5.とあるメイドの視点(sideアニエス)
私はアニエスと申します、ルビエド城でお仕事をするメイドです。
突然ですが、普段メイドはどんな仕事をしていると思いますか?
まあ恐らく殆どの人が家事全般や雑用と答えるでしょう。実際それで大体合っています。
他にも家畜の世話や乳製品の加工等をするデイリーメイドや子守り担当のナースメイド等も居ますが、私の仕事は主に王家の方々がお使いになる食器の洗浄やキッチンの掃除です。
しかし今日はそうでは有りません。
多くの国民には知らされていませんが、今日は異世界から勇者様が召喚されます!
そのため今日の仕事は全メイド総出で勇者様がお使いになるであろうお部屋の最終点検をしていました。
汚れはないか、退屈はしないか、そして心理学者にも相談し、最高の部屋を用意した自負があります。
恐らく国内一……どころかこの大陸でも3本の指に入るでしょう。
一応複数人召喚された時の為に10部屋程用意されていますが、おとぎ話で登場する勇者様達は大体が1人、多くても5人程なので無駄な仕事をしたと思います。
さて、そろそろ勇者様が召喚される頃でしょうか。
私の様な下っ端使用人が直接ご奉仕する事は無いでしょうが、それでも歴史の立会人になった様で凄くワクワクします。
私が他の使用人達とその話題で盛り上がっていると、召喚が行われる王の間の方から使用人仲間が息を切らせながら走って来ました。
どうかしたんでしょうか。
「どうしたんですか?」
「はぁ……はぁ……大変よ!勇者様が30人も召喚されて、今すぐもう20部屋用意しなければいけなくなったの!」
さ、30人!?何かの冗談でしょうか、しかし彼女の表情を見るにそうでは無いらしいです。
だけど今から20部屋何て無理に決まっています。
絶対に無理ですが、勇者様達に失礼があっては絶対にいけません。
そう考え、私達は一斉に部屋の準備に取り掛りました。
◆◇◆
結果的に言えば騎士達の協力もあり、部屋の準備は間に合いました。
部屋が足りなかった分は使用人達が4~5人組で使っている部屋で補うしかありませんでしたが……。
使用人達のベッドをどかして、分解したベッドを運び込み中で組み立て、天井には申し訳程度のシャンデリアを設置しました。
そして今私は勇者様達をお部屋に案内し、私が担当する勇者様のお部屋の前に立っています。
なぜ立っているかといえば、勇者様の要望に何時でも対応するため……というのもありますが、実はこの部屋は私の部屋なのです。
とても急いで用意したので、万が一下着や腐ったお菓子とかが落ちていたりしたら、勇者様を不快にさせてしまうでしょう。
それが気掛かりでソワソワしているとお部屋の中から、
「うわっ!ええ?ええええええ!?」
という叫び声が聞こえて来ました。
きっと何かを発見したに違い有りません!粗相が有ればルビエドメイド伝統芸能、滑り込み土下座を披露しなければ!
「勇者様!何事でしょうか!?」
「大丈夫!大丈夫ですから取り敢えず出ていって下さい!」
勇者様は右手を背中に隠しながらとても焦った様子でそう言いました。
……もしかして部屋で下着を見つけたが、私の自尊心の事を考えて隠してくれているのでしょうか。
だとしたら速やかに回収しなければなりません!
「で、ですが…」
「立ち去れぇぇぇぇぇ!!!」
「は、はい!」
私はその凄まじい剣幕に驚き、急いで部屋から出てドアを閉めました。
勇者様のお気遣いはとても有り難いですが、何としても私の、もしくは同僚の下着を取り返さなければなりません。
私の、ひいては同僚の健康的な精神の為に!
「フハッフハハハハハハハ!!!」
私が決意に燃えていると、部屋の中から先程とは打って変わって、楽しげな笑い声が聞こえて来ました。
私は今度は何だと思いながらもドアを開けます。
「勇者様!何事でしょうか!?」
「んん?何でも無いよぉ?」
「あっ、はい」
勇者様はニヤニヤしながら妙にネットリとした声でそう言います。
私は真面目に答えるのが馬鹿らしくなって、そのままドアを閉めてしまいました。
しかし少しして我に帰ると、自分はとんでもないことをしてしまったと後悔しました。
あの方は一応召喚に応じて下さった勇者様ですし、さっきの言葉も何か意味があるのでしょう。
それに異世界ではあの方の様な人が普通なのかもしれません。
下着なんかどうでも良い。素直にさっきの態度を謝ろう。だけれどどう謝れば良いのでしょうか。
あたふたしながらドアの前をウロウロしていると、私の後ろからドアが勢い良く開く音が聞こえた。
私が振り替えるとそこに居たのは勇者様……
ーーではなく、形容しがたい壮絶な姿をした巨大なヒトガタの怪物がこちらをじっと見つめていました。
「あ、ああ………」
「がぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
その化物はこの世の全てを恨む様な凄まじい咆哮を上げました。
私は逃げようとしましたが、全身が硬直してしまい腰を抜かす事すら出来ません。
私は死を覚悟をし、ぎゅっと目を瞑りました。どうか、楽に死ねますように。
私はこれから自分の身に襲い来るであろう痛みに身構えた。
しかしいつまで経っても痛みは来ません。
恐る恐る目を開けて見ると、そこにはもうあの化物は居ませんでした。
「はぁぁぁ……!」
私はあの化け物に見逃された安堵感から思わず座り込んでしまいます。
と言うか何で部屋の中にあんな化け物が……あれ?部屋の中?
そのとき私はサーッと血の気が引いていくのを感じました。
「勇者様!」
勇者様の部屋の中からあの化け物が出てきたということは、考えたくないですが恐らく城壁をよじ登って窓から侵入して来たのでしょうか。
だとすれば勇者様は……
部屋の中には勇者様の姿は有りませんでした。
きっとあの化け物に食い殺されてしまったのです!
もしかしたら先程から様子がおかしかったのも、アレに精神支配でもされていたのかもしれません。間違いないです。
自分の責任だ。
私が勇者様の異変にもっと敏感になっていれば勇者様は死ななかったかも知れない。
そう考えるとどんどん思考の沼に沈んでいきます。
いや……今は考えている暇は無いです。
あの化け物がまだ城内に潜んでいる可能性が有ります。
さっき私を見逃したということは、恐らく勇者様にしか興味が無いのでしょう。
なら今の私に出来る最善の行動は……
私は王の間に向かって走り出した。
この事を王様に伝え、一刻も早く勇者様達を避難させるために。