40.とある紛い物の視点3(sideハーネス)
『土よ、我が魔力に呼応し真の姿を表せ。』
微量の魔力を流し込み土壁を消す。
そして中から現れたドアを開けて靴を脱ぎ、家に入る。
「ふぅ……疲れた……」
そして食料が入った籠を台所の横に置いて、寝台に横になる。
「お腹空いたな……」
しかしすぐに自分が空腹だった事を思いだし台所へ向かって鍋を用意した
魔法を使いスープを作っていく。
もうずっとしている作業だから目を瞑っても……とは言わないが、無意識でも出来る。
ちょっと前に目を瞑って作ってみたけど熱湯を溢して火傷してしまい年甲斐もなく大泣きしてしまったから、あまりに寂しいとしても馬鹿な事はするまいと心に誓った。
「完成っと……」
鍋から器に移し、机に置いた。
白い湯気を放っていて、とても熱そうだ。
「ふー、ふー」
充分に冷ましてから、スープをスプーンで口に運ぶ。
「酷い味だな……」
食べ物にあまり味を感じなくなってしまったせいで、スープはただの熱湯、肉に至っては束ねた藁の様な味しかしない。
あれは酷いものだ。
まだ儂がエルフの森に居た頃、マトモな食べ物をくれる大人も居なく、自分で手に入れる方法も無かったから空腹感をまぎらわすため、馬小屋の藁を食べていた時期があった。
いや、藁なら良い方で土、はたまた樹木の皮をしゃぶってもいたな。
虫の味はその時期覚えたが、あれは良いものだ。
食べてもそんなにお腹を壊さないし、何より美味しいのだ。
勿論、藁に比べればだが。
「はぁ……」
スープを食べ終わり、食器を洗った後、また寝台に横になり、天井を見上げた。
「儂は一体何のために生きてるんだろうな……」
毎日独りで同じ事を繰り返す。
腹を満たし、そして寝る。
ただそれだけだ。
何の成長もなく、人の役に立つことも無い。
まるで空気……いや、そんな無意味な人生の為に生き物を殺したりしてるからそれ以下だ。
ただの気持ち悪い害獣、それが自分だ。
儂が今までに食い潰した魔物達には家族がいて、子供を作り、次の世代に繋いでいく。
しかし儂はどうだ。
何も無い、空っぽなんだ。
「はぁ……」
……一眠りしようかな。
このまま起きていても泥沼に嵌まっていくだけだ。
毛布を被り、目を閉じる。
◆◇◆
「んぅ……」
眼にランタンの光が差し込んで来る。
どのくらい寝たんだろうか。
寝台から起き上がりドアを開けて外を見る。
辺りはもう暗くなっていて、星々がまばらに見えている。
少し寝過ぎたかな。
落とし穴の確認に行かなければ。
ロープを羽織い、外に出た。
どこに接地したんだっけ……
確かプロテクションを掛けたリンボを吊るしておいたからそれが目印になると良いのだが。
「うぅ……寒い……」
顔を冷たい風が撫で、体の熱を奪っていく。
明日にでも寒期の服を出さなければ……。
「痛てぇぇぇ!!」
「うぁ!?」
な、なんだ!?
人の……声か?なぜこんな森の奥に?
よくわからないけどもしかして……助けを求めているのかもしれない。
「ああああ……どうしようどうしよう……」
声は結構ハッキリ聞こえたからこの近くにいるんだろう。
しかし儂は人とマトモに話せるのか?
声質は若い男の人だったからもしかしたら怖い人かもしれないし……。
……いや!ここでこの声の主を見捨てれば儂はもはや害獣を通り越して外道害獣になってしまう!
とりあえず大声で周囲に叫んでみよう。
「ぉ、おーい!誰かいるのかのう!」
しまった、少しどもってしまった上に若干声が裏返ってしまった。
変な奴だと思われるかもしれない。
しかしその声に対して反応は無く、寂しく儂の声が響くのみだった。
もしかしてもう死んでしまっているのだろうか。
「痛ぇ!」と言っていたし、魔物にでも襲われて死んでしまったのかもしれない。
血の気が引いていくのを感じた。
「おうい!本当に誰も居ないのかのう!」
もういちど叫ぶ。
頼む……生きていてくれ……。
それともついに幻聴がきこえただけなのだろうか。
「ああ!落ちている!助けてほしい!」
「っ!」
声が聞こえた。
久々に聞いた人の声と生きていた喜びによって若干パニックになりながら声の発生源を探す。
そしてその場所を見て、今度こそ本当に血の気が引いていくのを感じた。
その声は、儂が設置した落とし穴から発せられていたのだ。
「ああああ……!」
どうしようどうしようどうしよう!
とりあえず謝んなきゃ!
「おぉ……やはり落ちていたか!すまんのう!落とし穴なんかを放置してしまって!直ぐにロープを下ろすから待っていてくれ!」
魔法でツタを編み込み、頑丈な縄を作っていく。
それを下ろし、声の主が掴んだのを確認して、引っ張りあげた。
そして出てきた男を見て、儂は驚いた。
巨大なのだ、とてつもなく。
明らかに儂の1.5倍程の身長を持っている。
そしてその身に纏った鎧は傷だらけで穴が幾つも空き、群青色のマントは半ばでちぎれかかっている。
しかしけして貧相という印象は全く無く、その騎士が経験してきた数奇な人生を物語っている様だった。
その騎士は儂の顔を見た途端、急に変な生き物を見る目付きになった。
ぁ、儂がハーフエルフだと気づかれたのかもしれない。
……終わった。
せめて耳を隠しておくんだった。
また拒絶される。
また傷つけられる。
また気持ち悪いと言われる。
そんなの耐えられない。
謝って直ぐに立ち去ろう。
「おぬし、怪我はないか?本当に申し訳無い……まさかこの森に儂以外に人が居るとは思っていなかったものでのぅ……
」
最後の方、自分が涙声になっているのがわかった。
自分は期待していたんだ。
この騎士となら仲良く出来るかもしれないかもと。
この異様な雰囲気を放つ騎士ならば同じく異様な自分を受け入れてくれるのではないかと、この灰色の世界を覆してくれるのではないかと。
しかし、駄目だった。
この騎士も儂を『あの目』で見た。
只でさえ気持ち悪いのにソイツが自分を落とし穴におとしたとなれば余計にだ。
「ぐっ!全身が裂ける様に痛い!どうしてくれるんだ!私には臣民を守るという責務が……!」
やはり怒っている。
もしかして自分は殺されるんだろうか。
騎士は高貴な身分の出身が多いから、総じてプライドが高い。
儂の様な雑種にその身を傷つけられたとなれば激怒するのも無理はない。
どうしよう……どう謝れば良いのだろうか。