129.淡き夢の終わり(side高星清太)
章名がしっくり来なかったので、ローマ字から通常の物へと直しました。
アルデバランの星言葉は、『後に続く者』です。
この日、俺とハルメアスさんは、俺の『バリスヒルド式防衛剣術』がレベル三になった記念として城下町に来ていた。
「あら、ハルメアスさん今日は非番なの?」
中央通りを歩いていると、屋台で鳥を焼いていたおばあさんが呼び掛けてきた。
ハルメアスさんは、街を歩いていると良く話し掛けられる。
と言うか、城下の人とは大抵知り合いだ。しかも、その多くの人が、過去ハルメアスさんに助けられた人らしい。
中には命を救われた人もいる。
「……さっきのお婆さんとは、何で知り合ったんですか?」
「昔、この近辺の職人たちは、はぐれ冒険者たち……まあ、ヤクザ紛いの連中に『場所代』として売上の大半を搾取されていてね。相当規模の大きい集団だったから騎士団もやむなく放置していたのだが……」
「だが?」
「私が単独で潰したよ。あの時は本気で死ぬかと思ったな。」
『良い思い出だ』と笑いながら、ハルメアスさんはさっきの屋台のお婆さんから貰った串焼きを二本こちらに渡してきた。
「……凄いですね。誰かのために、本気で自己犠牲出来るなんて。」
自らの危険を省みずに他人のために動ける人間は、本当に凄い。
きっと、自分では一生届かない。
「……いや、違う。私は、私のために人を助けているんだ」
「……どういう事ですか?」
困惑したように問い掛けた俺へ少し微笑んだあと、ハルメアスさんはゆっくりと語り始めた。
「人と言うのは……基本的には、自分が一番大切だろう?」
「……はい。」
「でも、自分以外の何かを心から愛おしく思ったり、その何かのために命を捨てられる生き物でもある。それができた瞬間、人は……」
「人は?」
「……きっと、何よりも幸せに成れるのだろうな。……私を助けてくれた人はみんな、笑顔で死んでいった。」
いつもは断言するこの人らしくない、推測を含んだ声色だった。
……この人も、まだそれができていないのだろうか。
「……怖くないんですか?そんな事続けていれば、いつかは死んでしまうかもしれない。」
「ははは、怖いね……死ぬのは。その先には何も無いからね。……だから、いつか君が"命の使い所"に直面したときのため、一つおまじないを教えてあげよう。」
「おまじない?」
俺が呆けた声を上げるとハルメアスさんは、まるで陳腐なヒーローの様に、天に人差し指を指し示しながら『そうさ!』と言った。
「これだけで限界のちょっぴり向こう側に行ける、魔法の片道切符さ。」
掲げた掌をぎゅっと握り締め、その大きな手を俺の前に持ってくる。
そして軽く俺の胸を叩きながら、力強く、口角をこれ以上無いぐらいつり上げて笑った。
「"死ぬほど怖いから、死ぬほど笑うんだ"!」
冗談めかして言ったハルメアスさんは、とても優しい声をしていた。
……なんだよ、それ。
「……そんなの、ただの精神論じゃないですか。」
「確かに精神論だ。だが、これが土壇場で効いてくるのさ。覚えておいて損は無い。」
俺は、納得出来なかった。
そんな、根性だけでこの人みたいに成れるとすれば、今までの自分の努力を否定されている気がして。
最終的には、才能の世界だろう?
この人には才能があって、俺には無かった。それだけの話だ。
そこにそれ以外の決定的な差など存在しない。
「……結局はーー」
「っ、セイタ!耳を塞げ!」
ーー焦った様子で言ってきたハルメアスさんに『え?』と返す間もなく、俺はその原因に気が付いた。
ーー世界が震えていたのだ。
地震などとは根本的に違う、"音"による、空気の振動。
塞ごうとして触った耳からは、赤い血が流れている。俺の口から小さな悲鳴が出た。
どうしようもなくなって、ハルメアスさんの視線をなぞらえるように空を睨むと、その発生源に気が付いた。
「空が、黒い?」
……否、違う。
あれは、蝿だ。無数の巨大な蝿が発生させる羽音が折り重なり、さながら大規模の音爆弾のような結果を伴わせている。
「ベルゼ、ビュート……!」
ギリッ、と効果音が着きそうな程に歯を食い縛り、その笑顔を憎しみに塗り替えたハルメアスさんが、そう言った。
……べるぜ、びゅーと?あの蠅の名前か?
「セイタ!建物内に逃げるぞ!」
「は、はい!」
俺はハルメアスさんに手を引かれ、近場の建造物に入った。
そのお陰で轟音はマシになり、マトモに会話できるようになる。
「……セイタ。君は逃げろ。あれには絶対に勝てない。仮に成長しきった勇者が束になったって一欠片の勝機もない。」
勇者が束になっても……?
あの蠅の群れが、そんなに脅威なのか?
「……三百年以上前、今よりもずっと人間の力が強かった頃。大陸には多くの国家がひしめいていた。」
蠅の力に懐疑的な俺を尻目に、ハルメアスさんは静かに語り出した。
「その時代は小国でさえ、現在ならば一国で大陸制覇できる程の軍事力を持っていたんだ。」
小国でさえ、一国で大陸制覇……
でも、それがあの蠅に何の関係があるんだ?
「あの蠅に、どんな関係がーー」
「ヤツが、減らしたんだよ。二百あった国家を、現在の三つへと。」
「……はっ!?」
「……正確には、『七大罪シリーズが』と言うべきか。」
その後もハルメアスさんはあの蠅について色々と説明してくれたが、俺の頭には入ってこなかった。
……この、国は、終わりだ。
正直、この章が描きたくて化物騎士の森林生活の連載を始めたみたいな所さえあります。
以前までとは毛色が違うかも知れませんが、どうぞご覧ください。




