表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
化物騎士の森林生活   作者: 幕霧
龍神編: 製龍侵虐呪廻村カリス. 《アルタイル》
120/138

120.『災禍の星』(sideグルット)

■□■:十年前


「あ……あ……あぁ。」


灰塵と化した村を目に写し、手から屠龍聖剣がこぼれ落ちた。

目の前の光景を認められなかった。

何が龍狩りの英雄だ。何が双大剣の勇者だ。

俺が一番守りたかった場所、一番大切だった人、全て消え去ってしまったじゃないか。


「は、ぁ、はぁ、はぁ。」


瓦礫の山を掘り起こし、生存者を探す。

日が暮れるまで探して捜して探してーー

疲れ果て崩れ落ちた時、『その声』を聞いたんだ。


「……ゃ……ぉ、や……」


「っ……!?誰か、誰かいるのか!?」


ーーか細く、とても弱々しい子供の泣き声だった。

まともな返事が返ってくる事など有り得ないと分かりながらも『安心しろ。』『いま助けてやるからな』などと叫びかながら瓦礫を引っくり返す。

……そうしないと、最後の希望は潰えてしまう気がしてーー


「ーー居た。」


何かを守護する様に膝を突いた死体の後ろに、その子達は居た。

一人は茶色の髪を後ろで束ねた少女。痛みと苦痛に悶え、瞳は涙に濡れていた。恐らく鳴き声の元はこの子だろう。

もう一人は灰色の髪をした異国風の少女。白い肌に無数の掠り傷が付いている。

だが俺は違和感を覚えた。

灰髪の少女は、()()()()()()()()()()

ただ一点を見詰め、目を見開いているだけだった。


「……カーニャ、グレイス」


二年前、王都での仕事が一段落着いてこの村に帰ってきた時に、まだ三歳の二人の顔を見る機会があった。

人相が悪い俺に怯えて二人ともランドールの後ろに隠れていているだけだったがーー


「良かった……良かった……!」


ーー人が動いているのを見て、ここまで嬉しかったのは生まれて初めてだった。

年甲斐も無く大泣きする俺を見て、カーニャが少し戸惑う。

それも構わずに二人を抱き寄せた。

この二つの小さな命を、俺は守って行かなければいけないと強く思った。


「……グルット。」


その時、背後からしゃがれた老人の声が聞こえて振り返る。


「長老……生きてたのか!?」


よく見ると長老の背後にはツタで組まれた半球状のドームが有り、その中に何人かの村人が隠れていた。


「……村に、何があったんだ。」


「……森に、龍がもう一体現れた。」


「龍が……?」


「ああ、『蒼龍』だ。」


ーー『蒼龍』。

その単語は、俺を更なる絶望へ突き落とすのに、充分過ぎた。

『龍』の格は鱗の色で決まり、上位に成ればなる程、黒に近付く。

驚異的な戦闘力を誇るあの祟り龍でさえ、不完全な『白龍』なのだから、森に潜む蒼き龍の苛烈な力は容易に想像できた。


「なら、村は『蒼龍』にやられたのか。」


「いや、やったのは祟り龍だ。」


祟り龍がやった……?

