88.【ブックマーク300記念】最弱勇者の異世界生活.後編(side高星清太)
煌めく宮殿で、王が俺達に何かを言っている。
「גיבור」
……丸っきり、何を言っているか分からない。
しかし、クラスメイトの面々は深刻な顔で、王の話に聞き入っている。
俺以外の奴は言葉が分かるのか?
「ステータスオープン!」
暫く呆気に取られていると、俺の横でクラスメイトが急にそう叫んだ。
……どうしたんだ、こいつ。
そう思ったのも束の間、そのクラスメイトの前に半透明の液晶が現れた。
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『大山祐』
種族:人間
状態:勇者
Lv1/85
体力200/200
魔力60/60
攻撃力50
防御力45
魔法力45
素早さ60
固有スキル
『座標置換』
耐性スキル
無し
通常スキル
無し
称号スキル
無し
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「……は?」
なんだこれ。
周りを見ると、俺以外の全員の前に半透明の液晶は出現していた。
……ステータスオープンと言うワードが、あの液晶のトリガーになっているのか?
そして、その言葉の意味と液晶の文字から察するにこれは使用者の能力を示す物なのか。
「……ステータス。」
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『高星清太』
種族:人間
状態:勇者
Lv1/30
体力20
魔力50
攻撃力15
防御力2
魔法力3
素早さ10
固有スキル
無し
耐性スキル
無し
通常スキル
無し
称号スキル
不幸の体現者
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「これは……。」
本当に表れた事も驚きなのだが、これって……弱くないだろうか。
俺はそこまで運動神経が悪い方ではない、中学まで剣道をやっていたし、男の平均以上な自信はあった、あったのだ。
しかしこの数値が実際の身体能力に影響しているのなら今の状況は、かなりマズイ。
前斎藤に貸してもらったラノベではこういう奴は即刻追放されていた。
結局そのキャラは実は最強でクラスメイト達を見返すのだが、俺には何もない。
「גיבור דמוי。」
どうやら王の話は終わった様で、俺の横に金髪のメイドさんがやって来て部屋へと案内してくれた。
途中何度か話しかけられたが作り笑顔で誤魔化し、部屋に入る。
案内された部屋は、とても豪華だった。
大抵こう言うのって馬小屋とかじゃないのか。少なくともあのラノベではハズレ勇者は馬小屋に寝泊まりさせられていた。
「あの、ここって何処なんですか?」
「כן?」
俺が話しかけると、メイドさんは困った顔をした。
……ダメだ、やはり通じない。
数回の押し問答の末、俺に言語能力が無いのを察したのかメイドさんは真っ青な顔になり、部屋の外へと飛び出していった。
数分後、哀れになるほど息を切らせて帰ってきたメイドさんの手には、何らかの記号らしき物が刻まれた板が持たれていた。
そしてその文字盤と自分を交互に指差しながら、
『マ・リ・ア・ス』
と、発音した、……この金髪メイドさんの名前か?
俺がマリアスさん、と言うと、メイドさんは表情をパッと明るくして、もう一度言ってほしい、とジェスチャーしてきた。
……可愛い。
多分年齢は俺より上なんだろうが、仕草とか雰囲気がどことなく幼い気がする。
それからマリアスさんの異世界語の講義が始まった。
文字盤を指差した後、言葉とジェスチャーで何となく意味合いを教えてくれる。
『בוקר טוב』
これで、おはよう。と読むらしい。わけがわからないよ。
……と言うか、これってなんか見覚え有るな……どこで見たんだっけか。
……これ、ヘブライ語じゃないか?確かイスラエルとかで使われてる言語だ。世界一難しい事で有名だったはず。
ここは、異世界じゃないのか?何故よりにもよってヘブライ語なんだ。
俺はその後マリアスさんと何時間かヘブライ語の勉強をした結果、『はい』『いいえ』『ありがとう』『マリアスお姉ちゃん大好きです』と言うのを教わった。
……最後は完全にこのメイドさんの願望な気がするが、まあ良いだろう。
「זהו מצב חירום!」
その時、急にドアが空き別のメイドさんが入ってきた。
何やらとても焦った様子だ、どうしたんだろうか。
マリアスさんは鬱陶しそうな顔をしたが、話を聞く内にまた顔が青くなっていく。
「מקלט אתה!」
マリアスさんは急に俺の手を握り、部屋の外へと導いた。
え、何事?……と言うか、女の人と初めて手繋いだな……。
雰囲気的にそんな状況じゃないのだろうけど。
手を引かれて向かった先は、先程の王の間だった。
クラスメイト全員が集められていて、周囲の騎士の数は先程の倍近くなっていた。
「……い、……死……のか?」「や……く……」「さい……う……」
クラスメイト達のひそひそ声が聞こえてくる。ああ……皆は言葉が理解できるんだったな。斎藤にでも現状を教えてもらうか。そう思い辺りを見渡すが斎藤の姿は無い。
あれ……まだ来てないのか?仕方ない、勇気を出して違う奴に聞くか。
「……何があったんだ?」
「ああ……!?死んだんだよあいつが!」
クラスメイトは切羽詰まった様子で俺に言った。
……死んだ?誰が?
