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化物騎士の森林生活   作者: 幕霧
ベルゼビュート編:蝿皇君臨都市ルビエド. 《アルデバラン》
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135蝿皇君臨都市ルビエド(sideハルメアス)

「たす、けてぇっ!」「ひっ、ひぃぃっ!死にたくねぇ!死にたくねぇよおっ!」「あは、ははは。悪い夢よ。こんなの……」

「隊列を乱すなぁぁぁっ!一匹ずつ対処しろ!」

「む、無理です!やつら、速すぎます!」


天に踊る万を優に越えるであろう蝿の群れが、人々を食い荒らす。

それは最早『狩り』とすら呼べぬ光景であった。

まるで皿から食い物をつまむ様な。

あるいは花壇から花を摘む様な。

無機質で無感動な、『補食』だけがそこにはあった。


『ブ、ガ、グ、グ、グ、グ、!』


「ちいっ!」


私の方に寄ってきた一匹めがけ、全力で剣を振り下ろした。

それはヤツの頭部へクリーンヒットしーー


ーー弾かれた。


「なにっ……!?」


『ギィ”ィ”ィ”ィ”!』


……硬すぎる。明らかに生物の範疇ではない。

腕が鎌状に変化した蝿の攻撃を紙一重でなんとか回避しながら、私はそう思考していた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

【『ベルゼビュート・ディヴィジョン』ランクA- 】

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「なっ!?」


傾国級(Aランク)、だと?

一匹でも国を脅かす怪物が、一万匹以上?


ーー冗談じゃない。


「蒼炎よ、焼き尽くせ!」


「ゲァ“ァ“!?」


煙を上げながら地へ落ちる蝿の間接部へ剣を差し込み、絶命させる。

……全力の、『蒼炎魔法』でも羽を焼くだけか。

しかもこれでもう魔力は半分しか残っていない。まずいな……


「誰か、助けてよ!」「死にたくねぇ!助けてくれ!」

「この子を残して死ぬわけにはいかないのよ!」


ーーでも、たくさんの『誰か』が、私に助けを求めている。


「助けるさ……!」


全方位から襲い来る蝿を、ありったけの魔力を注いだ『魔導防壁』で防ぎながら、ひた走る。


『ゲ、ン“ン“ン“ン“!?』


ーー1匹。


『ヂ、ヂィ”ィ”ィ”!?』


ーー2匹。


『ホ“ゴ、ゴ、ゴ!』


「さんび、き!」


やっとの思いで三匹目を倒した所で、魔力が尽きる。

ガクンと膝が崩れる感覚と共に、何十匹もの蝿に包囲された。

恐らく『それなりに脅威』と判断されたのだろう。


「は、はははは……困った、な……」


『ギィ”ィ”ィ”!』


「ぐっ……」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

『ハルメアス。死ぬ程怖い時はな、死ぬ程笑えば良いんだ。』

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


幾重(いくえ)もの刃に体を刻まれる感覚の最中、私は不思議とかつての事を思い出していた。

……走馬灯、というやつなのか。ロクな人生ではなかったが、不思議と少しだけ穏やかな気持ちになった。

それと同時に、血を流し過ぎたせいか猛烈な眠気が襲ってくる。


(少し、休むか……)


