73.防壁騎士の衛兵生活5(sideハルメアス)
ギシ、ギシ、
所々腐り落ち、不快な音と臭いを出している階段を登り2階へと向かう。
その臭いとは別に階段を昇る度に強くなる、心地いい様な、しかしどこかで危うさを感じる香りに胸騒ぎを覚えた。
空気が目に染みる、長居はしたくないな……、頭がぼんやりする。
階段を上りきるとそこにあったのは、大量に積まれた麻袋だった。
「なんだこれは……。」
袋に近づき、剣で裂いた。
「っ!?」
裂いた瞬間、中身から凄まじい悪臭が吹き出す。
そして隙間から見えたのは、水の代わりに血で育てたと言われても信じてしまう様な深紅の花弁。
こ、れが……何故こんなところに……!?
ーー強欲の花弁
その異常なまでの依存性と、使用者の肉体を崩壊に向かわせると同時に理性を磨耗され亡者とする特性から、人でもなく、砦でもなく、国を堕とす兵器と呼ばれた傾国級指定。
しかしそのあまりにも非人道的な効果から、栽培された畑も現存した物も、全て焼き払われたハズだ。
「まさか……!」
別の袋を裂いたが、その中にも強欲の花弁がギッシリと詰まっている。
3つ目にも、4つ目にも……。
まさか、この全部に?
何がどうなっているのだ。
とにかく報告を。
強欲の花弁があるのはこの倉庫だけとは限らない。
少なくとも貧民街一帯は全て調べなければ!
比喩でもなくこの国が滅ぶぞ……!
「良いのか?誇り高き騎士様がコソコソと」
「誰だ!」
後ろに振り向くとそこには黒い髭を蓄えた老人が一人の青年を横に従え立っていた。
「侵入したのはそっちだってのにその態度。自分達が正しいと盲目に信じるその姿勢。これだから騎士は大嫌いなんだ、ぶっ殺したくなる。」
老人は爪を噛みながらぶつぶつと喋っている。
……こんな老人がこの量の強欲の花弁をどうやって集めたんだ?
身なりからして、大した権力者には見えない。
「この花弁がどんな物かは知っているな?貴様が集めたのか?」
「騎士との戦闘経験がある奴らを集めたのにこんな簡単に通してんじゃねぇよ……!なんで上手くいかねぇんだ、これも全部ルビエドのせいだ……、今に見てろぶっつぶしてやるよ……」
老人のイラついた声と共に、指先を噛む音が大きくなっていく。
私の声は聞こえていない様だ。
話し合いは無理、と。
ならば……まずは捕縛させてもらおうか……!
私は剣を抜き、老人に斬りかかる。
「ひっ!」
しかし寸での所で青年に割り込まれた。火花を散らし、鉄と鉄がせめぎ合う。
腕利きの護衛とはこいつの事か?面倒な……。
「ふっ……ざっけんな!危ねぇだろ!あああ……殺してぇ、マジで殺してぇ。おいお前、早くぶっ潰せよ!その間俺は違う奴で遊んでっから!」
「はい、」
老人はそう言いながら奥へと入っていった。
……違う奴?
「ぁぁぁあああ!」
その後少しして、耳をつんざく様な若い男の絶叫が室内に鳴り響く。
なんだ!?
