19.とある村娘の視点1(sideカーニャ)
「カーニャ!朝だぞ!」
うう、ん……?もう朝か。
お父さんの顔が目の前に映る。
「おはよう」
「ああ、おはようカーニャ」
私はカーニャ、ただの村娘だ。
お母さんは私がまだ小さい時に魔物に殺されてしまって今は先程のお父さんと二人暮らし。
だけどお母さんが居なくて寂しいと思った事は1度も無い。
お父さんが男手1つで私をここまで大事に育ててくれたからだ。
「早く着替えなさい!今日はグルットとバナス大森林にリンボ採りにいくんだろ?グルットが外で待ちくたびれてるぞ!」
そうだった。
グルットさんは近所に住んでる狩人で、お父さんの古い友人だ。昔から私に良くしてくれる。
今日はそのグルットさんと一緒にリンボを採りに行く予定があった。
一週間前から楽しみにしていたんだ。
「わかった」
私は服を取りだし、着替え始める。バナス大森林はとても危険だ。
巨大血染兎、通称『鮮血ウサギ』や『巨大熊』挙げ句の果てには『蒼竜』までもがいる。
しかしそれは奥地には、の話。
村の近くの浅い所にはせいぜいがスライムしか居ない。
スライムはグルットさんどころか私でも対処出来るほど弱い。
なにせ踏み潰せば一瞬で死ぬのだ。
バナス大森林は、この村での生活に無くてはならない物になっている。
水は湖に蒼竜が居座ってるから他で済ませているけど、他の物はバナス大森林で調達しているものも多い。
磨り潰して水に薄めて麻酔として使える『雷神草』、加工すれば塩になる『ルデスの実』そしてこの村の主食である『ジカウモ』などなど、この村はかなりバナス大森林に依存している。
よし、着替え終わった。
早く行かないと。
これ以上グルットさんを待たせてしまうのは流石に申し訳ない。
私はドアを開けた。
「お、やっと来たか」
ドアの向こうには、皮の鎧を着て背中にクロスボウガン、腰にタガーと魔法の短杖をさしたグルットさんの姿があった。
グルットさんは元々冒険者で、依頼中に右目の視力を失ったのを境に故郷であるこの村に帰ってきて猟師をやっている。
「こんにちわグルットさん」
「おう!しかしカーニャ、えらく長かったが森に行くのにおめかししても意味無いぞ!」
「違います。ただ単に寝坊しただけです。」
「ははは!そうか!カーニャは相変わらずだな! 」
そう言いながらグルットさんは私の頭をガシガシと撫でてくる。
髪が乱れるから辞めてほしい。
もっとも元々寝癖で乱れきってるからこれ以上乱れ様がないのだけれども。
「そいじゃ行くとするか!」
「はい!」
グルットさんと私はバナス大森林の方に歩き出した。
「あ、おいカーニャ!」
歩き出してすぐ、一人の少年が私の方に走ってきた。
クセの強い金髪にそばかすがついた頬、そしてこの前私と騎士ごっこをした時にすっころんで折った前歯が絶妙なアホっぽさを醸し出している。
幼なじみのリウスだ。
「バナス大森林に行くんだったらモモン採ってこいよ!俺が騎士団長になった時に2倍にして返してやるからありがたく思え!」
そう言ってリウスはこの前の誕生日にグルットさんに削ってもらった木刀をブンブン振り回しながら走り去っていった。
「おい!人に当たったら危ないから振り回すのはやめとけー!もう削ってやんねぇぞー!」
「わかってるって!俺の剣の制御に抜かりはねぇ!ってうわぁ!」
あ、転んだ。
まあリウスは無視するとして、バナス大森林の入り口に着いた。
私はバナス大森林を見上げる。相変わらず凄く大きい。
見つめていると思わず吸い込まれてしまいそうになるくらいだ。
「カーニャ、行くぞ」
「は、はい」
先程まで人の良さそうな中年だったグルットさんの顔が、バナス大森林の前に立つと、一瞬で狩人の顔に変わった。
クロスボウを左手に構え、状況に応じて使い分けられる様に短杖とタガーの中間に手を添えている。
私とグルットさんは、バナス大森林に足を踏み入れた。
鼻につく緑のにおいが辺りに充満している。
私はこの匂いが好きだ。
私が小さい頃、よくリンボを採ってきてくれたお父さんはいつもこの匂いを身に纏っていた。
これは、お父さんの香りなのだ。
私は手に持っている籠に、次々と果物を入れていく。
リンボがメインだが目についた果物で美味しそうなのはとりあえず全て摘んでいく。
あっ。
奥の方に珍しくモモンがなっている木が見える。
私はその木に向かって走りだした。
当然リウスのためではない。
お父さんやグルットさんのためだ。
「おいカーニャ!それ以上は……!」
「すいませんグルットさん、すぐなので!」
「おい!」
私はモモンの実っている木のふもとに着いた。
低いところにあるモモンをもいでいく。
3つほど採って私が振り返った時、何故かグルットさんは顔面を蒼白にして口をパクパクしていた。
「グレーターベアだと……!?何故こんな浅い所に……?」
小さな声で何か言っている、本当にどうしたんだろう。
おなかでも痛いのかな。
「カーニャ逃げろ!巨大熊だ!」
グルットさんのその叫びに、私は後ろに振り返る。
そこには、私でも知っている壊村級の魔物であり、一撃で大木をも薙ぎ払う破壊の権化、グレーターベアが佇んでいた。
「ゴガァァァァァァァァ!!!」
グレーターベアが吼える。
私の頭はこの状況に着いていけなくて落ち着いているけど、体は利口なもので震えて動かなくなってしまっていた。
「俺が時間を稼ぐ!行け!」
グルットさんは私とグレーターベアの間に立ち、グレーターベアに向かってクロスボウを打ち込んだ。
しかし少しだけ怯んだ程度で、致命傷には程遠い。
「チィ!」
グルットさんはクロスボウを地面に捨て、素早く短杖とタガーを両手に持った。
「早く行け!」
「で、でもグルットさんは?」
「俺の犠牲を無駄にするな!走れ!」
「は、はい!」
私は、グレーターベアと応戦するグルットさんに背を向けて走り出した。
「ゴァァァァァァ!!!」
「……ああクソ!タガーと短杖じゃ殺し切れねぇ!」
後ろからグレーターベアとグルットさんの叫びが聞こえてくる。
私の我が儘のせいで、グルットさんが死んでしまうかもしれない。
あの優しいグルットさんが、
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさい。
私なんかに言う資格は無いのかもしれませんけど、必ず、生きてください……!




