58.防壁騎士の衛兵生活1(sideハルメアス)
「……ああ……?」
まず、自分が横になっている事に気が付いた。
確か私はブレイブイーターと交戦して……。
そして思い出す、自分が爪を腹に受けて敗北したことを。
しかし、腹を触っても痛みがない。
それどころか、傷痕一つないのだ。
一流の回復魔法でもここまでは綺麗には治らないだろう。
「何がどうなっている……」
動揺して直ぐには気付かなかったが、自分の寝ている場所が地下の硬い床ではなく柔らかいベットだと言う事に気づく。
そして医務室に居ることも。
誰に運ばれたんだ?
それに、私が気絶すれば魔導防壁が崩れて今頃周囲の魔物に食い散らかされてる筈だ。
「ブレイブイーターと戦闘した形跡が一切無い……?」
……確か、メイドの証言にブレイブイーターが勇者を精神支配していたと言うのがあった。
それに……あの時ブレイブイーターはあの騎士の中から這い出てきていた。
その時私の頭の中でカチリ、と全てが繋がる。
森で騎士と交戦したとき見せてきた、上級魔族が封印された腕。
あそこに封印されていたのがブレイブイーターだ。
そして、村の中心で私の部下がクロスボウで頭を貫いた時点で、あの『村を救った騎士』は死んだのだろう。
そして解放されたブレイブイーターが、騎士の体に寄生し、死したその精神を乗っ取り仲間の魔族を回収しに来た。
「私は……あの騎士の覚悟を……苦悩を……!」
あの騎士について嬉しそうに語っていた少年の姿を想像し、
自分の余りの無能さに頬を涙が伝う。
あの騎士は師からあの腕を引き継いだと言っていた。
きっと、私には想像もできない苦しみが伴ったのだろう。
「何をやっているのだ……私は!」
自分への怒りに身を任せ、壁を殴る。
幾度も、幾度も。
「あっ、起きたんですねって、何してんですか隊長!?」
「グリス……!私は!私はぁぁぁ!」
「ちょっ……やめっ!アッー!」
グリスに泣き付きながら、これから自分がどうすればあの騎士への償いになるかを考える。
……そんなことは考えるまでもないな。
ブレイブイーターを殺すのだ。私の手で……!
「隊長の力で手首を掴まれると2秒で骨が死ぬんですよ!放して!」
「グリスゥゥゥ!」
「アッー!」
◆
私とグリスは、城下町に見回りに来ていた。
ブレイブイーターが寄生や精神支配が出来ると分かった以上、この王都に潜伏している可能性さえある。
「けど、大丈夫なんすか?」
グリスが近くの屋台で購入した若鶏の串焼きを頬張りながら、聞いてきた。
「何がだ?」
「怪我ですよ。傷は無かったらしいですけど、気絶してましたよね?」
確かにそうだ。
しかし、体は怪我どころかいつもより数段調子が良い気さえした。
今なら空だって飛べる気がする。
「大丈夫だ。」
「なーら良いんですけど。」
グリスは二本目の串焼きを食べ始めた。
……私も買っておくんだったな。
旨そうな匂いのせいで腹が減ってきた。
「さて、私も飯にするか。」
「あ。良いっすね!俺は焼き肉がいいです!」
「まだ食べるのか……?」
「はい!奢ってくれますよね?」
グリスがとても良い笑顔で言ってきた。
凄まじく図々しいな。
まぁいいだろう。今日は奢ってーー
ドスッ!バキッ!
路地裏から、肉が肉を打つ鈍い音が聞こえてきた。
冒険者同士の喧嘩か?
全く……大事になって後処理をするのは私達だと言うのに……
「仲裁しにいくぞ。」
「えー、放っておきましょうよ。どうせ酔っぱらいの喧嘩ですって。」
「そう言うわけにはいかない。」
グリスを引っ張りながら路地裏に入っていく。
そこにいたのはーー
「おらぁ!貧民街のモンが人間界に上がってくんじゃねえよ!」
「あー、マジ汚ぇ。てめぇ見てると全身が痒くなんだよなぁ?」
二人組の冒険者が腹の下に何かを守る様に踞るみすぼらしい格好をした少年を足蹴にしていた。
少年は顔を苦しげに歪めており、かなり危険な状況。
「おい!何をしている!」
私は路地裏に入り、冒険者二人を制止する。
「ぁあ!?高貴なる騎士様がこんな場所に何の御用ですかぁ!?」
図体がデカイ戦士風の男はイラつきながら剣を抜き放ったが、細い盗賊らしい男は、私を見た瞬間にバツの悪そうな顔をした。
「ちっ……おい、引くぞ。」
「ビビってんのか!?さっさとやっちまうぞ!」
「アイツ『壁騎士』だ。戦いになれば絶対に捕まる。」
「……クソが!」
冒険者は少年に唾を吐き捨て、足早に去っていった。
「大丈夫か?」
私は少年に手を差しのべる。
少年はもう冒険者が居ない事に気づくと、私をキッ、と睨み付けて去っていった。
大事そうに持っていたのは小さな果物だった。
……恐らく盗品だが、奪う気にはなれなかった。
「……やるせないですね。」
グリスがポツリ、と言った。
……この国は、貧富の差が大きい。
王や家臣の尽力により『貧』は少なくなってはいるが、その分、極貧者が集まる貧民街は本当に惨い。
この世の肥溜めと言っても良いのかもしれない。
しかし、私の故郷に比べればーー。
「……私達は、貧富の差を解消することはできない。だからその分悪い奴を捕まえて少しづつ住み良い国を作っていこう。」
「俺達が多少悪人を懲らしめた所で、そんなに変わりますかね?」
「ああ、少しだけ良くなるさ。」
私は適当な店に入った。
グリスも後から入ってきた。
「って、ここパン屋じゃないすか!しかもやっすい所!」
「お前はあの少年を見ておいて焼肉を旨く食えるのか?飛んだ薄情者だな!」
「ぐっ……ちくしょぉぉぉ!」
グリスは悔しげに、「それを言うのは卑怯だろ!」という風に私を見てきた。
「さぁ食え、ほら!お前の好きな豆パンだぞ!」
「隊長先週も俺にそれめっちゃ食わせましたよね!?それのせいで俺3日便秘になったんですよ!」
私は嫌がるグリスに無理矢理捩じ込んだ。
「アッー!」