ヤツは、龍としてはかなり温厚な部類だったハズだ。

率先して村を襲うなんて考えにくいが……


「……蒼龍が、よりによって『製龍の泉』に居着いてしまったのだ。蒼龍に半殺しにされ、追い出された祟り龍が、狂乱して村を襲った。」


祟り龍は、ここらでは一番の魔脈である『製龍の泉』に住んでいた。

古い龍神信仰の祠が有るらしいが、それに関係しているのだろうか。

……いや、今はそんな場合じゃないな。


「……無事な村人はどのぐらい居る?」


俺が意を決してそう言うと、長老は顔をしかめた。

……長老は、何十年も前からカリス村に住んでいる。

俺はずっと離れていたせいで親交のある人間は幼馴染みのランドールと、カーニャの母のアルシャ。そして鍛冶屋のグンダぐらいしか居ない。

だから、長老の村人の被害に対する心傷は、俺よりずっと上だろう。


……そういや、村を出たのもランドールとアルシャが結婚したからだっけ。

今では流石に根に持っていないが、俺はアルシャを少し……いや、見栄を張るのは辞めよう。かなり好きだった。

あの頃は若かったのもあり、ランドールに対する嫉妬やら劣等感やら色んな気持ちでぐちゃぐちゃになって、村から逃げたんだ。


「……半数が、死んだ。私では守り切れなかった。」


「……そうか。」


俺達の沈黙とは裏腹に、脅威が去ったのを知った村人たちがゾロゾロと出てきた。

その中にはランドールとアルシャの姿もーー


「……あれ?」


ーーツタのドームから出てきたのは、ランドールだけだった。

俯き、人混みに隠れ、赤黒い物体を抱えて歩いていた。


「ランドール、アルシャはどうした?」


振り向いたランドールは、酷い顔をしていた。

涙で腫れ上がった目は、昂る怨嗟の炎を必死に抑え込んでいる様に見えた。


「は、は、ははは。グルット、何、言ってるんだ?アルシャなら、ここに居るじゃないか。」


そう言い、ランドールが胸元の肉塊へ顔を向けた。

ソレはひどい有り様で、潰れた眼球と千切れた筋繊維に、茶色の糸屑と布切れが纏わり付き、そして血液とも体液ともつかない液体が吹き出していた。


「……おい、悪い冗談はよせ。」


ーー俺は、そう言葉を紡いだ自分の唇が震えている事に気付かないふりをした。


「アルシャ……?ほら、何か言えよ……グルットが、困ってるだろう……?ひ、ひひ、アルシャ、……頼むから、何か、言ってくれよ……!」


ーーこれは、アルシャなのか。


限界が来たのか、ランドールはケタケタ笑いながら雪に崩れ落ちた。

そんな異様な様子のランドールを、俺も、泣いている他の村人達も、責めることは出来なかった。


……さっきまで冷静だったのに、こうなったアルシャを見て、涙を流している自分を情けなく思う。

親しい人間と他人の死を平等に悲しめるほど、俺は人間が出来ていなかった。

きっと、他の連中も同じだろう。

残された、半数の村人が流している涙は、親しかった人間への手向けなのだ。


「……あぁ。」


腹の辺りからせり上がってくる、とんでもなく熱くて、重くて、刺々しい何かを吐き出したくて、叫ぶ。

……そして、自分の慟哭と、村を満たす啜り泣きの中で、俺は誓った。


ーー取り戻してやる。


「俺が、絶対……」


ーー失った物、総て。


龍種(ヤツら)に魂を、売ってでも……!」



……この日を境、グルット・ゼルレイドは。



ーー″龍狩りの英雄″から″製龍の悪魔″へ、身を堕とす事となる。



■□■


『死んだ人間を、蘇らせる方法。』


俺には心当たりが有った。

龍種の固有能力として、『空間を破壊する』と言うものがあるのだ。

現に祟り龍が空間を引き裂き、そこへ入り込む姿が確認されている。

だが、能力にはその先が存在する。

かつて、『真龍』のみに宿ったとされるその力は……


「……時間遡行。」


全ての龍は、元は人間だ。

『龍因子』をかき集め、俺自身が龍となれば、きっと時の壁だってこじ開けられる。

襲われる前の村へ行き、そこで祟り龍を殺す。

途方も無い労力と犠牲が必要なのは承知だ。

……俺は、俺のために誰かを殺すのだ。

もう英雄ではない。災いを振り撒く龍となる、最悪の旅路だ。


……故に、災禍の星(アルタイル)

辿れ、渇望の道を。


■□■:現在


「ガァァァ……」


「はぁ、はぁ、はぁ……やっと、死んだか。」


双大剣の嵐を受け、ようやく倒れ伏した祟り龍に歩み寄る。

……これで、こいつの持つ『龍因子』を取り込めば、俺は『半龍』になれる。

そしてあの騎士の龍因子……種類は、『魔力再生』ってところか?

あれを手に入れられれば、俺は『真龍』に至る。

本来は騎士を喰った祟り龍を取り込むつもりだったが、問題ない。それで、全て終わりだ。


「……待ってろよ。アルシャ。」


因子が漏れ出す前に取り込まなければ。

俺は死んだ祟り龍に跨がり、噛み付いた。


「がっ……!?」


肉を呑み込んだ瞬間、視界に黒い泥が広がった。

体が勝手に動き、歯が欠けるのも構わず鱗を噛み砕き、肉を咀嚼する。

だんだんと、記憶が曖昧になっていくのが分かった。

しかしまだ『肉』は残っている。食わなければ。


ピキ、ピキ、ピキ、


頬を触ると、僅かに鱗が生えていた。

ああ……これが、『成る』感覚か。

存外、心地良いな。

種としての自分が、以前とは比較にならないほど進化しているのがはっきり分かった。


「グル、ット?」


背後から男の声が聞こえ振り向くと、そこには騎士がいた。

あいつは誰だったか、思い出せないが、一つだけ分かることがある。


ーーなんて濃密な、龍因子だ。


逃げていく騎士を見て、自然と口が弧を描いた。


「……最後の龍を、狩るとしよう。」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新作はじめました。 現代日本で騎士の怪物になってしまった男の物語です。 貌無し騎士は日本を守りたい!
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