6.勇者脱走
俺は今、城の廊下を全力で走っている。
手足が伸びたせいか以前よりずっと早く走れる気がする。
俺ってば前まで運動神経が死んでたからちょっとだけ嬉しい。
そして幸運な事に今のところ使用人らしき者には遭遇していない。
カシャ、カシャ、カシャ。
「っ!」
不味いな……
俺は曲がり角から現れた全身甲冑から急いで身を隠した。
しかしソイツは俺の居る方の曲がり角へカチャカチャ音を立てながら向かって来る。このままでは見つかってしまうだろう。
……ええい男は度胸だ!一か罰かに賭けるしか無い!
俺は『魔力変質』を使い、両手足を粘着質に変え壁に張り付き、自分の体を壁と同じ色に変化させた。
……さっきの失敗で不幸中の幸いと言うべきか、この能力の使い方は知り尽くしている。
騎士は俺の前を気付かずに通りすぎて行った。
俺は握り拳を硬質化させ、その騎士に忍び寄って背中に拳を叩き込む。
騎士は吹き飛び、動かなくなった。
背中の強度は正面の七倍だって烈海王が言ってたし恐らく死んではいない。俺はあの人を信じるぞ。
この騎士には悪いが鎧と剣は剥ぎ取らせて貰おう。鎧があれば姿を隠せる。
何せこちらは命が懸かっているのだ。
俺は罪悪感を感じながらもその騎士から鎧を脱がせた。
鎧は背中が大きく凹んでいながらも何とか使えそうだが、問題はサイズだ。
この騎士は大柄ではあったが精々が190、今の俺の身長には
遠く及ばない。
俺は仕方がないので全身を柔らかく変質させ、足を折り曲げたりしながら何とか鎧に収まり兜を被る。
まるでタコ壺に入るタコになった気分だな。
それに足を折り曲げたりしてるせいで、感覚はもはや動くと言うより操縦しているみたいになっている。
お陰で入り心地は最悪に近いが、これでなんとか城から脱出する事が出来るだろう。
俺がやっとの想いで城の外に出ると、この城の庭に出た。
やけに騒がしいがどうしたのだろう。
とにかく早くここから出たい。
そう考えていると、俺が今装着している物と全く同じ鎧を着けた騎士がこちらに走って来た。
やばいやばいやばい!バレたのか!?
いや、そんなはずは無い。
ここで逃げたら逆に不自然だ。
あくまで冷静に行こう。
クールダウン、俺。
「おいお前!遅いぞ……ってどうしたんだその怪我!大丈夫か!?」
怪我?あ、そうか。
今装着している鎧は俺のパンチによって背中が大きく凹んでいた筈だ。
取り敢えず苦しそうな演技でもしておこうか。
「ああ…恐らく内蔵が損傷している……歩くのがやっとだ……。」
「まさかお前も例の化け物にやられたのか!?」
例の化け物?この城にそんな奴が……ってもしかして俺の事か?
不味いぞ、まさかもう情報が回っていたとは……とにかく一刻も早く逃げなければならない。
「ああ…交戦したが逃がしてしまった。すまない…」
適当にそう言っておく。
「謝る事なんて無いって!一人で医務室まで行けるか?」
よし!この場から離れる理由が出来たぞ!
