55.『騎士狩り』
「……降伏するつもりが無いなら仕方がない。多少の怪我は覚悟してもらうぞ?」
ハルメアスが剣を抜き放ち、切りかかってくる。
どうする……どうやってこいつの無敵バリアの隙をつく……?
……駄目だ、どれだけ考えてもこの状況で、俺以外にさっきの膜を使わせて、なおかつその間に俺が奇襲をかますなど不可能だ。
「ぐっ……」
俺とハルメアスの剣が、せめぎあい火花を散らす。
しかし、拮抗は崩れ徐々に押されていく事に恐怖心を覚え、思わず腰が引けてしまった。
「そこだ!」
ハルメアスの剣が俺の手首に振り下ろされ、湿った音と共に切断された。
噴水の様に血が溢れ出る断面から、白い骨が見えている。
「ぁああ!?」
俺は半狂乱になりながらも、手首を再生した。
しかし、それは咄嗟に再生したせいで、普通の手よりも大きく歪で半ば獣の様になっている。
……普段は鎧のせいで気が付かなかったが、再生する度に、その部位が強くなってるのか?
まるで、筋肉の超回復みたいに。
「なに!?……回復、魔法……か?いや、あれはそんな生易しい物では……」
再生した俺の手を見ながら、ハルメアスは何やら考察している。
……今の手首が、もし首だったら俺は死んでいただろう。
剣でやっていては勝てない、かといって生半可な奇襲も成功しない。
「……なら。」
もういっそーー本気でやってしまおう。
俺の体は、鎧に入るためにかなり無茶をしているから、必然、運動能力もかなり下がってしまっている。
イチかバチか、やるしかない。
けど、問題はブラウにこの姿を見られないか、だ。
……いや、何言ってんだろうな俺は。
今ここで勝てなかったら、どちらにしろブラウとは決別なんだ。
だったら思いっきりやってやろうじゃねぇか。
俺が一人で生きるにしても、このまま死ぬにしても、それが一番後悔しない選択だ。
俺は体を柔らかくして、鎧の甲冑の隙間からタコの様に這い出た。
この俺の身長は2メートルオーバー。
かなり地下の天井スレスレだが、戦いには支障をきたさない。
「ケンイチさん……?」
「ガァァァ!」
俺は自分の手をイカつい爪の形に変形、硬質化させてハルメアス飛びかかる。
「バ……カな!?ブレイヴイーターだと!?……ぐっ、『魔導防壁』!」
防御に使われたバリアにインパクトした瞬間、バリアの表面に一際大きい波紋が広がった。
先程は揺らめき1つしなかったのにだ。
俺は飛び退き、両手を粘着質に変質してクモの様に地下の壁に張り付き、別の角度からまた爪で襲いかかった。
「ぐぅっ!?」
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【通常スキルに『立体起動』が追加されました。】
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スキル認定された事により更に精度とスピードが上がった。
ハルメアスも四方八方から襲い来る攻撃に若干対応しきれていない。
俺は凄まじいスピードで地下を縦横無尽に駆け巡り、その度攻撃を食らわせる。
……滅茶苦茶に目が回る。だが、それは奴も同じな筈だ……四方八方から攻撃すれば、きっといつかは通る。
「ぐっ……!」
それに、直ぐに別の角度から襲い来るため、ハルメアスも一々バリアを張る方向を変えなければならない。
そうすれば、いつかは必ず綻びが生じてくる。
その証拠にさっきの攻撃はバリアではなく剣で防いできた。
恐らくバリアの展開が間に合わなかったのだろう。
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【『立体起動』のレベルが、1から3へと上がりました。】
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「ガァァァ!」
更に、スピードが上がった。
ハルメアスの腹へ遂に俺の爪が食いこむ。
「あ……あ。」
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【称号スキルに『騎士狩り』が追加されました。】
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「よっしゃぁぁ!」
勝った!勝ったぞ!これで、ブラウを……
俺は倒れたハルメアスに目線を移す。
……恐らく鎧の中でも出血していると思う。
その証拠に、鎧の穴から赤い液体が床に広がっている。
グタっとしていて、意識を失っている様に見えた。。
俺はハルメアスの冑を外す。端整な顔立ちをした、赤毛の青年だった。
俺はその口にグルットから貰った薬を流し込み、部屋の隅に寝かせた。辺りを見ると、様々な魔物が少しづつ薄まっていくバリアに歓喜の声をあげながら、まだかまだかと俺を獲物を見る目で見据えている。
しかし、ブラウのバリアも同じく、薄まっていく。
「……ケンイチさん、なんですか?」
ブラウが俺を不思議なものを見る目で見ていた。
「……ああ、今まで黙ってて、ごめんな。俺はーー」
ーーお前の望む、『人間さん』なんかじゃないんだよ。
「関係無いですよ?」
ーー俺がそう言葉を紡ぐより前に、ブラウが笑顔で言い放った。
「え?」
「さ!早くここから出ましょう!私が魔物を倒しておきますから、ケンイチさんは早く鎧を着て!」
ブラウはバリアから解放された魔物達を薙ぎ倒している。
その間に、俺は鎧を着直した。
「……秘密って言うのは、それを知られたくない人が一生懸命に守っているから、秘密って言うんですよ。だから、私はケンイチさんが守ってきたものを壊してしまう様なマネはしません。」
ブラウが最後の魔物の胸を貫きながら、そう言った。
……ありがとうな、ブラウ。
ぶっちゃけ大した秘密とかないけどな、整形と整体を失敗しただけだ。
「よし、ブラウ!」
「はい、何ですか?」
「帰るか、俺達の森に!」
「はい!」
俺とブラウは天井の蓋を明け、久方ぶりに感じる日差しを浴びた。
あーやっぱり日光は良いな!生きてる感じがする!
◇
「「「逃がすな!追え!」」」
「あああ!?ブラウ、もっと早く走れないのか!?」
「これ以上早くしたらケンイチさんが吹き飛びますよ!」
俺とブラウは今、城下町で騎士団とレースをしていた。
当然俺達は逃げる側、向こうにはなんかドラゴンに乗った騎士もいる。
対してこっちはウサギとエセ騎士一人。
「おい!あのドラゴンヤバイんじゃないのか!?」
「安心してください!ワイバーンなら一撃で倒せます!」
「マジか!?」
町人を、避け、時には飛び越え進んでいく。
しかし向こうは空を飛べる存在がいる上にブラウが全力ではないせいで、少しづつ追い付かれている。
「情けない騎士団だ!俺が止めてやる!」
ん?なんだ?
前を見ると、変なおっさんが大剣を構え、俺達を迎え撃とうとしていた。
あ!アイツにさっき俺が放置した強そうなおっさんじゃん!
確か……ギルとか言う奴!
「ギルさんが来たなら安心だな!」「Cランク冒険者、砦落としのギルタニオンのお出ましだ!」「やっちまえー!」
やばいやばいやばい!
砦落としのギルタニオンとかめっちゃ強そう!
グルットと言い、ハルメアスと言い、格好いい名前の奴は強い傾向にあるからな!
「おいブラウ!アイツに勝てるか!?」
「え?何の事ですか?」
「ぶべらぁぁぁ!」
「え?」
ブラウがよそ見してる間にギルタニオンとぶつかり、ギルタニオンは遥か彼方に吹き飛んでいった。
え、弱くね?
け、けど、もうすぐこの町から出られるぞ!
ドガァン!
ブラウが門に突進し、回りの木材ごと吹き飛ばし門を通過した。
よし!よし!逃げ切れる!