74.防壁騎士の衛兵生活6(sideハルメアス)
「え……え……!?」
グリスは酸素が足りない魚の様に口を開閉させながら私を見ている。
「大丈夫……ではないな。回復魔法を掛けるぞ。『ヒール』」
私は『ディメンション』の空間から杖を取りだしそう唱える。
緑色のやさしい光がグリスを包み、傷を塞ぎ血色を良くした。
よし、応急処置はこれで良いだろう。
「……隊長って、何者なんですか?」
グリスは治った自分の傷跡を見ながらそう言った。
忘れたのか?仕方がない、教えてやろう。
「バリスヒルド出身、ルビエド騎士ハルメアスだ。」
「いや、それは知ってますけど……」
「ちなみに28才独身だ。」
「え、結構いってるんですね……いや!そうじゃなくて!どうしてあんなに強いのかって事です!なんか変な壁出してたし!」
魔導防壁の事か。
確かにアレは魔法ではないし、かといって厳密に言えばスキルでもない。
初見であれば驚くのも仕方がないかもしれないな。
「私の二つ名の由来でもあるらしい『よく分からない壁を出す騎士』で『壁騎士』だ。それをつけた冒険者自体が私を疎ましく思っている以上、あまり良い意味では使われないがな。」
「……冒険者が隊長の顔見たら凄い勢いで逃げるのはそれが原因だったんですね」
この国に来たばかりの頃は横暴な冒険者を片っ端から検挙していたからな。
その甲斐もあってか城下町の冒険者による犯罪発生率はかなり低くなった。
ギルドが回らなくなったと受付嬢に泣き付かれて流石に止めたが。
「まあそれは良いとして、この大量の花弁の処理をどうするか考えなければな。」
私は強欲の花弁が詰まった麻袋に近づき数を確認する。
……軽く50袋はあるな。
ばらまかれる前に発見できて本当に良かった。
「なんかヤバイ臭いするとは思ってましたけど……なんなんですか?それ。」
「一世代前の覇権兵器だ。まあ……端的に言えば、強力な麻薬みたいな物だな。それも小国ならば10輪で機能不全に陥らせられる程に。」
「……え?」
グリスが顔を青くして、自分の口を塞いだ。
確か昔に見た資料では水に濡れなければ殆ど気化はしないから匂いを嗅ぐ分には近寄らなければそこまで危険ではない。
極度の頭痛と吐き気、意識の混濁は襲ってくるが、後には残らない程度だ。
「おいアンタ!なんでこんな場所に居んだ!?というかどうやって入った!忌々しい護衛が張ってやがったハズだろう!?」
階段を登る複数の足音が聞こえた後、貧民街の入り口で出会った老人……確か少年の話ではバンガルと言ったか、が複数の男たちを連れて焦った様子で現れた。
「何故私がここに来たと分かった?」
「道のど真ん中で屈強な騎士が扉を蹴り飛ばした上に建物の中で戦闘になったとなれば嫌でも俺に情報が回ってくる。」
……言われてみればそうか、しかしここで彼と遭遇できたのはこちらにとっても好都合だ。
貧民街の他の建物にも強欲の花弁が隠されているかもしれないとなれば、隅々まで調査するには彼の協力は不可欠だろう。
私は近場の麻袋から花弁を1枚摘まみ、バンガルに見せた。
「これが何だか分かるか?」
「そりゃあ……!?なんでこんな所にある!?」
強欲の花弁を見た瞬間バンガルの目の色が変わった。
やはり知っているか、グリスの様に若い世代は知らなくて当然だが、かつての戦場を生きた人間であればこれはあまりにも悪名高い。
「この建物にある麻袋、全てに強欲の花弁がギッシリと詰まっている。当然、あるのがここだけとは限らない。……私の言いたいことは分かるな?」
「……ああ、これを見ただけで気が遠くなる。貧民街に放ってる俺の部下には全員しらみ潰しに探す様に言っておくし、そっちの兵隊にも自由に入って貰って構わねぇ。とにかく早くこいつらを全部焼き払ってくれ……!」
昔を思い出し気分を悪くしたのかバンガルが顔面蒼白になりながら階段を降りていった。
……よし、私は騎士団に報告して少しでも早く問題を解決しなければ。
「グリス、肩を貸す必要はあるか?」
「だ、大丈夫です。」
先程気絶させた老人を背負い、グリスと共に階段を降りる。
「あの……上手く状況が掴めないんですけど、多分ヤバイですよね?」
「ああ、お前の好きな『騎士らしい仕事』ができるかもな。」
「ちょ……根に持ってたんですか?あの時はほんとにすいませんでしたって!」
軋む階段を降りきり外へと出た。
体感時間は短かかったがかなり長い間建物の中にいた様で、空にはまばらに星々が輝いている。
「……凄いドタバタしてるっぽいけど、なんかあったの?」
待っていてくれたのか出入り口の脇で少年が話しかけてきた。
「そうだ、かなりマズイ事態だな。しかし焼き肉は行くぞ。もう少し待ってくれ。」
「ん、分かった。」
少年は頷き、路地の裏へと消えていった。
……最悪、焼肉屋ごとこの国が消えかねないからな。
約束の為にも一仕事しなければ。
「誰ですか?あの子?」
城に向かって走りながらグリスが聞いてきた。
誰と言われてもな……まだ、名前を聞いていない。