122.『白痴の龍』
俺がカーニャとグレイを抱え走っていると、背後から木々を薙ぎ倒しながら何かが追ってきているのが分かった。
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【『″白痴の白龍″グルット・ゼルレイド』ランクB+】
【製龍■■■■■、自ら■■■■■■■。】
【双大剣■■■■■、記憶■消■。】
【■■■《■■■■■》。】
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は、はぁ!?ランクB+!?
勝てねぇ、ぜってぇ勝てねぇ!
二人背負いながら逃げ切れる相手じゃねぇぞ!
しかも、こいつやっぱりグルットなのか……?
姿は人間と言うより祟り龍に近く、今なお成長過程の様で肉が隆起したり背中から翼が伸びたりしている。
「寄越せ、お前の龍因子を……!」
気付けば、すぐそこまでグルットは迫っていた。
その濁った瞳に祟り龍の様な狂気は感じられず、なんとか理性を保っている様に見えた。
俺はとりあえず『屠龍聖剣』を引き抜き、構える。
「グルット、どうした!?」
「ハァ、ァァァ……」
聞く耳を持たずグルットが遅い掛かってくる。
両手には葉脈の様に無数の赤い線が走った大剣が握られており、以前とは比較にならない、技量を感じさせぬ荒々しい動作でそれを俺に降り下ろした。
「ぐうぅぅぅっ!?」
咄嗟に屠龍聖剣でガードしたが、受け止めた腕と足がへし折れた。
そして体勢を崩した俺に、もう片方の大剣が遠心力を伴って打ち込まれる。
ーー次の瞬間、浮遊感と共に眼下へ自分の下半身が見えた。
「はっ……?」
ドチャリ、と自分が雪に埋まるのが分かる。
足を動かそうとしたが感覚が無く、焦れったく思いながら目を移すと、俺の腰から下は千切れ、遠くに倒れていた。
体を、真っ二つにされたのか……!?
戸惑う俺に気を使う訳もなく、グルットは既に追撃の姿勢へと移行していた。
「ふうぅぅ……!」
呼吸を整え、一気に下半身を生やす。
だが、その時俺を強い頭痛が襲った。
そして鼻から生暖かい物が流れる。触ると赤い液体がベットリと手甲に着いた。鼻血だ。
俺の体はもう手の着けようが無いぐらいボロボロだってグレイが言っていたが、これはついに、『魔力変質』の無茶な肉体再生のツケが回って来たって事か。
「時、間§が、無ぇン、だ……早ク£、しな、しなイ、と、ゼン部、忘れ#ちま$う…….!」
起き上がる反動を利用して、俺はバク宙の要領で後方に移動した。
……グルットには悪いが、生憎まだ死ねないんだ。……ハーネスが目を覚ました時、俺が居なかったらきっとまた泣かせてしまうから。
「う、ん……?」
雪の冷たさで起きたのか、眠っていたカーニャが呻き声を漏らした。
そこでグルットは初めてその存在に気が付いたらしく、そちらを見て目を見開いている。
「アル§シャ…∝?いや¢違う、こいつはカー§ニャだ。……あれ$、カーニャ£って誰だっけ……あ§るしゃ、どこにいるん@だ……」
混乱した様子で、グルットは頭を抱えてうずくまった。
……よく分かんないけど、チャンスだよな。
試しに俺が近付いても、反応は無い。
「ふっ……!」
屠龍聖剣でグルットの腕に触れると、ジュゥゥゥ!と白い鱗が泥を吹き出しながら焦げていく。
その痛みで意識を引き戻したのか、向こうの肘打ちを腹に食らい俺はまた吹き飛んだ。
恐らく肝臓が破裂したのだろうか、体に力が入らなくなり膝がガクンと落ちそうになったが、なんとか踏み留まり臓器を再生する。
「はぁ、ぁ、あ……」
咄嗟な再生は、綺麗に治りにくい。その証拠に先程の下半身は、以前より更に戦闘に適した龍の様な形状に変化していたが、血管や筋肉が剥き出しになったりして、不完全。
只でさえそうなのに、今は全身ガタガタなんだ。
かなり、キツい。今までで一番ヤバイかもしれない。
「アルシャ……アルシャ……アルシャ……ァ゛ゥォ″ォ″ォ″……」
……でも、勝つぞ。俺は。
そのためには……まず、相手の分析だよな。今まだって、いつもそこから始めたんだ。
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【『″白痴の白龍″グルット・ゼルレイド』ランクB+】
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″白痴″と言うからには思考力が低下しているのか、せっかく双大剣を持っているのに、使うのは技術もへったくれも無いぶちかましだけだ。 異常な肉体性能のせいで充分脅威になっているが、『厄介さ』で言うのならば以前の方が遥かに上だろう。
それに一応こいつも『龍』にカテゴライズされているからか、屠龍聖剣の龍特攻のお陰でステータス差の割りには結構ダメージが入る。
とりあえず向こうの隙を見て接近して、ゼロ距離でぶったぎってやるか。
「ァ″ゥ″ガあ゛ァ゛ラ″アアア!!!」
降り下ろされる大剣の腹に屠龍聖剣を添えながら前進する形で、俺はグルットの懐に入り込んだ。
……単純な『出力』でも、こいつは祟り龍には劣る。
まだ完全に龍化しきっていない故に、中途半端なのだ。ならば付け入る隙はある。
「おらぁぁぁ! 」
全体重を乗せて、屠龍聖剣を腹に叩き込んだ。
グルットは吹き飛び、傷跡を確認するとかなり大き抉れている。
勝てる……勝てるぞ……!ランクB+に、俺は!
「や、止めてください!騎士様!」
その時、急ぎ追撃を加えようとした俺の前に、カーニャが立ち塞がった。
……なんだ、こいつ。あと少しで殺せるんだから、邪魔すんなよ。




