30.森のアイドル(マッチョ)
グルット達と別れて、5分ほどが経った。
今俺はこうして水源地に向かって歩いてるわけだが、結構遠いな。
いや、別にそこまで遠いという分けでもないのだが、女性や子供が水が入った桶とかを持って往復するには絶妙にキツイ距離だと思う。
この世界に井戸とかって無いのか?
まぁ無かったとしても俺に井戸を作ったりする様な内政チートじみた事を出来る知識はないからどうしようもないけど。
もしかしたら委員長あたりなら知っているかもしれないが、今の俺では聞きに行く事もできないからな。
お!そうこう考えてる内に、遠くに湖が見えてきたぞ!
ここ世界に来てから初めての純粋な水だからな、只の水と言えどもついテンションが上がってしまう。
というか俺この世界に来てから一回もシャワーとか風呂に入ってないよな?
ええと……この世界に来てから何回寝たっけな……あ、一週間以上か。
これはマズイ、人間の尊厳的に。
ブラウを水浴びさせる以前にまず俺が清潔にしねぇと。
俺は高1の夏休みの時ネトゲを部屋にこもって3日間ぶっ通しでやった経験があるから多少不潔には耐性がある方だとは思うが、それでもなお1週間はマズイ。
鎧もトイレの時に一部取ったくらいだし、兜に至っては一回も外していない。
うわ!意識したら急に全身がむず痒くなってきたぞ!
鎧の中蒸し風呂状態じゃねぇか!
まぁこれは良い機会だ。
前の世界みたいに毎日とはいかないだろうが、なるべく三日に一回は洗うようにしよう。
俺は湖の前に立った。
うし、じゃあ鎧脱ぐか。
幸い回りに人は居ねぇしな。
俺は鎧の留め具を外して、次々と装備を外していく。
そして最後に兜を外したとき、水面に写った自分の姿を見て絶句した。
あ、あれ?
なんか前見たときより酷くなってね?
それに前弄んなかった腕とか足も獣じみた形状になってるし、なんでだ!?
俺は必死に城を出てからの記憶を遡った。
そして1つの答えに行き着く。
……恐らく魔力変質による再生のせいだろう。
魔力変質の再生は一旦体を柔らかくして、粘土いじりみたいに傷を塞いでいるから、治したあとが完全に元通りにならないのも無理はない。
もっと早く気づくべきだった……。
自分の顔面を粘土いじりで崩壊させてんだから、そこらへん察するべきだったわ、うん。
俺は再度、自分の姿を見る。
うん、ヤバイな。
どのくらいヤバイかと言うと、前までジャミラだったのが、急にゼットンになった感じ。
ウルトラマン分かんない人からしたら分かりにくい例えだろうが。
とりあえずこの姿を長く見たくないから、さっさと水浴びしてすぐ鎧をつけ直そう。
流石に村人が飲み水にしてる場所に汗だくの体ではいるわけにはいかないので、『魔力変質』バケツを出して、それで水浴びをしていく。
あー、気持ちいい。
しっかし俺の切り札だった『魔力変質』の無限再生がまさか使う度に人間から遠ざかっていく物だとはとは思いもしていなかった。
つかこのペースで使っていったらいつかもうヒトガタでさえなくなる可能性あるな。
それは避けたい。 いつか陶芸の勉強でもして顔戻さないとな。
まぁいくら勉強しても違和感無いリアルな人間の顔を作るのはほぼ不可能に近いと思うが。
俺は手元のバケツを見る。
形は円形にはほど遠く、楕円形に近い。
それに持ち手の部分も細かったり太かったりして、かなりむちゃくちゃだ。
ただ尖ってるだけの槍とかを作るのは簡単なんだが、武器などよりもこういう物の方が作るのは難しい。
しかも『作って』いるのではなく、『生やして』いるので結構不便な事も多い。
どうにか生やした物を自立させられない物か……
そうだ!良いこと思い付いたぞ!
俺は試しに、バケツ自体にではなく手とバケツの繋ぎ目に向かって「消えろ」と言ってみた。
すると俺の狙い通り、俺の手とバケツが分離した。
よっしゃ!成功だ!
これは大分便利になったんじゃねぇか?
俺が熟達すれば、もしかしたら何だって創造出来る様になるかもしれない。
いつか拳銃作って「2丁拳銃だ……!」とかやったり、いっぱい剣出して敵に、「や、奴は無限剣のケンイチ……!」とか言われてみたいものだ。
しかしまずは目先の問題を解決せねばならない。
ブラウと村人の仲を繋ぐのだ。
その為にまずブラウの汚れを洗い流す必要がある。
俺は鎧を着け直し、特大のバケツを2つ作った。
そこに水を並々に入れていく。
俺はそのバケツを両手に持った。
うぉっ!クソ重てぇ!
バケツは鉄で作ってるから壊れないとは思うが、道中で魔物に遭遇したらきついな。
俺はバケツを持って、村を通過した。
途中で何人かの村人が手伝うかと聞いてきたが、大丈夫だといった。
たぶん持てないと思うし、家まで着いてこられても困る。
そしてやっとの思いでバナス大森林の前にたどり着き、入っていく。
これ……大分キッツイな。
足がパンパンになっている気がする。
けどもう少しだ。
もうすぐ家に着く。
「にゃあぁぁ!」
そんな俺の耳に、この森には場違いとも言える、猫の声が聞こえた。
俺が横を見ると、そこには黒い毛並みの愛くるしい猫が茂みから顔をだし、こちらを見つめていた。
やだ……可愛い……!
これはブラウ次ぐこの森のアイドル格になるかもしれないな。
ぜひ仲良くしたい。
「こ、こっちおいで~」
俺が優しい声でそう言うと、猫は嬉しそうな顔をして、茂みから出てくる。
王様は魔物は人類の敵とか言ってたけど、全然じゃねぇか!
仕草まで可愛らしいんだから……もぉう!。
俺は猫の体に目を移す。
2メートルを越える体長に、筋肉隆々な肉体。そして2本に別れた尻尾と、極めつけにはナイフみたいな鋭い爪。
完全に猫……
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【『イーヴィルタイガー』ランクD】
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「キシャャャャャ!!!」
「じゃねぇぇぇ!?」
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【『観察』のレベルが4から5へと上がりました。】
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イーヴィルタイガーが俺に襲いかかってくる。
俺は咄嗟にバケツを地面に置き、イーヴィルタイガーの眉間に向かってさっきグルットから譲り受けたクロスボウを打ち込む。
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【通常スキルに『射撃』Lv1が追加されました」
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「ナォォォォ!」
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【経験値を100得ました】
【齊藤健一のレベルが27から28へとあがりました】
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イーヴィルタイガーは倒れた。
はぁ……はぁ……危なかった……。
やっぱ魔物は人類の敵で間違いないな!
王様やっぱりアンタは正しかった!