微睡みに意識を開け渡し、世界が遠退く。

……ああ。確か、“あの日“もこんな具合だったか……




■十五年前:sideハルメアス


「君、神様は信じるかい?」


「……は?」


その男は、あたかもそれが世界共通の挨拶だとでも言わんばかりに、スラムの路傍に座り込む『俺』へ問い掛けた。

とても天気が悪く、涙を流す無彩色の曇天から、時折雷鳴が鳴り響いていたのを覚えている。


「君、神様は信じるかい?」


まるで先程の焼き写しの如く、同じ事を男は言った。

優しげな笑顔が、余計にその不気味さを引き立てている。


「……信じる分けねぇだろ。もし”かみさま”なんて代物が居たら、俺みたいな孤児は生まれる筈無い。……で、あんたは誰だ?なんでそんな事を聞く?」


「うんうん。そうだね。神様なんて居ないね。」


男は俺の質問に答えず、頷きながら心底嬉しそうにクツクツ笑った。


「だから、てめぇはーー」


「僕と、来ようか。」


「ーーへっ?っておわっ!?」


急激に視界が反転する。

『担がれた』と理解するのに時間が掛かった。

とにかく俺はどこかに誘拐されそうになっている。


「っ、おい!離せよ!」


「はなぁー、はみじかしぃー、恋せよ乙女ぇー。」


「聞けよ!」


男は独特な歌を口ずさみながら、どんどん歩いていく。勿論俺を担いだまま。

暴れても全く拘束が緩まない。

どんな力してるんだ、こいつ。


「着いたよ。」


数分歩いた後、男は急に立ち止まった。

男の視線を追った先には、石造りの建物がある。


「……なんだ、ここ。」


「君、さっき僕が何者かって聞いてたね。」


男は変に仰々しい口調でそう言った。

それに対して俺が無言で頷くと、上機嫌そうに続ける。


「僕はね、幸せ屋さん(ピースメーカー)さ!”正義の味方”とも呼んでくれて構わないよっ!」


「は?」


建物の扉を良く見ると、確かに達筆な字体で『幸せ屋さん』と刻んであった。


「ああ……」


「ちょっと、そんなあからさまに頭がおかしい奴を見るような目しないの。とにかく入ろう!」


抵抗の無駄を悟った俺は、手を引かれて扉の前に立った。

遠くからでは気が付かなかったが、中からはドタバタと何やら騒がしい音がしてくる。


「ただいまー!」


扉の向こう側には、沢山の子供が居た。種族も年代もバラバラで、人、獣人、エルフまでいる。


「おかえり兄ちゃん!……あれ、その子、誰?」


唖然としていると、年長者らしき女が歩み寄ってきた。

……年は十六程か。俺より三つ上だ。

金色の髪を後ろで纏めており、如何にも世話焼き、という印象を受けた。


「うん。新しい”家族”さ。ほら、自己紹介しなさい。」


男が背中をパンパン叩いてくる。

こんな奴に名前など言ってやるものか、と思ったが、金髪の女がやけに真っ直ぐな瞳で見詰めてくるから、思わず口を滑らせてしまう。


「……ハルメアス。」


「へぇ、じゃあハル君だね!ハルメアスだと、なんか貴族様のお名前みたいだし!」


ずいっ、と顔を近付け、握手の手を差し出してくる。

反射的に手を取ると、女はとても良い笑顔になった。


「私はね、アルシアっていうんだ!よろしくね!」


何がよろしくなのだろうか。

俺をここに連れてきたこの男は、”新しい家族”などと抜かしていたが……


「おっと、僕も自己紹介しなきゃだね。」


男は、顔に手を当てて頭痛が痛そうなポーズを取る。

そして片眼を閉じ、上体を変に傾けた妙な構えで名乗りを始めた。


「僕こそは!このバリスヒルド王国第三王子!ガルリアス・バリスヒルドさ!」


ーー俺は、自分の呼吸が一瞬止まるのを感じた。

ガルリアス・バリスヒルドは……、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()筈なのだ。

……生きて、いたのか?


それに良くみればこいつの黒髪黒目は、王家……初代バリスヒルドの血統の特徴だ。

俺は、想像以上にとんでもない奴に捕まってしまったのかもしれない。


「こんな場所に居られるか!俺は寝床に帰るぞ!」


「待った!それは死亡フラグってヤツだよ!それに君が僕の素性を言い降らすと、僕が消されるからねっ!もう逃げられないよ!」


「嫌だぁぁぁ!」


扉から出ようとした俺を、ガルリアスが必死の形相で羽交い締めにしてきた。

それを遊びだと勘違いしたのか、遠巻きに様子を伺っていた小さい子供達が、笑顔で覆い被さってくる。

クソ……余計に逃げにくくなってしまった。



「……逃げる気は、失せたかい?」


「……はぁ、はぁ……ああ。なんかもう疲れたよ……」


話を聞いた限り、ここは孤児院みたいな物らしい。

ガルリアスは最後まで『幸せ屋さん』だと言い張っていたが。


俺はとりあえず、ここで世話になる事になった。

普段ならこんな話まず受けないが、今回は冬季が近い。

スラムの冬は地獄だ。食い物だけじゃなく、寝床さえ取り合いになる。

冬季を越せるかも分からない俺にとっては、そこまで悪くない話だった。


「じゃあ、これからよろしくね。ハルメアス。」


「……ああ。頼む。ガルリアス……様。」


「ははは!様付けなんてしなくて良いよ!『お父さん』と呼んでくれ!」


「「「気持ち悪い!」」」


「なんでさ!?」


孤児院のほぼ全員にそう言われ、ガルリアスはガックリ項垂れる。

小さい子達からは更に『ガル、きもいー!』などと追い討ちを掛けられており、立ち直るのには時間がかかりそうだった。


「……ふっ。」


俺はどうしてかその光景に、長らく忘れていた『家族の温もり』とやらに似た感情を抱いていた。

冷めた心の奥の奥に、暖炉の炎が灯る様な感覚。

不思議と、悪い気はしなかった。



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新作はじめました。 現代日本で騎士の怪物になってしまった男の物語です。 貌無し騎士は日本を守りたい!
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