41.とある紛い物の視点4(sideハーネス)
「ああああ……すまんのう……すまんのう……」
儂は必死に頭を下げる。
マズイ、泣きそうだ。
やっぱりエルフも人も恐い。
何をすれば許してもらえるだろうか。
何をされるか分かったモノじゃないし逃げてしまった方が良い可能性もある。
しかしその場合もう2度と人と接する機会がなくなってしまうかもしれない。
けど怖いものは怖いのだ。
60年かけてじっくりと刷り込まれた他人への恐怖はそう易々と消えてくれる物ではない。
……よし、逃げよう。
この騎士は強そうだし、高位の魔物に遭遇しなければ生きてこの森から出られるだろう。
それに高位な魔物程、縄張り意識が強いので滅多な事では自分の生活圏から出ようとはしない。
一番高位な鮮血ウサギに関しては見たことさえないし。
この騎士もこんなに奥に来れたんなら、当然そうゆうのも把握しているだろうし、儂の落とし穴が完全にイレギュラーだっただけだ……多分。
(ごめんない!)
儂は踵を返し、家の方向に走り出そうとする。
「ぬぉぉぉ……!私には故郷に『家族』が居るのだ……まだ死ねぬぅぅぅ!!!」
「ぇ……」
儂が振り替えると、騎士は既に崩れ落ちて地面に横たわり、苦痛に耐える様に身をよじっていた。
そこまで重傷なのか……?
儂は落とし穴を確認する。
深すぎてよくわからないけど、5メートル以上はありそうだ。
自分の作った落とし穴だが、よく覚えていないが、とにかくこの騎士の体重で落下すれば怪我をするのは必至だ、というか死んでいた可能性すらある。
どちらにせよ重傷には変わりはない。
それに……この騎士には『家族』が居るらしい。
儂は自分の父を想像してみた。
あの優しかった頃の父がある日森から帰ってこなかったりしたら当時の自分は一体どんな気持ちになるだろうか。
少なくとも儂が死ぬよりこの騎士が死ぬ方が悲しむ人も惜しむ人間も遥かに多いだろう。
価値の無い者が価値の大きい人間を殺すのは、絶対にあってはならない。
この騎士を放置して逃げれば直ぐに死んでしまうだろう。
これで見捨てるという道は完全に塞がれてしまった。
しかし家に運んで手当てしようにも適正の高い風魔法以外ではこの騎士ほどの巨漢を家まで連れていくのは至難の業だ、けど風魔法に何かを運搬出来る様な魔法は存在しない。
儂が背負うと言うのは当然論外、持ち上げるどころか逆に潰されてしまう。
ああああ……どうしよう……!
「し、死ぬのか!?そんなにひどいのか!?」
落下で負う怪我はどんなものだろうか。
骨折?内臓破裂?
いや、今思い出したが儂はあの落とし穴の底に針も仕込んでいた。
だとすれば鎧に空いている穴もそのせいだろうか。
だとしたら何が「その騎士の数奇な人生を物語っている」なのか、バカなのか儂は!
「これではもう食い物を食わなければ治らないが……近くに食い物は無いかぁぁぁ……」
騎士がそう言った。
食べたところでそんな怪我が治るハズは無い。
多分パニックになっているし、この騎士は空腹なのだろう。
だから儂が仕掛けたリンボに誘われて明らかに怪しい罠に引っ掛かったのだ。
とりあえずリンボをあげた方がいいか。
甘いものを口に入れてしっかりと唾を飲み込めば人間落ち着くものだ。
しかしその怪我で食べれるのだろうか。
儂は騎士に食べさせるため、地面に寝転がっている騎士の口許に恐る恐るリンボを持った手を近づけた。
これで食べれーー
「バッカ野郎ぉぉぉ!」
「ひっ!?」
物凄い剣幕で怒鳴られた。
きっと儂が薄汚いから手を顔に近づけられるのさえ耐えられかったのだ。
エルフの森では見かけれただけで『醜い』という理由で石を投げられていたから、そのぐらい想定するべきだった。
「ご、ごめんなさ……」
「そんな物では血肉にならない。何か違うものをくれ。例えば……肉とか!」
「え?」
そ、そっち?
儂を気持ち悪がっていたのではなく果物を差し出された事を怒っていたのか?
騎士は儂の顔をジーっと見ている。
しかしその視線には珍妙な者を見る気配はあっても、侮蔑の類いは一切含まれていなかった。
もしかして……気持ち悪がられていない?
だとしたら……
「お前の家にはないのか?」
「有るがその怪我でそこまで持つかのう?」
だとしたらーー『私』とお友達になってほしい。
人生で初めての友達に。
儂とそんな者になってくれるのはこの人しかいないと直感した。
家にも来てくれそうだ。
気持ち悪がっていたらきっとそんなことは言わない。
きっと優しい人なんだ。
『私』を拒絶しない。
『儂』を気持ち悪がらない。
『私』に優しくしてくれる。
『私』を抱き締めてくれる。
『儂』受け入れてくれる。
『私』を裏切らない。
『私』を愛してくれる。
ーー私と、ずぅぅぅっと、一緒に居てくれる人。
「ああ、たった今私の神からお前の家までかろうじて歩ける加護をもらった。」
そう言いながら騎士は立ち上がった。
「ず、随分と気配りのきく神じゃのう……それなら良いんじゃが……着いてきてくれ。」
儂はそう答えて歩き出す。
作業じゃない歩行は何時ぶりかわからない。
不思議と鼻歌が漏れてしまう。
いつ聞いたかもう忘れてしまった、朧気な旋律だ。
しかしそれで充分。
足りない音は嬉しさで埋められた。