124.夢砕く聖剣
追い詰められた俺が最初に取った行動は、唯一の勝機である屠龍聖剣に向かって全力で走る事だった。
本来なら、俺とこいつは百万回やったって一度も勝てない位のステータス差があるのだ。まずは、ゼロをイチにする努力をするしかない。
「させるかよ。」
「っう!?」
もう一寸で届く。と言う所で急に俺の右腕が……いや、空間自体が湾曲した。
肩からネジ切れ、腕がもげ飛ぶ。
それを咄嗟に再生し、俺は後ろに退いた。
「なんだ、それに頼らなきゃ何もできねぇか?」
『空間制圧』と言う言葉の意味を、今一度理解した。
文字通りこの空間はアイツの制圧下にあり、全ては掌の上なのだ。
嵐を巻き起こし、時空をねじ曲げ、重力を支配する。
まるで『神』だと思った。……いや実際、この結界の中じゃグルットは神に等しい力を持っているのだろう。
「もう、終わりにするぞ。」
「……」
「……おい、何もしないのか?」
……何もしないんじゃない。できないのだ。
少しでも動けば『空間制圧』で全身を捻じ切られる。
万が一それを突破できてもその先に待つのは台風地獄。
そして何かの間違いでグルットを間合いに持ち込めても、単純なステータスでぶっ潰される。
技、力、応用、武器、頭脳、全てに於いて負けているのだから、一体どう勝てと言うのだろうか。
「お前は……ここで、終わって良いのか?」
グルットの声は、僅かに震えていた。
「ああ、このままじゃ終わりだろうな。」
俺が本当の事を言うと、グルットは少し失望した顔になる。
「最後に、言い残したい事はあるか?」
「そうだな……見逃してくれないか?」
肩をすくめて言った俺に、今度はあからさまにグルットが顔をしかめたのが分かった。
こいつは俺に『自分へ立ち向かってくる』なんて答えを期待していたのかもしれないが、これは流石に″詰み″だ。
ドッ、ドッ、ドッ、ドッ、
「……お前は、そんな簡単に諦める人間じゃねぇだろうが。」
「俺は、諦めてなんかいない。」
「何が言いたい?お前が俺に勝つのは不可能だ。」
グルットが奇妙な物を見る顔になった。
まだ、俺には『アイツ』がいるんだ。
……時間は十分に稼いだ。さっきの爆音のお陰で場所は分かってるハズだしそろそろ頃合いだろう。
ドッ、ドッ、ドッ、ドッ、
「そうだな……俺では無理かもしれない。」
「何が言いたい……?なんだ、この音。」
その時グルットはやっと、遠くから凄まじい速度で何かが近づいてくる気配に気がついた様だった。
ピキ、
「来い、ブラウ!」
瞬間、結界が震えた。
まるでブルトーザーでも体当たりしてきた様に一部がへこみ、バリケードを維持する武具同士の結合が弱まっている。
「暴風極界が……!?」
グルットの顔が初めて、驚愕に染まる。
そして二回目の突進で開いた穴から、見慣れたうさぎ顔がひょっこりと顔を出した。
「物凄い音がしたから来てみたら……やっぱり。」
ブラウが結界内に入った。
グルットはそれを見て、拍子抜けしたような表情をしている。
どんな化物が出てくるかと思って身構えていたら、うさぎが出てきたからだろう。
……だが、こいつは知らない。目の前にいるそいつこそが、祟り龍をも遥かに凌ぐ怪物だということを。
「下級魔族、か……?まぁ良い。数が増えようと同じことだ。」
グルットがブラウに向け手をかざすと、そこには可視できる程に激しく渦巻く空気の塊が発生した。
腕を振り下ろすと、それは弾丸の様な速度で打ち出される。
「っ!」
ブラウはそれを、腕を振りかぶって掻き消した。
だが無傷ではすまず、毛皮から僅かに血が滲んでいる。
