76.【ブックマーク200記念】新人メイドのご奉仕生活!(sideアニエス)
5話に登場したメイドさん視点です。
こんにちは皆さん!
覚えていますか?私です!アニエスです!
今日は私のメイド生活の一端を皆さんへお見せしたいと思います!
「アニエス、何してるの?」
おや、先輩が来ました。
この人は私より5年先輩で、マリアスさんと言います。
今年で確かにじゅ……
「何か言った……?」
「すいませんでした許してください。あと出来れば平然と人の心を読まないで下さい。」
……こういう人だ。
ちなみにまだ結婚はしてませんし、恋仲の殿方もいません。
一言で言えば行き遅……
「あのね、アニエス。人生の価値って言うのは自分で決めるの。他人との関係性や周囲からの評価じゃないの。だからいつも夜にお菓子を食べながら空想の恋物語に逃げている私を不幸と断じるのは良くないのよ、いやほんとに。間違った物語は容易く人を殺すのよ……」
「マリアスさん……」
かつてないほど雄弁になった先輩の背後に一瞬哲学者の姿を幻視しかけたしその説得力には驚いたけど、それはあくまでこの人の闇を抽出した物だし、それに納得しかけた自分ももしかしたらそちら側に片足を突っ込んでいるのではないかと不安になりました。
◆
「ふ~ん、ふん、ふん♪」
今日は7日に一度の休日です!
私は城下町に来ています。
何をしましょうか……。
まず雑貨屋さんに行って、そしてお菓子のお土産を買って……やりたいこと尽くしですね!
ってあれ、あそこに居るのは先輩じゃないですか?
「マリアスさーん!どこに行くんですか?」
「……」
あれ、聴こえてないのかな?
今度は、先輩の目の前に立ちはだかりました。
「先輩?どこ行くんです……か」
愚かな事にその時初めて、私は気付いたのです。
マリアスさんのかばんからは、恐らく全財産であろう銀貨の山が見え隠れしている事。
そして向かっている方向が商店街ではなく、綺麗な男の人がいる店や賭博師がひしめく、夜の街であることを。
「先輩!早まらないでください!」
「離して!今の私に必要なのはお金じゃなくて愛なの!例えそれが偽者だったとしても、心は束の間安らぐの!」
「せんぱぁぁい!」
心優しく、見た目も良い先輩をここまで追い詰めるこの国に恐怖を覚えたし、上手くは言えないけどこのまま行かせたら先輩はきっと2度とお城に姿を現すことは無いだろうという確信に似た予感がありました。
次の日ーー
「あら、おはようアニエス!」
私が廊下の掃除をしていると先輩が話しかけて来ました。
珍しく陰りの無い笑顔で、とても楽しそうな顔をしています。
昨日はあんなことがあったのに……逆に恐いですね。
「お、おはようございます……昨日は大丈夫だったんですか?」
「ええ、止めてくれてありがとうねアニエス!あんなところでお金を使ってたらきっと後悔してたわ!それに私夢ができたのよ!」
え……えぇぇぇ!あの先輩が!?
メイド長主催のお食事会を10回連続『所用の腹痛』で休んだ程に内向的な先輩が!?
「そのためには金貨を100枚数集める必要があるのよ!そのために頑張って働かないとね!」
ひゃ……百枚!?
もしかして、何か自分でお店でも持ちたいのだろうか。
でも良かった……道を踏み外させる前にこちら側に引き戻せて……。
「先輩……応援してますよ!けど一体何に使うんですか?」
「金貨が100枚あれば、人を一人『生涯雇用』という名目で一生束縛できるのよ!あぁぁ……!私の王子さま!待ってて下さいね!もうすぐ迎えに行きます!あははは!」
ーーこちら側に引き戻した衝撃で既に壊れかけだったのが完全に木っ端微塵になったのがわかったし、20歳を過ぎて尚おとぎ話に生きる先輩を見てその瞬間のみ自分の中から
『憐れみ』以外の感情が消え去ると言う初めての経験をしました。
◆
「今日から皆さんと共にメイド業務に当たらせて頂くエンブリオ・サーリスと申します。よろしくお願い致します先輩方。」
ーー新人が来ました。
「よ、よろしくお願いします。アニエスです」
遂に私も先輩になるんですね……。
それだけで胸に熱いものが込み上げるのを感じました。
よーし……厳しくビシバシこの子を立派なメイドに叩き上げますよ!
「それじゃあ……アニエス、今日は初日だから寮の案内や注意点とかを教えてあげて?」
「はい!じゃあサーリス!行きましょうか!」
「分かりました。」
私はサーリスに着いてくる様に促し、寮の方向へと歩いていきます。
ふふふ……いつも私は着いていく側でしたから何か新鮮ですね!
