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39.とある紛い物の視点2(sideハーネス)

儂が家を出て、大体10分程が経った。

今日は少し肌寒いな。

一応ローブを羽織ってはいるが、そろそろ衣替えの次期かもしれない。

とりあえず保存の効くものを片っ端から採っていこう。

もうすぐ寒期が来るし、それにも備えないといけない。

昔はそれで酷い目にあった。

40年前、この森に来て始めに直面した死への危機が餓死だった程だ。


村や町に住んでいると中々気づかないと思うけど、森に限らず自然の中で生活する人を一番多く苦しめ、多く殺しているのは強い魔物でも原因不明の病でもない、冬期による寒さと飢餓だ。儂の場合は火魔法を使って首の皮1枚で命を繋いでいたが、もし魔法が使えなければ飢餓と極寒と心細さの三重苦で初めの一年で早々に死んでいた事だろう。

それ程に寒さというものは恐ろしい。

身をもって体感した。


「あ……ジガウモ……」


足元にジガウモを見つけた。

ジガウモはこの40年で一番助けられた食べ物といっても過言ではない。

もうずっと食べている。

腹持ちも良いし保存も効くし、万能だ。

とりあえず有るだけ採って行こうか。


「『アースクリエイト』」


周囲の木を利用して籠を編み込んでいく。

このような複雑な形状の物を魔法で作るのはとても難しいのだが、長年の使用によって今の儂には造作もなくできる。

というか長年森に住んでいて得た物はそれぐらいしかない。

これは自慢ではなく自嘲だ。

儂はあの日から何も進めていない。


「よい、しょっと……」


作った籠にジガウモを入れていく。

10個程入れたところで手を止めた。


「これぐらいでいいかな……」


寒期を乗りきるには全然足りないけど、本格的に食べ物を貯蓄するのはまた今度だ。

さて、ジガウモはこのぐらいにして別の長期保存できる食糧を探そう。


「……あ、ルデスだ。」


辺りを見渡すと近くの木に『ルデスの実』が実っていた。

これは表面を焼いて削り取ると塩になる優れもので、森での貴重な塩分元だ。

さっそく取ろう。


「んっしょ……もう、少し……」


杖を使って取ろうとするが、届かない。

爪先立ちすれば取れるかも……もう、ちょっと。


「わぁ!?」


重たい杖のせいで重心が横にずれ、転んでしまった。

ロープに土が付いて、汚れてしまった。


「はぁ……」


……儂の人生はいつも失敗ばかりだ。

何をしても、何もかもが悪い方向に行く。

儂が善意をもって人に接しようとしても、向こうがそれを悪意と受け取って儂にその悪意を押し付けてくる。

それもこれもきっと儂が醜いからだ。

醜くて、薄汚い紛い物。

っと……ちょっとした不幸で気持ちが沈んでしまうのは儂の悪い癖だ。

まぁそれは仕方がないから魔法で取るか。

無駄なことに魔力を割きたくはなかったけどしょうがない。


「ウィンドカッター」


杖から放たれた風の刃がルデスの実のヘタを切り飛ばし、落ちてきたルデス実をキャッチした。

そしてそれを籠にいれる。


「とりあえず一個でいいかな……」


ルデスの実は1つでも結構な量の塩が作れる。

寒期までに5固程入手できれば充分だ。

そろそろ籠がいっぱいになってきた。

もうすぐ昼時だし、帰ろうか。


ズザ


「っ!?」


後方から、物音が聞こえた。

儂は振り返る。

白い毛並みに長い耳、Fランク下位のホーンラビットだ。


「なんだ……驚かせおって……」


この森で一番危険なのはウサギだ。

と言ってもホーンラビッドのことではない。

『鮮血ウサギ』と呼ばれる巨大ウサギのことだ。

ヤツのランクは観察師に姿を見せた事が無いため不明だが、この森の生態系の頂点の一角、『グレーターベア』を一撃で殺し、『コカトリス』の石化の魔眼を弾き、そして名前の通り常に体表が鮮血で染められている程の凶暴性から、ギルドから小国レベルの軍事力に相当するBランク級に指定されている。

グレーターベアの毛皮を貫く事さえ困難な儂が遭遇すれば死は免れない怪物だ。


「ッ!」


ホーンラビッドが自慢の角を武器に、突進してくる。


『ウィンドボム』


ホーンラビッドは突進先で起こった不可視の爆発によって弾き飛ばされ、後方で着地した。


傷を負ったホーンラビッドだが、その瞳に宿った闘争心は全く衰えない。

しかし儂に手加減をする道理はない。


「『ウィンドジャベリン!』」


不可視の槍がホーンラビッドを正確に撃ち抜く。

この『ウィンドジャベリン』はただの魔法ではない。

儂が改良し、螺旋回転を与えているので威力、飛距離共にかなり向上している。


ホーンラビッドが倒れた。

儂もかつては小動物を殺せない時期もあったが、流石に数十年も暮らしていれば、学習するものだ。


【魔物は人間に懐かない。】


かつてホーンラビッドやらグレーウルフを捕獲し孤独を紛らわそうとしたが、無理だった。

下位の魔物には人間に恩を感じたりするだけの知能がないのだ。

かといって知能の高い上級の魔物を捕まえようにも、儂では歯が立たない。

というか儂は魔法が無ければ村人でさえ勝てるスライムにも勝てないからな。

儂の肉体はどこまでも脆弱だ。

……そして醜い。


「はぁ……」


どこかの著名人が溜め息をつくと幸せが逃げると言っていた気がするが、つかずにはいられない。

自分で体感したから分かるが、自分の事を嫌いな人間が一人になると、周りに励ましたりしてくれる人がいないから、常に自己嫌悪に苛まれる。

だってそうだろう。

自分しか居ないのに、その自分が儂を嫌っているのだから。


「……帰ろ。」


ホーンラビッドの死骸を持ち、籠に入れた。

昼はホーンラビッドのスープでいいかな。

そして午後からは落とし穴の確認だ。


儂は家にむかって歩き出した。

味を感じないスープに対して憂いを感じながら。

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新作はじめました。 現代日本で騎士の怪物になってしまった男の物語です。 貌無し騎士は日本を守りたい!
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