「……ケンイチさん。あの人、強いです。私でも手こずるかも知れません。……いえ、もしかしたら……」
その後に続きそうになった不安を打ち消すように、ブラウは首を左右に振った。
……こいつでも、厳しい相手なのか。今のグルットは。
「最後の最後で……ヤバイのが来ちまったな。」
自分の攻撃が防がれたのを見て警戒を強めたのか、グルットが初めて『構え』を取った。
大剣『クウガ』を逆手に持ち自分の前へ。大剣『アマネ』は地面スレスレの位置で静止している。手を使わないクラウチングに似た極限の前傾姿勢は、数秒後に襲い来る爆発的なスピードを予想させてきた。
「ブラウ、来るぞ!」
「もう来てます!」
空気の弾ける音がしたと思ったら、目の前に大剣を振り上げるグルットがいた。
俺には見えなかったがブラウには見えていた様で、攻撃を腕で防いでいる。
俺は屠龍聖剣を回収して、ブラウと拮抗し動きの止まったグルットの背後に回り込み、斬り込んだ。
刀身から放たれる深紅の粒子が、その背の鱗を削り取っていく。
「雑魚がァ……邪魔すんじゃねぇぇぇっ!!!」
痛みと怒りに染まった表情のグルットが、旋回しながらこちらに大剣を叩き込んで来た。
咄嗟に腕を挟み込んだが、それごと上半身を切り飛ばされる。
くっそ痛ぇ、でも注意はこちらに向いた!
「やれ!ブラウ!」
「はい!」
「マズ……っ!?」
背中を向けたグルットに向けてブラウが拳を構えた。
グルットの表情は焦りに染まり、防御しようとする。
二振りの大剣を十字に携え、中心の位置でブラウの拳を受け止めた。
一瞬拮抗したが力ではブラウが勝っている様で、大剣の刃とそれを握るグルットの腕が砕けていく。
「ぐあぁがぎぃぃぃ……!ヴラアァァァ!!!」
傷口から漏れ出た黒い泥が、巨大な腕を象りブラウを押し返そうとする、しかしそれでもまだグルットが力負けしていた。
そしてついにーー
パキ、ペキ、パキャン
ーー双勇者の大剣が、砕け散った。
「ぐ、ふ……っ。」
ブラウの拳をマトモに受け体の四分の三程が消し飛んだグルットは、十メートルぐらい先の木にぶつかり、吐血している。
しかし瞳に宿った闘志は未だ衰えず、残った右腕だけで双大剣の残骸に向けて這いずろうとしていた。
……あれで、死んでないのか。
「まだ、まだだ……まだ終わってない……!俺は、″真龍″に……」
双大剣が砕けたお陰なのか、周囲を覆っていたバリケードが灰になって消えていく。
竜巻の群れも、嘘みたいに掻き消えた。
「……ケンイチさん。トドメ、刺しますか?」
「いや……お前に人殺しはさせたくない。俺がやる。」
俺は下半身を再生し、グルットに歩み寄る。
グルットの体はもう僅かな胴と右腕しか残っておらず、傷口の断面からは泥が断続的に吹き出ていた。
「まだ、まだ……終われないんだよ……」
「……じゃあな、グルット・ゼルレイド。」
『早く龍の血が吸いたい』とばかりに哭き喚く屠龍聖剣を、俺はグルットに降り下ろしたーー
「お前とは、″友人″なんてのに成れると思ってたよ。」
「ァ、あ……」
『キシィィィ!』
鱗を抉る屠龍聖剣が歓喜に打ち震えながら、肉と血を啜っていく。
そして数秒後、出来の悪い操り人形の様に、グルットの体はダランと力を失った。
「……思ったより、悲しくないな。」
……親しかった人間を殺しても何も感じない自分に苛立ち、俺は舌で唇を湿らせる。
初めての『ヒトゴロシ』は、冷えた血の味がした。
【″ドミネーター″『勇者クウガ』を淘汰しました。龍因子及び固有スキルの譲渡を開始します。】




