17.蒼龍の影
鼻腔を突き抜ける血生臭い臭いで俺は目を覚ました。
なんだこれ……めっちゃ臭いぞ。
臭いの原因を探るため、横になったまま首だけを動かして周りを見る。
辺りはもう夜になっている。結構長く寝たな。
この臭いのお陰で寝覚めは最悪だが。
「スピー、スピー」
ブラウが幸せそうな表情で眠っている。
コイツよくこんな悪臭の中で眠れるな。
ウサギって鼻悪いんだっけ?知らんけど。
俺は部屋の隅の方を見た。
そこには俺が先程殺して持って帰った魔物達が無造作に置いてあった。
あー………原因絶対これだわ。
俺血抜きとか防腐処理とかやってねぇし、そもそもやり方もわかんねぇ。
これ腐ってんのか?焼けば食えるか?
俺はとりあえずこの悪臭をなんとかするため、『リトルコカトリス』1匹と『グレーウルフ』3匹を頑張って外に出した。
ふぅ、疲れた。
解体とか血抜きとかどうすりゃ良いんだ?
恐らくブラウは調理とかしないし、そもそもウサギって肉食うのか?
ニンジン貪ってるイメージしかねぇぞ。
うろ覚えだけど魚は授業で解体した事あるから、あの要領でやってみるか。
ええと……?まず腹の皮を切って内蔵を出すんだっけ?
俺は鎧の手甲を外したら後、『魔力変質』を使い掌から刃物を生やし、『リトルコカトリス』の腹を切り裂いた。
そうすると、まるで表皮から解放されたかの様に様々な内蔵が腹から出てくる。
うわ!グロ過ぎんだろ!
魚の時はもっと目に優しかった気がするんですけど!?
気を取り直して………
えーっとこのあとは……水で洗うんだっけか。
水なんて用意できねぇぞ。
この森に来てから果物でしか水分を得る手段が無かったし、まさか果汁で血を流す分けにはいかない。
どうしよう。
こんな時に水魔法とか使えたらなんとかなったんだろうか。
勇者補正で使えたりしないのか?
俺は近くにあった適当な木の棒を魔法の杖に見立てて、「アクア!」「ウォーター!」「タイダルウェイブ!」などと叫んでみる。
しかし当然の如く何も起こらない。
……はぁー
近くに湖でも無いかブラウに聞いてみるか。
こんなにデカイ森なんだ。
湖の1つや2つあんだろ。
じゃなきゃ全動物による果汁争奪戦になりかねない。
「おい、ブラウ」
俺は家の中に入り、ブラウを揺すった。
「うーん……何ですかケンイチさん?」
ブラウが眠そうにしながら聞いてきた。
「この近くに水がある所は無いか?」
「1箇所あるにはありますけど……あそこは『リンドヴルム』の縄張りですから入れませんよ」
リンドヴルム?なんか聞いたことあるな。
確か神話のドラゴンの名前だっけ?
そんなヤツが居るんだったらお手上げなんだが、そもそもこの森で一番強いのはブラウじゃないのか?
「ブラウより強いのか?」
これでもし『リンドヴルム』とやらの方が強かったら本格的に湖の周辺1キロ位は寄り付かない様にしねぇと。
「うーん……多分勝てません。遠目からしか見たことありませんけど。」
マジか。
ブラウ以上のヤツがこの森に居るのか。
ここマジで人外魔境じゃねぇか。
よし、絶対水辺には行かねぇ。
水分は今後全て果物や野菜で済まそう。
ブラウの動きさえ目でも追えないのにそんな化物に挑む気は無い。
俺も多少死ににくいというだけで、絶対に死なないわけじゃねぇからな。
できるだけ安全に生きていきたい。
俺の人生に命をかけた激闘とかその末に生まれた友情とかは必要ないんだよ。
俺は雑魚狩ってある程度強くなってそのあと自堕落に過ごせればそれで良い。
元々勇者なんてガラじゃないからな。
精神的に小市民なのだ。
それにもし仮に俺に世界を救う意思と力があったとしても、今の俺は顔面フレンチクルーラーの怪物だからな。
こんなのが勇者なんて人間社会で受け入れられるとは到底思えない。
魔王を倒した後に即お払い箱だ。
だから俺はこの森でチマチマ生きていくことにする。
この森には旨い果物もあるし、ブラウもいる。
俺もその方が幸せだし、きっと身の丈に合っているはずだ。