60.防壁騎士の衛兵生活2(sideハルメアス)
「地味に美味いのが余計腹立つんすよね……」
グリスが先程の店で買ったパンをかじりながらボソボソ言っている。
この店のパンは安いし腹持ちするから肉体労働者に人気だ。
店主は今年でもう72歳になるが、いつも世話になっている。
「騎士様、悪いんだけどザナホックというお店まで案内してくれないかねぇ?」
二人してパンを貪っていると、背後から老婆が話しかけてきた。
どうやら、店の場所が分からないらしい。
ザナホックと言うと……最近出来た道具屋か?
確か北の方に合った筈だ。
「わかった、着いてきてくれ。」
「あらぁ、忙しいのにありがとうねぇ」
私は老婆に先だって店へと歩いていく。
「孫のお店なんだけど、心配になって来ちゃったのよ。」
「ほう、お孫さんが。」
老婆と世間話をしながら歩いているとグリスが複雑そうな顔をしていた。
なんだ、腹でも壊したか?
「どうした?」
「あ……いえ、俺って新人じゃないすか。なんか、騎士って想像と違うなーって思ってたんすよ。」
確かこいつは3月前に入った新人だったな。
そして正式に配属されたのが1月前だ。
それは良いのだが、想像と違うとは一体どういう事だろうか。
「どういう事だ?」
「別に嫌って訳じゃ無いんですけど、人助けや雑用ばかりで魔物とかとは全然戦わないんだなって。」
そういうことか。
確かに軍の指揮をしたり魔物を退治したりする騎士もいるが、そういうのは大体貴族から騎士になった者の仕事だ。
平民、いわば量産型の鎧を着ている私達の出る幕ではない。
「騎士の仕事は『戦う』だけではなく『人助け』もだからな。前者だけなら冒険者で事足りるが、後者の為に我々は居るのだ。」
「うーん……」
グリスは納得がいかない顔をしながら唸っている。
まぁその内分かるだろう。
それにグリスが調査に行ったのはスレイプ鉱山だ。
あそこは人が常駐しているし、魔物も居なくて消化不良だったんだろう。
「着いたぞ。」
「あれま、結構近くにあったのねぇ。」
ザナホックの道具屋に着いた。
老婆は店の外観を見ながら涙を浮かべていた。
立派に店を持っている息子に感動したのかもしれない。
「では、私達はこれで。」
「待ちなされ、お礼にお菓子でも出させてくださいな。」
私が去ろうとすると、老婆が止めてきた。
私はさっさとブレイブイーターを探さねばならないのに……
「いや、結構……」
「頂きましょうよ!ほら、他人の好意を無下にするのは失礼ですし!」
グリスはそう言いながら老婆と一緒に店に入って行った。
「……はぁ、」
仕方がないので店に入っていく。
適当にグリスの腹を満たさせて、出なければ。
「お、お袋!何で来たんだよ!場所も知らない筈だろ!?」
「そこの騎士様に案内して貰ったのよ。」
「そんなことで騎士様に迷惑掛けて……」
店に入ると、恰幅の良い中年と老婆が親しそうに話をしていた。
あれが息子だろうか。
「あ、騎士様!私の母が下らない事で迷惑を掛けてすいませんでした。」
「良いのだ、これも仕事だからな。」
「本当にありがとうございます……いやぁ、最近は騎士様に助けてもらってばかりだな」
前にも他の騎士に助けられたのか。
どんな者だろうか。
「そうなのか?」
「はい、前に盗賊に襲われた時にえらくボロボロな騎士に救われましてね。鬼の様な強さで盗賊をあっという間に一掃したんですよ!」
ザナホックが興奮した様子で言った。
仕事熱心な奴も居たもの……ん?
ボロボロで強い騎士……村の騎士か。
……あの男は村を救っただけではなく商人を助けたりしていたのか。
まるで騎士の鏡の様な男ではないか、そんな男を私は……。
なんとしても、ブレイブイーターを倒さなければ!
こんな所で油を売ってる場合ではない!
「行くぞグリス!」
「な、なんすか!?まだお菓子貰ってないっすよ!」
グリスを引っ張って家から出した。
どこに行けば居る!?
「行くぞ!」
私はグリスを引きずって走り出した。
「ぎゃぁぁぁ!」
◆
3時間後
「何故見つからない……?」
「はぁ、はぁ……げほっ!……なんで三時間走り通しで息一つ乱さないんだよこの人……。」
王都を探し回って怪しい人物などは全員懲らしめたが、それらしい人物は全くいなかった。
ここにはいないのか……?
……いや、探していない場所がまだ1つあるな。
「……私は行くぞ、グリス。」
「けほっ!つ、次は何処ですか?」
私は南に歩き出した。
「貧民街だ」
「貧民街って……マズイっすよ!」
只でさえ蒼白になっていたグリスの顔が更に青くなった。
「安心しろ、少し調査したら帰る。お前は先に戻っていてくれ。」
「……行きますよ。隊長に一人で行かせる訳にはいかないっすから。」
「……すまないな。」
私の都合でグリスを巻き込むのは申し訳ないが、正直人数が多い方が安全だ。
今は甘えさせて貰おう。
「その代わり、今度焼肉屋連れてって下さいね!」
「ああ、とびきり上手いのを食わせてやる。」
私はグリスと共に、貧民街に向かって歩き出した。
彼の騎士に、償いを果たすために。