127.執着
村から出た俺は、グレイを抱えながら夜の森道を歩いていた。
ふと空を見上げると、そこには青みがかった大きな月と、その周りに散りばめられた宝石みたいな星々が煌めいている。
「……今夜は、満月か。」
肉体再生の代償でぼやけた俺の視界にもハッキリと分かるソレは、とても美しかった。
「これから、どうするか……」
長老は、この地に長く留まれば龍の病になってしまうと言っていた。
ブラウも、ハーネスも、グレイだって危ないだろう。
でも、この森から出るとして、何処に行けば良いんだ?
俺は王都以外にはこの世界で人が住んでいる場所を知らないし、そもそも人里にはブラウを連れていけるか怪しい。
方法は無くも無さそうだが……考える必要があるな。
「ん……ぅ……ここ、は?」
俺の思考を分断する様に、胸元から声がした。グレイが目を覚ましたのだ。
「……おぉ、グレイ。」
「え、あ、え?どうして、騎士様が上に、と言うか、僕今どうなって……」
ひどく混乱した様子のグレイは、自分の中の足と背中に回された手を見てやっと『持ち上げられている』と気が付いた様だった。
「こ、これ、お姫様抱っこ……っ!い、いや!そうじゃなくて!今どこに向かってるんです!?確か、僕はカーニャと騎士様を探しに森に来て……それで……?」
「着けば分かる。」
混乱して暴れるグレイを抑えながら、俺は家に入った。
中にいたブラウは驚いていたが、これ以上グレイを錯乱させる分けにもいかないので『喋れないフリしとけ』とアイコンタクトするとブラウも小さく頷いた。
「お、大きい、ウサギ……?」
「俺の召喚獣でな。ブラウという。」
「キ、キュキュー!」
いかにも小動物と言う感じの鳴き声をあげたブラウを、グレイは呆気に取られて見ている。
その表情からは驚きというより困惑が浮かんでいた。
「あ、あの、騎士、様……?」
「どうした?どこから見てもただのウサギだろう。それともなんだ、魔族にでも見えるか?あ、サイズについて言うのは無しだぞ。」
「え、えっと……」
畳み掛ける様に言った俺を見て、グレイは何故か気まずそうな顔になった。
な、なんでだ?腕四本の熊とかも居るんだから、デカイウサギが居ても不思議じゃないだろ?
「何か、おかしい点でもーー」
「ウサギって、鳴きませんよ?」
「えっ、」
「キュ……えっ、」
「……えっ?いま喋りませんでしたか……?」
ブラウが、とてつもなくテンパった顔でこちらに助けを求めてきた、だが俺もかなり動揺している。
……マジか、ウサギって鳴かないのかよ。鳴くどころか喋れるブラウはもうマジでウサギとは呼べないな……
「キュッ……キュゥゥゥ!」
「えぇ……?」
ブラウはヤケクソになって、その鳴き声で突き通すつもりらしい。
その表情は鬼気迫っており、『自分はきっとウサギなのだ』と言う自らの存在証明を賭けてさえいる様に見えた。
「わ、分かりました。ウサギは鳴くって事で良いですから!二人とも詰め寄らないで下さい!サイズ的に圧迫感がすさまじいです!」
「そ、それで良い!」
「キュッ!」
ブラウが詰め寄るの辞めると、グレイはほっとした顔になった。
そりゃそうだ。ブラウの毛皮はさっきの戦闘でまた血濡れになっているし、そうじゃなくても熊サイズのウサギが近付いて来たら怖いだろう。
「……あの、それは分かりましたけど。」
「なんだ」
「カーニャは、どこに居るんですか?」
ーーその質問に、俺はすぐに答える事が出来なかった。
それを説明するにはまず、村が無くなったことをこいつに言わなければならないからだ。
クレイにとって自分の故郷が消えたのはショックだろうし、自分が他の村人達に置いていかれたと知ったらショック所じゃないだろう。
「……」
「騎士、様……?」
黙り込んだ俺に不穏な物を感じたのか、グレイの灰色の瞳が不安気に揺れた。
確か……村人達は、王都に行ったんだったよな。
こいつも送ってやるか?……でも、長老が言っていた『グレイはこの村以外では生きていけない、差別にあって殺されるのがオチだ。』と言うのも気になる。けして信用できる人間ではないが、ハッタリにも聞こえなかった。
「カーニャは、僕が守らないといけないんです。じゃないと、あの日なぜ生き残ったのか分かりません。カーニャのお兄さんに託されたんです。こんな、下賎な僕に……大事な妹を。生まれて初めて人が頼ってくれたんです。だから僕はーー」
「わ、分かった!分かったよ……あ、あの、ええっと、あ、あの、な……」
そ、それはさておき……どうしよう!なんて言おう!?
こいつカーニャにかなり執着してるっぽいし、グルットに連れてかれたと知ったらどうなるか……!
俺は、ブラウに耳打ちで相談した。
(ブラウ、何て言えば良いんだろ……?)
(……よく分かりませんが、私に任せてください!)
決意に満ちた瞳で言ったブラウは、とてとてグレイに近付いて近付いていく。
た、頼むぞ……!
ツンツン
「な、なんですか?」
「きゅうんっ!」
【ブラウは、グレイに可愛いポーズをした!】
「……騎士様、どうしてこの召喚獣は僕に向かって変なポーズをしているんですか?」
「キュ……ッッッ!?」
【しかし、効果が無かった!】
【ブラウは(心が)傷付き、倒れた!】
「キュ、ウ……がくっ。」
「ブラァァァウ!」
こ、こいつ!折角ブラウが可愛いポーズをしたのになんだこの仕打ちは!
「グレイ!謝りなさい!早く!ブラウ泣いちゃうだろ!」
「キュゥゥ……(うっ、うぅ……良いんです、どうせ私は……)」
「え、ああぁ!?ごめんなさい、ごめんなさい……?」
俺の剣幕に驚き反射的に謝ったグレイは、どうして自分が謝っているのか分からない様だった。
嘘だろ……ブラウの可愛さが通用しない人間がこの世に存在するなんて……