「誰が?」
「この場に居ねぇのはアイツしか居ないだろ……!健一だよ!アイツ化け物に食われやがった……!」
ーー死んだ?斎藤が?
一気に視界が白むのを感じた、そんな……アイツが、死ぬわけ……。
「嘘つけよ……!」
胸ぐらを掴みながら、問いかける。
「……斎藤の部屋でさ、アイツの制服が見つかったんだ。そしてその部屋からアイツが居なくなってて、代わりにとんでもない化物が出てきたって……!」
俺の、光が、英雄が、……掛け値無しの正義が……死んだ?
ーーうまく呼吸ができない、それじゃ俺は、何を目印に進めば良いんだ?
「ぁがあぁ……ぁぁぁあああ!!!」
すぐ叫ばなければ、この感情を少しでも発露しなければ、何か大事なもの壊れてしまうーー
「תירגע!」
マリアスさんが、崩れ落ちながら叫ぶ俺に駆け寄ってきた。
「うるせぇ!誰だ!誰があいつを殺した!?……なんで……!」
「תראה לי!」
俺がマリアスさんに掴みかかりかけたところで、背後から頭部に凄まじい衝撃が走る。
「ぁがっ……!?」
「Iro ישן」
遠退く意識の中、視界の隅に写ったのは剣の柄で俺の頭を殴打した騎士の姿だった。
ちく、しょう……!
■□■
「……?…… אַתָה בְּסֵדֶר!?」
体を揺すられているのを感じて、俺は目を覚ます。
横を見ると、心配そうな顔でこちらを覗き込んでいるマリアスさんがいた。
ここは……ベットの上か。部屋に運ばれたみたいだな。
……さっきはかなり取り乱したが、今は少し落ち着いている。
「マリアスさん、さっきはすいませんでした。」
「?」
さっきは不意打ちを食らって、只でさえ危ない均衡を保っていた精神が爆発してしまった。
自分の都合で人に、しかも女性に手を上げるなんて最低だ。これじゃ一生斎藤には追い付けない。
それにきっとアイツなら、こんな状況さえも笑い飛ばすんだろう。
……そうだ、アイツを失ったなんて考えるな。
俺は『託された』んだ。
この世でたった一人だけの、掛け値無しの正義の伝導者に。
だから笑え、高星清太……!
横にある鏡台に写った俺は、口角がつり上がり、歪な笑みを浮かべていた。……まだ、上手く笑えてないな。
だけど、俺もいつか誰かを救って、その時にあいつみたいな最高にムカつくバカ笑いをしてやるんだ。
……そうだ、やってやるよ異世界。
お前に教えてやる、どんな強靭な英雄も比肩すらできない、
化物の存在を。
どんなクズにでも無差別の救いを振り撒く、特大の仰伽噺を。
俺は救う、お前が救うはずだった人間も、そうじゃない奴も、笑いながら救い上げてやる。
きっとそれが俺の歩むべき道だ。そうだろ、斎藤。