「だから豚肉は嫌いだと言っただろう!早く鶏肉に取り換えろ!我輩は腹が減っているのだ!」
「す、すいません!すいませぇん!」
少し歩いていると、男爵様であるトゥダノ・デブータ様がメイドに激昂していました。
ああ……デブータ様は悪い人ではないのですが、少しだけ怒りっぽいですからね……。
まあ何だかんだお優しい方ですからクビにはならないでしょう。
「サーリス、デブータ様は豚肉がお嫌いですから絶対に出さない様にしてくださいね?」
「驚いた……いくら醜い畜生と言えども共食いを忌避する程度には脳が生きているのですね、生命の神秘です。そう思いませんか?先輩。」
「あ、あはは……」
軽蔑した目でデブータ様を見据えながら問い掛けてきた後輩に対して弱々しい愛想笑いしかできない自分が情けないし、このとんでもない大型新人を自分が制しきれる図が全く想像できません。
◆
「アニエスとサーリスって、好きな人とか居るの?」
「……はい?」
お昼休みに3人でご飯を食べていると、先輩が急にそんな話題を出してきました。
好きな人と言われても……住所と仕事がお城である以上限定されてきますし、原則としてメイドの色恋沙汰は禁止されています。
「そうやって言うってことは先輩は居るんですか?」
「ふふ……性格の悪い貴族様と暑苦しい兵士さんしかいないここで一人しか居ないでしょう?ハルメアスさんよ!」
ああ、確かにカッコいいですよね、ハルメアスさん。
イケメンですし大人っぽいですし、メイドの中でも憧れている人はかなり多いと思います。
行き遅れな上に男性とマトモに話したことが無い先輩では厳し……いえ、これ以上はきっと心を読まれてしまいますね、私はかしこいので辞めておきましょうか。
「なんか品が有るわよね!きっとその正体は亡国の王子様とかで祖国を滅ぼした宿命の敵を探して世界を放浪したりしてるのよ!間違いないわ……」
「はいはいそうですね私もそう思います」
先輩が何やらブツブツ言いながら自分の世界に入り込んでしまいました。
先輩には重度の妄想癖がありますからね、しょうがないですね。
「サーリスはどうなんですか?」
私は話に入らずに黙々とデザートの果物を食べていたサーリスに話を振りました。
するとサーリスは少し考え込む仕草をした後ーー
「……不自由しかないこの世の中で、常に自分にとって最適な不自由を選択し続けられる人、ですかね。」
と、遠くを見据えながら溢したので異性のタイプ以前に彼女の過去が猛烈に気になり始めました。
◆
「サーリス!デブータ様にこの『リトルコカトリスのソテー、秋風をそえて~』を運んできてください!けして粗相の無い様に!」
「分かりました。」
遂に実戦です……!
気難しいデブータ様に問題なくご奉仕できれば、彼女はメイドとして一人前と言って問題ないでしょう。
私は顔色ひとつ変えず歩くサーリスを壁の陰から見守りながらとても緊張していました。
コンコン、
「お食事をお持ちしました、デブータ様」
よし!部屋に入る手順は教えた通りです!
私は最初デブータ様が引く位テンパったのに、流石大型新人、肝の据わり方がちが……
「うむ、ごくろーー」
「どうぞ、トリです、それではまた」
ガチャァァァン!
「おや、先輩いらっしゃったんですね。」
「あ……あ……!?」
サーリスはスッキリした顔をしながら、私にお辞儀をして去ろうとしました。
いやいやいや!行かせませんよ!?
「あれじゃ駄目です!」
「何故ですか?ちゃんとドアは閉めましたし、食材も告げました。」
「食材名じゃなくて料理について説明してください!あと扉はガチャ閉めしないように!ほらもう一度行ってきてください!」
「……分かりました。」
サーリスはもう一度部屋に入っていきました。
ふ、不安です!私はそっと、ドアの隙間を覗きました。
「これは、死んで間もない新鮮な小鳥のバラバラ死体を念入りに火炙りにしたあと皮を剥ぎ骨を抜き取り、デブータ様が可愛がっていた城の庭で飼育している子豚を串刺しにして殺し、その油を使用して作ったソースをたっぷりと染み込ませた、強欲な人間たちに食われる為だけに生まれたくも無いのに生まれさせられた動物の末路です。」
「やめっ……やめてくれぇ……!我輩が貴様に何をしたと言うのだ!?よくも我輩の可愛いエリザベスを……!」
「とても美味しそうでしょう?私が食べさせて差し上げますね。はい、あーん。」
「嫌だぁぁぁ!」
「喜んで下さい、美少女メイドの『あーん』ですよ、多分あなたこういうの好きでしょう、知りませんけど。」
ドアの先にあったのは15歳の、成人を迎えて間もない少女に、3倍近くの面積を誇る巨漢が屈服させられ涙を流しながら真っ黒なソースを口に流し込まれているという『闇』を凝縮した様な光景でした。
こんなにも可哀想で不幸せな『あーん』を私は今まで見たことがありませんし、きっと今後も無いでしょう。




