43.とある紛い物の視点Last(sideハーネス)
「土よ、我が魔力に呼応し真の姿を表せ。」
儂は目の前の土の壁に向かって魔力を流しながら詠唱する。
この土の壁は当然ただの土の壁ではない。
旅先で運良く手にいれた下級魔族の魔石をちりばめさせているから、強度は勿論魔力伝導率も抜群に良いのだ。
本当は杖に埋め込もうとしたのだがこの杖には色々と思い出があるから無駄に改造したくなかった。
だから他に何かに使えないかと思ってこれに使用したのだ。
そして直ぐに壁の輪郭が薄くなっていき、目の前に見慣れた青色の扉が現れた。
そして儂が振り返ると、騎士はポカンとしながら扉を眺めている。
ふふふ。
良いぞ!驚いてるな!
この扉も半分ぐらいここにもし人が来たらビックリして欲しくて作ったものだ。
凄いなハーネスは。って思って欲しかった。
誉めてほしかったのだ。
「どうした、ここが我が家じゃ。早く入ってこい。」
口許がにやけるのを抑えながら、扉を開けて中に入る。
騎士も直ぐに後に続いて入ってきた。
儂は玄関で靴を脱ぐ。
騎士はそのままガシャガシャ入ってきた。
ちょっ……何故靴を脱がない!?
一般的には、玄関がある家では靴を脱ぎ、何もない家では土足で入るのがマナーだった。
少なくとも40年前までは。
昔と今では違うのか……?
……注意できない。
もし最近は土足で入るのが基本だった場合、ここで「靴を脱げ」とか言ってしまったら、「さすがババアだな。古すぎ」
とか思われてしまうかもしれない。
とりあえず約束の料理を作ってからどうするか考えよう。
儂はなぜかランタンを見ながら感動している騎士に座っているように言い、キッチンの前に立った。
よし、今日は特別な日だ。
何か豪華な物を作ろう。
儂は昼に保管したホーンラビットの肉を台所に置いて、何を作るか思案した。
ええと……どうしよう。
豪華な食事……。
……マズイ。
40年間ほとんどスープしか作ってなかったせいで頭も体もスープ以外の作り方を覚えていない。
というかスープ以外のレシピが記憶から吹き飛んでしまって、もうそれ以外ではホーンラビットの丸焼きとかしか作れそうにない。
仕方がないからスープを作ろう。
長年ずっと作っていたからスープなら中々の物を作れる自信がある。
まずルデスの実の表面を焼き、それをナイフで削って塩を作っていく。
それをちょうど良い量鍋に入れ、そこに水を入れて火魔法でコトコトと熱していく。
心なしか、いつもより調理が楽しい気がする。
いや、気のせいじゃない。
誰かに食べてもらうための料理を作るのを楽しんでいるのだ。
熱っしている間皮を剥きしっかりと洗っていたジガウモを鍋に投入した。
ボトン、ボトン。
二個ほど投入して、地抜きを済ましたホーンラビットの肉に少し火を通して、それも入れていく。
グツグツグツ。
これでちょっと待つ。
出来上がるまで少し時間があるから騎士に名前でも聞いておこう。
「今更じゃが、一応自己紹介をしておこう。儂の名はハーネス。……ただの混ざりエルフじゃ。」
「私の名はケンイチ。ただの騎士だ。」
分かってはいたが、本当に儂を混ざりものだと知っても話してくれている事を再確認し、感動さえ覚える。
嬉しくてつい口が弧を画いてしまう。
というかケンイチと言うのか。
名前の短い感じや発音からして帝国圏出身なのか?
しかし、鎧の造形は王国に近い。
謎だ……
まぁ良い。
今はただ人と話せる喜びに浸ろう。
「ふふ……やはりお主は儂が混ざり者と知っても態度をかえないのぅ」
騎士……もといケンイチと握手を交わす。
手甲ごしだが、大きな手だ。
お父さんを思い出す。
「ああ、よろしくお願いする。ハーネス」
名前を呼ばれ、思わず心臓が跳ねた。
「ハーネス、か。他者に名前を呼ばれるのはいつぶりじゃろうな……」
儂がそう呟くと、ケンイチはそれを聞き取ったのか不思議そうな雰囲気をしながらまた椅子に座り直した。
ギシ、と椅子が軋む音が聞こえる。
……儂の体重を想定して作った椅子だからな。
頑丈に作り直さないと。
ーー10分後ーー
スープがもうすぐ完成する。
ケンイチは儂がスープを作るのを興味深そうに見ていた。
まるでスープを作る人を初めて見るみたいに。
そこまで珍しい料理でもないのに、何故だ?
