72.防壁騎士の衛兵生活4(sideハルメアス)
さて、どこから探すか。
調査に使える時間は一時間だ、効率よく使わなければならない。
シラミ潰しには出来ないから聞き込みが良いか。
「すまない、ちょっと良いか?」
私は建物の前で警戒する様に睨んでいた少年に話しかけた。
「……アンタ、何?」
「騎士のハルメアスだ。聞きたい事が有ってな。」
少年はやっぱりか、とでも言う風に眉を潜めた。
……やはり、あまり協力的ではないな。
仕方がない、貧民街の人間にとって騎士とは生産的な役目なく自分達より良い生活をしている憎悪の対象の様な物だからだ。
無視されないだけ、この少年は温和だろう。
「その対価と言っては何だが……受け取ってくれないだろうか。」
私は無属性魔法の『ディメンション』によって作られた空間に収納していたパンを取り出し少年に差し出した。
「これだけ?」
少年は目にも止まらぬ速度で私の手からパンを奪い、そう言った。
「何?」
「もっと持ってるんだろ?よこせよ。全部。」
……そう来たか。
致し方ない、情報と引き換えと考えれば安いものだろう。
それに、食料は食うに困っていない私達より、こういう人々に行き渡るべきだ。
貧民街に来る前住人との交渉材料として買い込んでいたのを渡すか。
「これで良いか?」
「ん、」
パンを10個程渡すと、少年は満足気な顔をして着ていた服のポケットにしまい込んだ。
……どうやってあの大きさのポケットにパンを10個も詰め込んだのだろうか。
不思議で仕方ないが、今はそれを気にしてはいられない。
「で、何が聞きたいの?」
一気に態度が軟化したな……。
「最近怪しい奴を見なかったか?」
「貧民街には怪しい奴しかいないけど。」
「そ、そうか……じゃあ特に怪しい奴を教えてくれ。」
「分かった。着いてきて。」
そう言うと、乱立した建物を縫う様に少年は走り出した。
そうして5分ほど走ると、あまり目立つでもない普通の2階建て倉庫の前で立ち止まった。
「ここ。」
「ここが……?」
特に怪しくも何ともない倉庫の見た目に、私は困惑した。
同じ様な見た目の倉庫は、貧民街だけでも100はありそうだ。
「ここにさ、最近よく余所者が荷物を持って出入りしてるんだ。バンガルが追い出そうとしてるんだけど護衛が腕利きらしくて手こずってるらしいよ。」
「バンガル?」
「入口らへんで胡散臭そうなジジイに会わなかった?そいつだよ。……はぐっ。」
少年がパンをかじりながら言った。
あの老人か。
多くの戦士を引き連れていたが、この一帯では有名なのだろうか。
「仲間なのか?」
「そんなわけ無いだろ。ここで仲間なんて作っても騙されて奪われるだけだから。」
「……苦労してるんだな。」
……本来、成人もしていない少年が言って良い言葉ではないな。
「普通でしょ。じゃあ俺は帰るから。」
「待ってくれ、」
「何?」
「建物内の確認が終わったら一緒に焼き肉でも行かないか?」
グリスと一緒に、少年の話も聞きたくなった。
この国の未来の担い手がそんな考えをしているのは良くない。
それに……私がバリスヒルドに居た頃、誓ったのだ。
もう手を伸ばし損ねはしない、と。
「……なんで?」
「簡単な事だ。飯は一人よりも二人、二人よりも三人で食べた方が美味いし楽しい、そう言う物だろう?」
「飯が、楽しい?」
「そうだ。私が本当の飯を教えてやる。」
「……分かった。」
少年は、私の事を真っ直ぐな目で見ながらそう言った。
よし、そうと決まれば……まずはこの建物の中を調べなければ。
私はドアの取っ手を引いた。
しかし、内側から鍵が掛かってる様で開かない。
その時内側から野太い声が聞こえた。
「……悪逆なるルビエド王国に?」
……合い言葉みたいな物なのだろうか。
だとしたら、そんなの答えは決まっている。
「栄光あれ。」
私は、扉を思いきり蹴り飛ばした。
吹き飛ぶ木片の向こう側に、何人かの戦士らしき風貌の男達が見える。
「……なんだ?」「騎士がカチ込みに来やがった。」
「さっきの奴の仲間か?」「数は?」「一人。」「馬鹿じゃねえの?サクッとばらしちまうか。」
そんなやり取りをした後、5人の男が向かってきた。
一人は杖を持っていて、もう四人は刃物や鈍器を持っている。
「貧民街に燻ってる冒険者崩れみたいな奴等なら、自分一人で十分ってかぁ?」
「違うのか?生憎、貴様らでは『燻る』ではなく既に燃え尽きている様に見えるが。」
「ははは!てめぇおもしれぇな!はっはっは!ーーぶち殺すぞ。」
先頭に立っていた男が、刺突武器を突き刺そうとしてくる。
……煽りこそしたが、この男は中々のやり手だな。
騎士の狩り方を知っている。
鎧に対しては、クロスボウやスティレット等の刺突武器が効果的だ。
うまくやれば鉄板を貫くこともできるし、繋ぎ目の隙間を狙うことも可能。
ーー最も、それが『普通の騎士』であれば、の話だが。
「なっ!?」
鈍い音を立て、展開された魔導防壁がスティレットを弾いた。
防壁が物理的な手段で破られる事はほとんど無い。
局所的に展開するのは簡単な分、何かを閉じ込めたりする際の防壁には強度は遥かに劣る。
実際、城の地下でブレイヴイーターの攻撃に揺らいだ。
しかしこいつら程度ならば十分すぎる。
「おいおいおい……盾を持ってねぇと思ったら……『壁騎士』かよ。流石に割りに合わねぇぞ。」
「大人しく投降したらどうだ?今なら独房に3日で済むぞ。」
「……いんや、こっちにもメンツってもんがあるんでね。信用なくして護衛の仕事が来なくなればおまんまは食い上げだ。」
「そうか。」
私はそう言った後、剣を構え直した。
この男程の腕があれば、冒険者として生計を建てることも可能だろう。
なのにそれをしないのは、以前に何か問題でも起こしギルドを追放処分されたのか。
それかむしろこの仕事が性に合ってるのか。
どちらにしろ同情の余地はない。
投げナイフやら魔法やらの飛び道具を防壁で弾き、近づいていく。
「……噂通りの反則っぷりだな。騎士ハルメアス。」
「誉め言葉として受け取っておこう。……少し眠って貰うぞ」
「がっ……」
5人を気絶させ魔導防壁で捕縛した。
……さて、それでは2階の捜索もしなければな。
むしろ護衛の酒場の様になっていた一階よりも、そっちが重要だろう。
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【称号に『化物騎士』が追加されました。】
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……何やら、不名誉な称号を頂いてしまった様だ。
大変不本意だな。
もし他にもこの称号を付与された者がいたとしたら、必ずやそう思う事だろう。