「何とかな……それに人手が必要なんだろ?……俺は止まんねぇからよ。お前が止まらないかぎりその先に俺はいるぞ!だからよ……止まるんじゃねえぞ……」
「お前って奴は……そうだよな!俺は立ち止まらないぞ!俺が必ずお前の仇を取ってやる!」
騎士はそう言って走り去っていった。ありがとう団長。
でも仇を取られたら困るんですけど。
一応友情を結んだ様だが今はそんな場合ではない。
俺は場の混乱に乗じて城門をよじ登り、ついに城から抜け出した。
城門を抜けた先には案の定、城下町があった。
さて、これからどうしようか……いやマジで。
◇◆◇
俺は今、町の出口の門の前にいる。
今頃城では血眼になって俺を探しているだろう。
だから直ぐにこの町を出るつもりだ。
鎧を着ていればバレないとは思うが、万が一と言う物がある。
この町を出たら、近くの森の奥にでも住み着いてスローライフを送ろう。
そう決意し、俺は槍を持って突っ立っている兵士に話しかけた。
「すいません、町から出たいのですが。」
「そうか。身分証を見せろ。」
俺は頭が真っ白になった。
こちとらさっき召喚されたばっかりなんだ!持ってる訳無いだろ!ふざけんな!(憤怒)
「さ、再発行とかは出来ないんですか?」
「出来るぞ」
「お願いします!」
よ、良かった。何とかなりそうな雰囲気だ。
兵士は羊皮紙と羽ペンを取り出すと、
「それでは幾つか質問をするぞ。良いな?」と言った。
「はい」
「名前は何だ?」
「斎藤健一です。」
俺は特に偽名を使う理由も無いので正直に答えた。
「サイトウ・ケンイチか。」
「はいそうです」
「ならばケンイチ、仕事は何をしている。」
仕事?というかいきなり名前呼びって馴れ馴れしい兵士だな。
いや違うか、ここは明らかに中世ヨーロッパぽいからここの場合ケンイチ・サイトウが正解か。
いや、名前の件はどうでも良いとして、仕事はなんて答えれば良いんだ?早く答えないと不信に思われてしまう。
中世に有りそうな仕事……ああクソ!思い付かない!
こんな事になるんだったらもっと世界史とか勉強しておくんだった!こうなったらそれっぽい物を適当に言ってみるか?
「い、石工です。」
「は?」
俺の馬鹿ぁぁぁ!一体世界のどこに傷だらけの鎧着た石工が居るんだよ!?今思い付いたけどせっかく鎧を着てるんだから騎士だって言えばよかったじゃん!?
走れメロスが頭によぎったせいだ!セリヌンティウスかよ!
「石工?なぜ石工が鎧を来て町の外に出るんだ?」
ほら見ろ!
滅茶苦茶不審に思われてるぞ!どうすんだこれ!?
……いや、一旦落ち着こう。深呼吸深呼吸、
ここで慌てて自爆するのは馬鹿のする事だ。
俺は馬鹿じゃない……筈だ。
まだ不審に思われてるだけ。
巻き返し様は幾らでもある。
俺はどっしり構えていればいいのだ。
「石工としての変わり映えしない日々に嫌気が差しましてね。傭兵にでも転職して一発当てようかと。」
「お前……大分人生舐めてるな。」
よし!少し不審に思ってそうだが取り敢えず納得したみたいだな。
もしかして俺って役者の才能あるかも?
質問にも結構答えたしもうそろそろ発行完了しても良いんじゃないか?俺がそう感じていると、今まで羊皮紙に記録を書いていた兵士が口を開いた。
「これで発行完了だ。最後に一応決まりだから兜を外して顔を見せてくれ。」
俺は今度こそ本当に頭が真っ白になった。
「な、何故ですか!?」
「凶悪な指名手配犯などを逃がす訳には行かないからな。
身分証の再発行の時は確認する決まりだ。別にお前を疑っている訳では無い。」
くっ!ここに来て最大の関門か……世の中どうなってるんだ!俺はもう此処までかもしれない。
取り敢えず悪あがきにハッタリをかましてみよう。
もしかしたら通用するかもしれない。
「実は私の顔は幼少の時に負った大火傷で焼け爛れてしまっているんです。この醜い顔は誰にも晒したくありません」
門番は表情を変えず、
「私も門番をやって長い。自分が送り出した冒険者が魔物に全身を食い散らかされた遺体になって帰ってきた事も何度もある、多少の火傷程度今さらどうも思わん。」
と言ってきた。
俺の経験上、こういう奴がこうなったら諦めるのが吉だ。
そう考えた俺は回れ右して近くの路地裏に向かって走った。
「おい!待て!」
後ろで門番が何か言っているが気にしない。
アディオス!門番!
できればもう会いたく無いぜ!