「ハーネス。もし良かったらでいいんだが、私に魔法を教えて欲しい。」
ケンイチが口を開いた。
なるほど、魔法を珍しがっていたのか。
しかし教えるとなると難しい。
適正が有るかによる。
「教えるのは構わないんじゃが……魔術とは基本的には才能の世界なんじゃ。適正の無い属性は使えぬぞ。中には適正属性無しなんて者もザラにおる。」
あれ?待てよ?
これなら魔法を教えるという名目でケンイチに儂の家に通ってもらえるのではないか?
おお……我ながら素晴らしい考えだ。
向こうは魔法を覚えられて嬉しい。
こちらも寂しくなくて嬉しい。
まさに公正な取引だ
「かまわない。しかしハーネスは何属性に適正を持っているんだ?」
ケンイチが聞いてくる。
儂は四属性に適正を持っているし、特に風は適正『大』だ。
適正の基準は、
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微少……ほぼ適正無し。
小、努力すれば使える。
中……その属性の簡単な魔法ならば、見るだけで覚えられる。
大……自分で魔法を作ったり、既存の魔法を改良したり出来る。
極大……化物。火魔法で海を割ったりできる。小国を落とせる
Ex……神の領域。個人の極致。一人で大国と真っ向から戦争できる。現代には存在しない。
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と、こんな感じだ。
因みに大と極大には越えられない壁があり、少なくとも大である儂はCクラスの魔物にさえ勝てない。
しかし大でも十分凄い。
指導する分には問題ないだろう。
「自分で言うのもアレじゃが、凄いなんて物ではない。天才、いや鬼才と呼んでも差し支えないじゃろう。」
……少し盛った。
本当はかろうじて天才くらいだ。
「その適正を調べる方法はあるのか?」
それは当然存在する。
最も簡単な魔法の1つで、無属性の初級だ。
「勿論じゃ!儂を誰だと思っておる。そのような初歩的な魔法なんて朝飯前じゃ!」
「是非調べてくれ!」
「勿論じゃ!ではいくぞ!『スキャン!』」
ケンイチの体に儂の魔力を流し、ケンイチの魔力の波長の種類と強さを調べていく。
しかし、何も感じない。
これは……適正無し?いや、人間は必ず持っている魔法を放出するゲートさえ存在していない。
もう一度調べるが、結果は同じ。
これじゃまるでーー
「どうだ?」
ケンイチがワクワクした雰囲気で聞いてくる。
どうしよう……。
正直に答えるのが正解なのだろうが、1つ問題がある。
適正が無いと分かってはしまえば、もうケンイチは儂の所に来てくれないかもしれない。
また一人になる。
それは嫌だ、絶対に嫌だ。
「う……む。実はかなり奇妙な適正でな。儂も初めてみたから少しばかり驚いたのじゃ。」
気づくと儂の口は根も葉もない虚実をベラベラと並べていた。
「なんだ!?焦らしてないで早く教えてくれ!」
ケンイチが儂の肩を掴み、揺さぶってくる。
脳がシェイクされて、意識が飛びそうになった。
「ふぉぉぉぉ……一回!一回!離せぃ!」
「す、すまない。」
振動が止まった。
ああ……まだ揺れてる感じがする……。
というかこんな腕力があるなら魔法なんて必要無いと思う。
「全く……まあ良い。まずはお主の適正じゃ」
何と言おう。
正直に答えればきっとケンイチはもうこの家に来てくれないだろう。
……嘘を言おう。
罪悪感が凄いが、それしかない。
ああ……お父さん、私は自分の為に他人を欺く最低のゴミ人間です……。
「お主の適正は……全属性の微少じゃ。」
「は?」
極大とか言ってしまえばすぐにバレるから微少と言った。
こんな時だけ無駄に頭が回る自分に嫌気が差す。
「適正微少では、どれだけ指導されても初級しか使えないのじゃ。」
見た目だけではなく、底意地さえも醜い。
本当に最低だ。
「が、それは並の師では、という話じゃ。」
自分の欲しい物を手にする為に、他人を騙す。
自己中心的な存在。
「ハーネス、改めてお願いする。私に魔法を教えてくれ。」
「御安いご用じゃ。儂も暇じゃからのう。」
儂は笑顔で答える。
嬉しそうなケンイチを見ながら、気のせいかギシ、と何かが軋んだ様な音が聞こえた。
それが儂の心から哭ったものか、はたまた椅子から鳴ったものか、わからない。