80.やはりお前か
「騎士様!おはようございます!」
俺が冒険者達が待っている村の中心へ向かおうとしていると、前方から嬉しそうに弾んだ少女の声が聞こえた。
顔を上げると、少し遠くに何か青い物を持って走ってくるカーニャの姿が見えた。
「どうしたんだ?」
「はぁ、はぁ……あれ?騎士様、マントを着けたんですか?それに武器も……。」
カーニャは、目を丸くしながら俺を見ていた。
確かにさっきまでとは装備のグレードが段違いだろうな。
具体的にはレベル50のキャタピーがレベル100のレックウザになったくらい……あれ、例えた意味無いぐらい分かりにくいな……。
「変か?」
「っ!いえ!とてもお似合いです!」
良かった、一応姿は確認したが、あくまで男目線だからな。
子供や女子に言って貰えると、自信が持てる。
所でその手に持っている青い物はなんだ?
「カーニャ、差し支え無ければそれが何か教えてくれ。」
「あっ……これは、上衣です。」
さーこーと?なんだそれ、コートってワードから察するに衣類か?
ちょっと分かんないな……でも知らなかったら何か恥ずかしいから知ったかぶりしとくか。
「ほう……サーコートか……分かるぞ。サーコート、だな?うん。こう……サーコートだろ?」
「……もちろんご存知かと思いますが、上級の騎士様が鎧の上から装着する防具です。」
カーニャが空気を読んで教えてくれた。
へー、つまり前に村に来たハルメアスは着けてたから、上級騎士なのか。
「あの……騎士様、どうぞ。」
カーニャがちょっと恥ずかしそうな顔をしながら俺にその青い布を渡してきた。
え、何?くれるの?
「くれるのか?」
「はい……前に私を助けて下さったときに鎧に沢山傷が着いてしまっていたので、その時から作っていたんです。えっと……使って下さいますか?」
それは有りがたいな。
鎧の上から羽織るのなら姿を見せる必要も無いしマントだけじゃ防寒面で少し不安だった。
「では、有り難く貰おう。」
「っ、はい!どうぞ!」
俺はその上衣を受けとり、開いてみた。
群青色の布地に、デカデカと狼の顔らしき物が刻印されている。
あくまで普通の布っぽいから感触はマントほど良くないけど、中々にカッコいい。
「その狼は、この村の紋章なんですよ。……あっ、もしご迷惑でしたら外しますけど……。」
「いや、大丈夫だ。」
村のマーク付いた服着るって……何か、こう、騎士と言うよりご当地キャラっぽいな。
サーコートに若干手作り感があるから、余計にそれっぽい。
これはもうグッズを量産して全国に売り出すしかないな。
全然ゆるキャラじゃないけど。
「ありがとう、カーニャ。」
「はい!どういたしまして!」
俺は上衣を頭から被り、装着した。
……うん、めっちゃ暖かい。
多分普通の布なんだろうけど、純粋に分厚いからな。
よし!今度こそ行くか!
俺は再び村の入り口へと歩き出した。
確か……スノーワームって奴の討伐に行くんだっけか。
王都に行った時を除けば、異世界転移後約一ヶ月ぶりに村以上の遠出となる。
うわー!楽しみだ!討伐だけなら鎧を脱ぐ事は無いだろうしな!
ほら、よくアニメとかで居るじゃん、頑なに鎧を脱がない騎士。
ああいう感じでいけば良い。
自分暗い過去を背負ってますよ、的な?
てかそうこう言ってる内に冒険者達が見えてきた。
良かった、ちゃんと待っててくれたみたいだな。
「準備が終わった。待たせてすまない。」
「いや、全然……えっ誰……?」
冒険者の青年が顔を青くしながら聞いてきた。
何か変だったのか?もしかしてそんなでかい武器振り回せるのか、とか?
「安心しろ、力には自信があってな。」
「わぁぁぁ!武器に手を掛けないで!殺さないでください!」
青年は涙目になりながら、後ろで待機していた男の後ろに隠れた。
いや……そんなに怖がんなくても……。
「すまぬ騎士殿。こいつは騎士に嫌な思い出がありましてな……それもサーコートをした上級騎士に。」
後ろに居た中年の男が言った。
それでトラウマがあるのか。
一目見ただけでこうなるとかどんだけだよ……。
「どんな思い出だ?」
「ええ、こいつは冒険者になる前、盗みや飽食などで暮らす孤児でしてな。その日も町娘から銀のペンダントをスッたのです。」
「それで?」
「その夜、ペンダントをいつもの盗品蔵に持っていこうとしたのですが、後ろから何者かの気配がして身の危険を感じ、遠回りして行くことにしたのです。」
なんか怖くなってきたな……。
この男の話すトーンが淡々としていることも相まって、余計に不安を煽ってくる。
「土地勘のある路地裏に逃げ込み、半刻ほど走り続けても追従する気配、それでも夢中で走り続けていると、不運にも、路地裏にたむろするならず者達にぶつかってしまいました!」
「ああっ!」
だ、大丈夫なのか!?
謎の気配とならず者とのサンドウィッチじゃねぇか!
「刃物を取りだし、にやけるならず者!しかしこちらは疲労と恐怖で動けない!彼はぎゅっと目を瞑りました!」
「子供相手になんたる非道か!俺がぶっとばしてやる!」
「その時!目を瞑った彼は確かに聞いたのです!一瞬、刃物が壁とぶつかる鈍い音を!鋭い一閃が肉を裂く音を!そして時が経ち、少年が見たものはーー」
「見たものはーー!?」
「ーーならず者の首を掴み、幾度も、幾度も、石造りの壁に叩きつけている、鎧を血で深紅に染めた騎士の姿でした。兜の奥で爛々と光るその瞳は修羅の様な、それでいて無機質で機械の様だったと言います。」
怖ぇぇぇ……。
王都にそんな物騒な騎士が居るのか……。
バナス大森林にも騎士(俺)が居るけど、そこまでじゃないぞ。
「彼は当然逃げようとしました。しかし、前方に見えない壁があるが如く、全く進めません。その間に、騎士は彼に向かってきます。」
……ん?見えない壁?なんか既視感が……。
「少年は次は自分の番だと思いました。しかし、少年の前に立った騎士の放った言葉は意外な物でした。……そのペンダントは町娘の父親の形見だから、返して欲しいと言ったのです。」
「お、おう。」
「話を聞いてみると、騎士は村娘に頼み込まれ少年を追跡していたのだと言います。その騎士の名をハルメアスと……」
「やっぱお前かぁぁぁ!」
やはりそうか!見えない壁の辺りで薄々感付いたわ!
え、何?アイツそんな探偵みたいな事もしてるの?
何なんだアイツ!しかも騎士の癖に城の地下で動物園してたし!
「ど、どうされましたかな?急に大声を出して……。」
「ああいや……持病の発作がな。」
「そ、そうですか……ともかく、騎士様の準備が整った様ですし出発するといたしますか。」
「でもそいつ小刻みに震えながら顔の至る所からありとあらゆる液体を凄まじい勢いで噴出してるぞ。」
「……ああいや、もう大丈夫。」
青年は顔色を悪くしながらも立ち上がった。
だ、大丈夫なのか……?
「……よし、それじゃあ出発しよう!」
顔をパンパン叩きながら青年は言った。
よし、ようやく出発だ!
俺達は村の出口へ歩き出した。