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化物騎士の森林生活   作者: 幕霧
ベルゼビュート編:蝿皇君臨都市ルビエド. 《アルデバラン》
130/138

130."かみさま"との出会い

寒々としたスラムで、その少女は静かに横たえていた。

くすんだ黄金の髪を土で汚し、飢えと乾きに支配されながらその短い命が終焉を迎えようとしている。

痩せさばらえた体には、欠片の生気も無かった。


良くある話だ。貧乏な夫婦が、"ほんの間違い"で生んでしまった子供をスラムに捨てるのは。

この年まで生きてこれたのが奇跡のような物だったのだ。

ゆえに、今死のうとしている事に、少女はなんの疑問も持たなかった。


「おなか、すいた……」


そうだ、珍しい話ではないのだ。


『ーー人の子よ、なぜ恐れぬ。』


「……へ?」


ーー特大の異分子(イレギュラー)が、彼女に興味を持つまでは。


その声の主は、ヒトではなかった。

形容するならば、片羽の無い巨大な蝿、と言うのが最も相応しいだろう。

分かり易く、そして恐ろしい異形の怪物だ。

だが幼く、衰弱し視力をほとんど失った少女の目にはーー


「かみ、さま?」


『……なに?』


目の前の蝿が、救済者(かみさま)に見えていた。

少女のもっとも古い記憶は、教会だった。

両親は、ひとまず教会へ少女を預けようとしたからだ。

結局断られたのだが、その協会の壁に描かれていた絵を、少女は忘れられなかった。


やさしい神様が、人々を救う逸話が、いくつかの壁画で描かれていたのを覚えている

苦しみに満たされた少女の人生で唯一、『優しさ』を感じた瞬間だった。

だから、『目の前のこの人は羽根が生えているから神様なのだろう』と思ったのだ。


「えへへ、かみさまだ……」


『ぬっ……!?おい、なんだ貴様は!抱き付くんじゃない!普通急にでかい蝿が出てきたらビビるだろう!』


逃げられるのを予想していた蝿は、この上無い笑顔で抱きついてきた少女に面食らった。

それを振り払おうとして、蝿は気が付く。

絡み付いてくる少女の腕に、全く力が感じられないことを


『……最早、一刻の猶予も無いな。ちゃんと戦える奴が良かったが、妥協するか。』


蠅の足の一つが、少女の口へ伸ばされる。


『死ぬほど痛いが……我慢しろよ。』


「むぐっ……?」


口に入ってきた異物に、少女は呆けた声を挙げる。

そして、次の瞬間、気が狂いそうな程の圧倒的な痛みが彼女を襲った。


「ーーーーーーーー!?」


『インストール:ベルゼビュート。適合率97%……ほう。肉体は貧相だが、これはかなりの掘り出し物を見つけたかもしれんな。』


全身に駆け巡る、細長いなにか。

頭、胴、腕、脚、爪先に至るまで、身体の全ての場所が恐ろしく痛む。


「ぅ、あがぁっ、うあぁ!」


ーー痛い、熱い。


助けを求めるように天へ突き出した手が、空を切った。

そして、どれだけそうしていただろうか、ある時ふっ、と、痛みと飢えが消えている事に気が付いた。


「あ、れ……」


『成功だ、人間の雌。これで貴様は私の正式な"宿主"とあいなった。』


「おな……か、すいて、ない?」


少女は、自分の腹を触った。

生まれた時からずっと付いていた鎖が、消えたような感覚だった。


『ククク……目は見えるようになったか?どうだ、恐ろしいだろう?貴様は、怪物と一体にーー』


「っ、ありがとうございますっ……!かみさま……!」


『……へっ?』


少女は、ぼろぼろと大粒の涙を流しながら、目の前の蝿に感謝の言葉を紡ぎ続けた。

静かに、しかして激しく。溢れそうになる熱い何かを堪える様に、言い続けた。


『貴様……イカれてるのか?虫に体を体を掻き回されたのだぞ。幼子とは言え、そのぐらい分かるだろう。』


「ありがとうございます……ありがとうございます……!」


『……話にならんな。』


ため息を付きながら、蝿は静かに空を仰いだ。

岩石みたいな曇り空に、少しだけ光が差し込んでいるのが見えた。


■□■


『……落ち着いたか?』


「はい!おちつきましたっ!」


