71.龍腕
「グルルァ……」
フィンブルは、俺を見据えている。
その薄氷を思わせる鋭い眼光に、自分の体に流れる血が全部冷水になった様な悪寒を感じた。
今俺は初めてブラウ無しで、無傷のC+ランク以上と初めて対峙している。
これやっばいな。多分、今までで一番危険な戦いになると思う。
と言うか死ぬかもしれない。
「ゴルァァァ!」
業を煮やしたのかフィンブルが飛びかかってきた。
知能が高いのか狼としての本能なのか、首を狙ってきている。
なんとか反応し迎撃する。黒い爪と俺の剣がかち合った。
「ぬ……お、あ……!?」
一瞬の拮抗の末、軽々しい音を立てて剣が砕け散った。その反動で俺は吹き飛ばされる。
え……鉄ってこんなに簡単に砕けんのか!?
そう思いながら手元に残った折れた剣を見ると、折れた場所が白く、ガラスの様になっている。
まさか……凍ったのか?
鉄が?あの一瞬で?
「ゴァァァ……」
フィンブルが白い息を吐きながらゆっくりと近づいてくる。
俺の他に人間と戦った経験があるのか、武器を壊せば人間は無力だと知っている様だ。
……賭けになるが、これはチャンスかもしれない。
知能が高い奴ほど、不意打ちには弱い物だ。
俺は背中にバイルバンカーを装填し、地面に伏せて怯えたフリをする。
ヤツは嬉しそうな顔で背に足を乗せてきた。
……よし今だ!
近づいて来たフィンブルに特大の槍を発射する。
瞬間、手応えを感じた。
グレーターベアよりは堅くない……なら!
ここぞとばかりに槍を全力で押し込む。
が、急に槍が進まなくなった。
「はっ?」
命中し、フィンブルの肉体を貫くはずだった槍は、僅かに血を滲ませるだけ毛皮に食い止められていた。
そして槍の先端を見て俺はその原因を知る。
ーー凍っているのだ。
槍とフィンブルの体が凍結され、結果的に槍が動かなくなっている。
「っあ!?」
フィンブルが体を大きく捩り、槍で繋がった俺は体勢を崩してしまう。
直ぐに槍を消したが、遅れてしまったせいでフィンブルの真上に放り出された。
「グルルァ!」
フィンブルは俺の更に上に飛び上がり、爪を叩き込んできた。
鎧を易々と突き破り、脇腹に冷たい物を感じる。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
【耐性スキルに『凍傷耐性』が追加されました。】
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ドガンという音と共に、目の前に現れた白い地面と衝突する
不思議と痛みは感じない。
急いで立ち上がり、傷を確認した。
「うわ、グッロ……」
……めちゃくちゃになってるな。
爪の形に抉れ、赤色をした肉か内蔵かよく分からないものが見えてしまっている。
速く再生……あれ?治らない。
傷口を触ってみると、硬くとても冷たい。
奴の説明文を思い出し、頭からサーっと血が引いていくのが分かった。
【傷は凍結され、治ることはない。】
「あ……あ……!」
それだけ聞くと、血が流れないからむしろ有利な様に思えるかもしれない。
けど実際に自分がそうなってみると、その恐ろしさに初めて気づく。
傷口からじわじわと体が『死んでいく』のだ
正にその感覚だった。
生き物の体って血が巡らないとどんどん壊死していくんだっけ。
……これ、ヤバイなんてもモンじゃないな。
バジャ
「ぅ、あ……」
湿った音と共に右腕が吹き飛んだ。
ご丁寧に断面は凍結されていて、再生は不可能。
ーー俺はここで死ぬんだろうか。
右も左も分からない異世界に呼び出されて、化物になって、そして今やっと仲間が出来てこれからって時に、こんな奴に殺されるのか。
……駄目だ……。
俺はまだ何も成しちゃいない。
まだ終われない……!
終わりたくない!
「死にたく……ない……」
空へ手を伸ばす。
誰でも良いから、助けてくれ……!
ーーその時、空間が爆ぜた。
「ガァ!?」
耳覚えのある音が聞こえてフィンブルの背後を見ると、先程
見た不気味な腕が歪んだ空間から這い出ていた。
……畜生。
もっとヤバイのが来やがった。
腕がフィンブルに向かっていく。
「ガッ……ヴガァァァ!」
フィンブルは腕に攻撃をしているが、全く効果がない様に見える。
は、は……あんなの勝てねぇだろ。
「ガ……ァ」
巨大な爪がフィンブルの体を貫いた。
指先を動かし、内蔵を抉り出している。
フィンブルの体からおびただしい量の血が溢れ、眼下の白い花壇に赤い華を咲かせた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
【経験値を800取得しました。】
【『斎藤健一』のレベルが37から39へと上がりました。】
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
……死んだか。
次は『俺の番』だ。
血に濡れた腕は、俺へと向かってくる。
……出来れば最後にもう一度、ブラウの顔が見たかったな。
「だ……、……ぶ?」
爪が俺に触れた瞬間、何か暖かい物がそこから流れ込んできた。
傷口を覆っていた氷が砕け、腕が再生する。
……どうなってんだ?
腕は、また空間へと消えた。
わけの分からない状況に困惑しながらも恐る恐る再生した腕を見るとーー。
「……へ?」
所々鱗の様な物が生え、爪が鋭くなっていた。
まるであの不気味な腕の様に。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
【称号に、『祟龍の眷族』が追加されました。】
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
……祟龍?
確か……長老が言っていた村の柵を破壊した奴か?
さっきのがそうなのか?
……なんで俺を殺さずに、こんなわけの分からないモノを着けていったんだろう。
……まぁ良いか。
腕の件は後で考えるとして、速く家に帰ろう。
俺は奇跡的に無事だった料理が入った籠を持って、歩き出した。