青年をなんとか突飛ばし、奥の方に意識を向ける。
「ぁぁぁ!っやめっ、止めてくれ!こんなことが許されると思ってんのか!?」
……ただ事ではないな、一般人が囚われているのかも知れない。
声からして、かなり危険な状況だ。
すぐに助けに行きたいーーが、
「ぐっ……」
青年が斬りかかってくる。
心なしか先程よりも速く、重い。
対してこちらはこの香りのせいで頭が上手く働かない。
マズイ……な。
「貴様に……構ってる時間は無いのだ!」
防壁を展開しようとしたが、密着しながら攻撃をしてくるせいで使いにくい。
しかも青年の得物は、片側に幾つもの段差が付いた短剣。
段差がこっちの剣を巻き込んでくるから無理矢理接近戦に持ち込まれている。
このままでは平行線だ、勝負に出るしかない。
私は剣を無理矢理回転させた後、青年を蹴り飛ばした。
壁に叩きつけられた青年に注意を払いながら奥へと走る。
ドアを開けると、私はその光景に絶句した。
様々な拷問器具らしきものが有り、老人は私が来たことにも気づかずに、ニタニタしながら目の前の誰かを痛め付けている。
非道な……速く助けーー
「ぁ、ぁ……隊、長?」
ーーそこにいたのは、椅子に縛り付けられたグリスだった。
指の何本かは変な方向に折れ曲がり、体の様々な場所に裂傷がある。
「グリス……?グリス!?大丈夫か!?」
……確か老人は、騎士をかなり恨んでいる様な口ぶりだった。
私と別れた後、直ぐに捕まったのかもしれない。
「隊長、後ろ!」
「何?」
後ろから、青年がこちらに迫ってきていた。
急いで防壁を展開し防御する。
しかし先程の戦闘で防壁の展開可能な場所の広さはそう広くないと学習したのか、防壁を避けてこちらに向かってくる。
「隊長、逃げてください!そいつは俺達みたいな非戦闘組が対抗できる相手じゃないんですよ……多分C級の、いや、きっとあの『双大剣』にも匹敵する怪物なんです!」
確かに、凄まじいな。しなやかで速く、そして重たい。
技術の精度も悪くない。
「ははは!勝てる分けねぇだろ!そいつは帝国の最強部隊から派遣された元B級冒険者だぞ!」
単純な戦闘能力なら、私に匹敵するのかもしれない。
しかも、この香りのせいで調子は最悪だ。
だが……私には負けられない、いや、『負けない』理由がある。
「貴様、騎士道という物を知っているか?」
「あ?なんだそれ、そんな糞みてぇなもん魔物にでも食わしちまえ。」
「分からないか。流石に貴様も知らぬ物によって捕まるのは憐れだから、簡単に教えてやろう。」
思いきり息を吸い、そして発露する。
自分の根底にある、今の私という存在を形作る原材料を。
「それはな……貴様の様な根っからの悪人をぶっ飛ばすための道だ!」
『バリスヒルド式防御剣術』
頭に燻る甘い霧を信念で吹き飛ばし、青年が守る老人に走る。
青年の猛攻を剣で弾き、受け流し、老人に接近する。
この剣術は狭い場所や、戦場での乱戦によって真価を発揮する。
熟達されたそれは全方位からの攻撃を防ぎ、相手にとってさながら巨大な鉄球が自分に迫り来るのに等しい。
本来は利き手に長剣、もう片手に射程の短い刺突武器を持つのだが、私はあえて自分の騎士としての原点である『ルビエド騎士の直剣』を使う。
「っ!」
青年が焦った様子で止めようとしてくるが、もう遅い。
老人の頭を仕返しの意を込めて強めに殴り、気絶させた。
さて……うるさいのは始末したから、後は面倒な方だな。
私は老人の首に剣の刃を当てながら青年に問いかける。
「コイツが死ぬのはそちらにとって良くないのだろう?そのまま動くな。」
「……散々騎士道がなんだと言っておいて、人質なんて使うのか?」
「だから言ったはずだ。胸糞悪いヤツをぶっ飛ばすための道だ、と。生憎、崇高な思想と実益を両立出来るほど、私は立派な騎士ではなくてな。」
「……ちっ」
青年は、褐色の丸い何かを懐から取りだしそれを地面に投げつけた。
来るか……?
完全に人質を放棄するつもりで来られれば、グリスを庇ったりすることも考えると厳しい戦いになるかもしれない。
ボシュゥゥゥ!
そこから白い煙が凄まじい勢いで吹き出し、青年の姿を隠した。
しまった……!
「『ウィンド』!」
すぐ様風魔法で煙を払ったが、そこにはすでに青年の姿はなかった。
……逃げられた。
この老人はそこまで重要ではなかったのか?
……まあ良い。
それは尋問組にまかせるとして、まずはグリスを助けなければ。