119.『製龍』の始まり
前回のあらすじ~(本編には無関係です)
グレイ「急遽再生した肉体のせいで……あなたの体はボロボロだ!」
ケンイチ「そんな……おれの体が、ボロボロに……」
グレイ「本来なら、今のような無様な顔立ちにはなっていない!」
ケンイチ「うそだ……うそだそんなことーっ!」
「村で、ちゃんと治療すれば、きっとまだ間に合うんです!」
「……そうか。」
「そ、そうか、って……死んじゃうかもしれないんですよ!?」
……もう、森から出ないと決めたんだ。
それに、自分の問題でハーネスを差し置くなんて出来ない。
俺のせいでハーネスは死にかけたのに、いざ自分が危なくなったら必死に助かろうとするなんて、許されるわけが無いんだ。
「それが、どうした。」
「……え?」
「私がこのまま野垂れ死んだとして、貴様らに何の問題がある?」
出来るだけ冷たい声を意識して言った。
グレイとカーニャは一瞬たじろいだが、俺から目を背けようとはしなかった。
……なら。
「……貴方は、村の英雄で……」
「全て、ハッタリだ。」
俺はこいつらに、″真実゛を伝えることにした。
「……え?」
「お前達が心打たれた言葉も、行動も、感情でさえ、全て嘘っぱちなんだよ。お前らのためにやったんじゃない。全て自らの保身のためにやったんだ。」
「そ、そんなの……」
「要するに、『かっこよくて尊敬できる騎士様』の外面を被ってるだけだったんだよ、私は。お前らも本当の私を見て良く分かっただろう?」
そして少しの間を置き、唖然としている二人に向かって口を開く。
「ーーこれが本当の『俺』。煌びやかな英雄なんかとは対極に位置する、血と欺瞞に濡れた怪物の末路だ。」
両腕を広げ、高らかに宣言する。
……積み重ねた嘘が、崩れ落ちる時だ。
はは、こいつらは、一体どんな反応をーー
「……黙れよ。」
ーー俯き、震えながらグレイがポツリと言った。
「……何?」
「何が怪物だ……?そんな、泣きそうな声で煽ってくる怪物が居るもんか……!」
「なら、俺はなんだ?醜悪な獣か?」
「っ!僕の英雄を馬鹿にするヤツは、たとえ英雄だろうと絶対に許さない!」
俺の返答に剣を抜き放ち、グレイが叫ぶ。
「許さない?ならば、どうする。」
「力づくで、あなたを連れ戻すだけだ……!」
……は?
こいつが、俺を、力づくで?
無理に決まっている。
予想外の返答に、思わず少し笑いが込み上げてくる。
「……やってみろよ。」
指をクイ、と折り曲げ挑発すると、向こうは体勢を低くし突進の構えを取った。
「……僕は『龍狩り』グルット・ゼルレイドが一番弟子、グレイ・ゼルレイド!今、あなたを狩る!」
グレイが叫びながら突っ込んできた。
……名乗り、か。なら俺はさしづめーー
「【『半龍』ブレイヴイーター】って所か?」
「黙れえぇぇ!」
踏み込んできたグレイの剣を指で摘まみ力を込めると、軽々しい音を立てて簡単にへし折れた。
ーー奇跡が起こる筈も無く。
「ぁ、がぁぁ……っ!!!?」
ーー圧倒的格上に挑んだ小さき勇者は。
「……寝てろ。 」
ーー勇者喰いを前に破れ去った。
「ぅ……ぐ。」
雪に倒れたグレイの首筋に屠龍聖剣を添える。
深紅の刀身から放たれる痺気が、その白い肌を僅かに焦がした。
「この通り、別に俺はお前を殺したってどうも思わないんだ。」
「ぅ……だ。」
「だが、別に殺す意味も無い。今日の所は見逃してーー」
「嘘だ!嘘だ、嘘だ……っ!」
折れた剣を杖代わりにして、足をガクガク震わせながらグレイが立ち上がった。
……意識を奪うつもりで殴ったんだぞ。なぜ立てるんだ。
何がこいつを、ここまで……
「あんなに優しい声で僕に話し掛けてくれたの、あなたが初めてだったんだよ!っ、僕は、『よそ者』だから、村の皆の、家族じゃないから……っ!ほんとは、あそこに居ちゃいけない人間だから!あの日、長老に言われたんだ、『お前みたいなのを庇って死んだカーニャの兄が浮かばれないって』!だから、ぼくは、私を捨てて……!」
「ぐ、グレイ?私の兄って、なんのこと……?」
血ヘドを吐きながらグレイゆっくりと歩み寄ってくる。
その爛々と輝く瞳に宿った蒼い光は、グルットやハルメアス、『英雄』と呼ぶに相応しい連中が放つ物だった。
ーー何故、お前がソレを持っている。
「っ……!?」
思わず気圧され、俺は後ずさった。
既に虫の息なのに、自分より遥かに弱いはずなのに。
何故だか、絶対こいつには勝てないと思った。
「……来るな」
「出来ません……」
「来ないでくれ……!」
「出来ません!」
俺の心中を支配していたのは、底無しの『恐怖』。
目の前にいる、この細身で小柄な青年こそが、真の怪物に見えた。
……だから、だろうか。
「か……ふっ……」
バイルバンカーを使ってしまったのは。
脇腹を貫かれ、今度こそグレイは倒れ伏した。
「あ……あぁ……」
……やってしまった。
あまり深くは当たってないから死にはしないと思うが、このまま放置すれば少し危ないだろう。
……俺はカーニャを見やった。
「う、そ……」
その目は一点を見たまま、開かれている。
俺がグレイに攻撃したのが余程ショックだったのか、今にも失神しそうなぐらい怯えていた。
「はぁ……」
グレイを背負い、雪に足跡を作りながらカーニャへ歩いていく。
「ひっ……!」
俺が手を伸ばすと、カーニャはそのまま意識を失ってしまった。
……気絶されたのは、むしろ好都合だ。
村の前にでも転がしておけば、誰かが回収してくれるだろう。
二人を持ちながら、村へ歩みを進める。
……森から出るのは、今回で本当に最後だ。
こいつらも懲りただろう。今回は、『俺が自分達に攻撃してこない』と言う確信が有ったから、恐れなく訪ねて来たんだ。
名実ともに化物となった俺には、きっともう近付いてこない。
「……よし。」
……村に、着いた。
俺が防衛用の柵の前に二人を寝かせ、立ち去ろうとしたときーー
くぢゃ、ぽり、くぎ、ぼりゅ
ーー何か、固いものを噛み砕き、柔らかいものを咀嚼する様な、そんな音が聞こえた。
「なんだ……?」
つい、俺は音の聞こえる方向に目線を送ってしまった。
そこには、″無数の武具が突き刺さり、原型を失った白い鱗の塊″の上に股がり、それを獣の様に貪ぼっている、一人の男がいた。
「グル、ット……?」
祟り龍を、食ってる……?
「ァあ?誰だテめェ。」
振り向いたグルットの顔は、半分が白い鱗に包まれていた。
片目の瞳孔は純黒の泥に濡れ、口から覗く歯は鋭く、牙のようになっている。
「っ!?」
俺は驚き、寝かせた二人をもう一度背負って、森へ走り出した。
なんだあれ……なんだよアレ……!?
分けわかんねぇ……!




