかず、結局馬車はその男の前で止まってしまった。
なんだよ全く……。
ギールが話し掛けに行こうとするのを見ながら何となくその男の姿を確認していると、その男の脇から刃物っぽい鈍色の反射光が見える事に気が付いた。
……あれ、もしかしてこれ危ない人じゃないか?
「ギール、私が行く。」
そう言ってギールと入れ替わりに外へ出る。
冷たい空気が鎧に入ってきた。
「おい、退いてくれ。」
「……」
男の脇に装備されている柄らしき物に男の手が乗せられた。
え、戦うの?ちょっとハルバードを使うか……
ーーその瞬間、俺の左腕が切り飛ばされた。
「っは?」
白い大地に俺の鮮血が降り注ぐ。軽装の男が振り抜いていたのは細身の刃。
一般に曲刀と呼び、元の世界ではーー『西洋刀』と呼ばれる鋭い太刀だった。
「騎士どのぉぉぉ!?」「ケンイチさん!?」「え……大丈夫なのあれ……?」「おかしいな……腕が飛んだみたいに見えてんだけど……」
後ろのメンバーから悲鳴が上がった。
やべぇ!腕の一本は正直かすり傷だけど!
俺はその場に落ちた手甲を繋ぎ、その中で腕を再生させた。
そして左手をグーパーして、お前の攻撃は全然効いてないアピールをする。
軽装の男はそれを見て驚いていたが、みるみる口が弧を描き、
「……切り放題だ。」
ぼそっと、そう言った。
なんだこいつ!?怖いよ!
男はもう一度刀を振るってきたが、龍腕を挟み込むと刃は止まった。男がギョットする。
おお、やっぱりこっちの腕は強度もあるんだな。
手応えは多分筋力的にはハルメアスの方が上で、技量もハルメアスが勝ち。誤差でこいつの勝ってるのが速さだな。
龍腕で刀の動きを封じ、再生した左手で男の首を掴んで近場の木に思いきり叩きつけた。
「がはぁっ!?」
無防備に空いた腹に、何度も膝蹴りを叩き込む。
男の口から血が吐き出された。
あ……ちょっとやり過ぎたか。魔物じゃなくて人間だもんな。
「こ、降参、だ……!殺さないで……。」
「お前は危ないな、罰としてこの刀は貰っていくぞ。」
俺は男が倒れてなお大事そうに握っていたサーベルを無理矢理奪い取った。
通行人に片っ端から斬りかかっていたらマジでシャレにならないからな。……しかもサーベル日本刀みたいでかっこいいし。俺も欲しいもん。
「お、おい、まさか奪っていくのか?俺から、ソイツを?その刀は俺の全財産なんだ!王都で冒険者相手に勝負を挑んでいたら変な騎士に倒されて気付いたら軽装で王都の外に捨てられてたんだよ!あんたに襲いかかったのも憂さ晴らしみたいなもんなんだ!」
男は必死に雪に頭を擦り付けた。
……うん、なんだかこいつもハルメアスの被害者っぽいし、かわいそうになってきた。
でもサーベルやっぱかっこいいな……。
「分かった、それにしても良い刀だな。1回振ってみても良いか?」
「か、返してくれるのか!?ありがとう……!ああ、いくらでも振ってくれ!」
おお、やった!
俺は剣道みたいな構えで、思いきり後ろに剣を上げた。
しかし、その瞬間金属と金属の触れる、鈍い音が聞こえる。
ああ、背中のハルバードとぶつかったのか。
一応傷が付いていないか確認すると、刀は真ん中からポッキリと、へし折れていた。
……へ?
「ごめん!やっぱり振るのは今度で良いわ!じゃあな!」
そう言い、走って馬車に乗り込んだ。
「おい、なんで折れてるんだ!?」
男は腹の傷のせいで動けない様だ。
ご、ごめん!でもそんな脆いとは思わないじゃん!?
「おいギール!出発だ!」
「は、はい、騎士殿!」
「待ってくれぇぇぇ!せめて毛布をくれ!凍死してしまう!」
うつぶせのまま叫ぶ男を尻目に、俺達は出発した。
いや、向こうは俺の腕切り飛ばしたし?どっちかって言うとこっちが被害者だし?俺悪くないし?
……すまん。