89.疑念
「あー……眠い。そろそろ寝るか。」
料理を食べ終わり少し談笑した後、この日はもう眠る事になった。
この体のスペックが高いからか、俺はまだ眠くない。
「寝ずの番はどうするのよ?」
「私がやりますぞ、3人はまだ若いから眠らないと。」
じゃあ俺もしよう。
要するに見張りだろ?それに俺設定上28歳だからやらないと肩身が狭い。
「私も手伝おう。」
「……おお、騎士殿が一緒ならば心強いですな。よろしくお願いしますぞ。」
そう言い、3人は持参していた寝袋に、俺とギール篝火に残った。
雪に当てられて少し勢いの弱まった炎を挟む形で、俺達は向かい合った。
「ふう、……騎士殿に1つ、質問をさせて頂いてもよろしいですかな。」
ギールが深刻な面持ちで言った。
どうした、やっぱりアラフォーに夜更かしはキツいか。
「なんだ。」
「……騎士殿の冒険者等級は、本当に最低なのですか?……どう考えても辻褄が会わないのです。村人に聞けば、あなたは村を襲おうとした壊村級を一撃で倒したのだとか。」
あー……これ面倒臭い奴だ。
沈黙する俺に、ギールは更に続ける。
「道具や、魔法のスクロールで手込めにしたのならばまだ納得はできます。しかし貴方は『直剣』で『接近戦』の末殺してしまった。……本当におかしいのです。こんな猛者が、何年も隠れていられる筈がない。まるで……何処からか降って湧いたかの様な。……騎士殿、貴方は一体誰なのですか。私たちに、一体何をしようとしているのですか。」
先程までとは打って変わって、冷血な鷹を思わせる鋭い目で、ギールは俺に問いかけた。
いや、実際降って湧いたんだけどさ……取敢ず誤魔化すか……。
「昔、色々……」
「魔族には、人を装い油断させ魂を喰らう者も存在するとか。……騎士殿、私にあなた程度ならば封殺できる程度の隠し球が有ります。言葉で煙に巻くのは許しませぬ。どうか、対等の立場と思ってくだされ。……もう一度聞きます。貴方は、誰なのですか。」
ま、まずい、誤魔化せない。
つかなんだBランクどうにかできる隠し珠って、そんなの使われたら俺消し炭になるぞ。ハッタリには見えない。
しかもなんか俺魔族って疑われてるし。
クソ!こうなったらプランBだ!
「……届かぬ星に、手を伸ばした男がいたとしよう……!」
「論点をずらすな。……次は、有りませぬぞ。」
あああぁぁぁ!?ダメだこいつ!俺の小手先の技が通用しない!
かっこいい雰囲気と謎理論でどうにかなる相手じゃないぞ!
「そう……だな、お前になら、話しても良いのかもしれない。」
そう口走りながら、どう誤魔化すかを全力で考える。
……そうだ!最近ゲットした龍の腕を活用しよう!
人を騙すには嘘の中に真実を上手く混ぜ混むのが大事って聞いたこと有るし!
「……カリス村に伝わる、龍神の伝承を知っているか?」
俺はそう言いながら手甲を外し、ギールに龍腕を見せる。
「それは……!?」
「私の事を知らない、か。哀しい物だな……数百年前は知らぬ者は居ない程にこの名は轟いた物だが。お前なら分かるのではないか?苛烈な武勲の末、民に裏切られ龍への供物とされた男の物語を。」
こんなベタな英雄なら多分いるだろ!
「まさか……!ブレンクダント・ヴァリアレス……!?」
いや誰だよソイツ。
でも、都合よくそんな奴がいてよかった。
「やめろ、その名はとうに棄てた。……今はただの名無しだ。」
謎の強キャラ感を出しながら、ギールを見詰める。
「何故……何故、あの英雄が……それでは余りにも救われない……!」
ギールは下を向き、今にも血涙を流しそうな程に目を見開いている。
「救われたさ。私は。しかし……灼熱に焼かれながら願ったのだ……人々の救済を。だから今もこうして生き汚く現世にこびりついていると言う訳だ。」
「……貴方は、人間を憎んではいないのですか?人々の期待に押し潰された末に不死の檻に囚われ、龍と心中したその生涯を、惜しいとは思わないのですか?」
不死の檻に囚われるってどんな奴なんだよ、かっこいいな。ブレンクダント・ヴァリアレス、ちょっと気になってきたぞ。
「……後悔は、ある。きっと私はもっと救えたのだ。」
「違う!貴方は常に最善の選択肢を取ったのです……!悪いの周りだ!」
身を乗りだし、俺へと近づいてきた。両手は強く握りすぎたせいか爪が食い込み、血が出ている。
うわ!ヒートアップし過ぎだろ。これ以上はこっちが着いていくのが難しそうだ。質問されたらボロが出る気しかしないし。
「今日はもう寝ると良い。なに、番は私がやっておくさ。」
「……はい……私は、夢でも見ているのでしょうか。」
「確かに、私は一迅の夢の如く淡い存在だ。この旅が終われば直ぐに忘れるのが良い。」
「そう……かもしれませんな。」
ギールはフラフラと、皆が寝ている方向へと歩いていった。
さて……明日から、相当めんどくさくなりそうだな。
ギールに追求されたら、シラを切り通そう。
俺はそう思いながら、ゆらゆらと揺れた灯火へと向き直った。
……なんか、後ろの方から獣の鳴き声がするな。
■□■sideギースウィルギス
ーー不条理だ。
何故、神話の英雄が私の前に顕現した?しかも、よりにもよりあのブレンクダントが……。
……頭が痛む、今日はもう眠りに着くとしよう。今の働かない脳で思考しても解は出ない。
寝袋に潜ると、すぐに眠気が襲ってきた。
明日起きれば、きっとそこにいるのは大英雄ではなく、あの、暖炉の様な暖かい雰囲気を纏った騎士だ。
けして、裏切りと殺戮に生きた者ではない。
そう願いながら、私は眠りに落ちた。
ーー白く染まった林の間から差し込む木漏れ日を顔に浴び、私の意識は覚醒した。……嫌な胸騒ぎがする。
体を起こし、小走りで篝火の方面に向かうと、そこにあったのは、地獄であった。
眼下を染める、赤、赤、赤ーーそしてその無数の屍が積み重なる深紅の花壇の中心に、狐の頭を右手で貫いた体勢の騎士が、立っていた。
ーー私は、恐怖を覚えた。
その力が自分に向けられた訳ではない。しかし、悪魔の手の平に心臓を弄ばれているかの様な、悪寒。
「……おお、起きたのか、ギール。」
騎士は明るい声色で私の名を呼んだ。
「騎士、殿。」
体が硬直してしまい酷く掠れた声が喉から溢れ出る。
……何故、こんな化物相手に自分が優位に立っているなんて、思ったのか。
その気になれば私の首など二秒足らずで消し飛ばせるのに。
しかし、それをしないのはこの騎士の本質があの伝承の英雄だからなのだろう。
……ならば、やり用はある。