絶対落ち着いてないだろう、と心の中で言いながら、蝿は話を進めることにした。


『まず、貴様の名を聞いておくか。ずっと"貴様"ではいささか不便だからな。』


蝿がそう言うと、少女の笑顔に少しだけ影が射した。


『はっ、どうした、名も言えんか小娘?』


「……あの、おとうさんとおかあさんが、なまえをつけてくれるまえに、わたしをすててしまって。」


『……え、マジか。あっちがう……ごほん、それは(まこと)か?』


「まじ……?ええと、まじ、ですっ!」


何時の世も、人の業とは深いものだ……と、蝿はしみじみ思った。


少女は、蠅の質問に答えられなかった事に酷く不安になっているらしく、蝿が怒っていないかちらちら見ていた。


『ならば、まず私の名を言うとするか。』


蝿は、そんな少女を安心させるようにゆっくりと目線を合わせ、自らの名を口にする。


『我が名は、泣く子も黙る魔王軍七大罪が一柱。"暴食のベルゼビュート"だ!永らく遺跡に封印されていたが、最近でっかい変なウサギのパンチで封印を解かれた。』


「ぼうしょくの、べるぜびゅーと、さま。」


たどたどしい口調で、少女は何度もその名を口ずさんだ。

その口調が無感情な物から、いつしか童謡の様にリズミカルになるのに時間は掛からなかった。


「べるぜっ!びゅーとっ、さまっ!」


『……おう。それは良いとして、まず、貴様にやってもらう事が幾つかある。』


「はい!」


少女の迷い無き返事に気分を良くし、ベルゼビュートは、尊大な口調で続ける。


『魔物を殺し、肉を喰らえ。』


「まものを……?」


『ああ、まずは力を付けねば何も成せんからな。』


そう言いながら、ベルゼビュートは短く『ステータス』と唱えた。


ーーーーーーーーーーーーーーーー


『ベルゼビュート』

ランク:A++

状態:通常

Lv:1/1


HP20/20

魔力45/50

攻撃力2

防御力100

魔法力0

素早さ50


通常スキル:

分体作成:LvMax

パラサイト:LvMax

自己再生:LvMax


固有スキル:

『システム:グラトニー』


耐性スキル:

無し


称号スキル:

暴食:LvMax

国落とし:LvMax

災禍の羽音Lv:Max


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


『この通り、今現在私はスライムと死闘を演じられる程度には弱い。』


展開されたステータスを、少女はポカンとした目で見ている。


しまった、舐められたか。ベルゼビュートがそう思い、ステータスを閉じようとした時ーー


「ごめん、なさい、わたし、もじ、わかりません。」


今度は、涙を流しながら、申し訳なさそうに少女が告白したーー


『あああ!泣くな泣くな!私が悪かった!』


「がん、がんばって、おぼえますから、ひぐっ、すてないでください……!」


『捨てないってば!私はお前の両親とは違うのだ!命を預かる身として、途中で投げ出すなど許されんのだっ!』


『よしよし』とベルゼビュートは少女の頭を撫でた。

そうすると少女は、主人にすり寄る犬の如く頭をぐりぐりとベルゼビュートに押し付ける。さながら、ぱたぱたと振られる尻尾が見えそうな程に。


『とにかく、だ。まずは拠点が要るな。そして貴様の武器も要る。ええとつまり……そうだ、金が要るのだ!』


「おかね……あぁぁ……、ごめんなさい、わたし、もってなーー」


『そんな事は百も承知だ!稼ぎに行くぞ!あと、隙有らば泣くの辞めろ!』


先手必勝、と言わんばかりにベルゼビュートが少女の慟哭をブロックした。

そしてすかさず話題を変える。蠅のトークセンスが光った。


この蝿は50話ふきんで、遺跡に居た個体と同一ですね。

ちなみに、封印を解いた主人公に『災禍の元凶』が付いた原因でもあります。

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新作はじめました。 現代日本で騎士の怪物になってしまった男の物語です。 貌無し騎士は日本を守りたい!
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