115.『屠龍聖剣』
右肩に違和感を感じ、俺は目を覚ました。
僅かに体を動かしたのに呼応しベッドが軋む音が聞こえる。
……ベッド?今俺はどこにいるんだ?
「ぐ……。」
上体を起こして辺りを見渡すと、自分のいる場所が建物の中だと分かる。
質素な木目状の家具が二人分並んでいた。
……頭が痛い。目が霞んでるし、なんだか心臓が変だ。
「……おはようございます。騎士様。」
ドアが開き、整った顔立ちの中年……カーニャの父であるランドールがお盆に薬を乗せてやって来た。
「私はなぜここで眠っていたんだ?」
「……何も、覚えていないのですね。」
ランドールは悲しみをこらえるような顔をし、瓶に入った薬を俺の口元へ運んでくる。
「いや、自分で飲め……」
そう言いかけて、違和感を覚える。
ーー右腕の感覚が無いのだ。
「は……?」
嫌な焦燥を感じながら肩へ目を移すとーー
「なんだ、これ。」
ーー腕のない右肩の傷口へ、無数の武具が突き立っていた。
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【龍殺しの短剣】【滅龍の槍】【龍封じのダガー】【穢れ壊しのメイス】【伏龍剣アイン】【撃龍の十字槍】……
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「……外へ出ましょう。グルットが待っています。」
「ど、どういうことだ……?」
俺は分けの分からないまま、外へ誘導される。
……記憶が曖昧だ。森を出て、村へ来て……あれ、そもそもどうして村にきたんだっけ。
ーーハーネス
「っ、ランドール!ハーネス……ハーフエルフはどうなった?」
「……外へ出れば分かります。」
ギギ、と扉が開いた。
外は昼間なようで、目が暗闇になれていたせいか雪も合間ってかなり眩しい。
少しの間をおいて俺が目を開くとーー
ーーそこは、地獄だった。
民家はほぼ全て崩壊し、木々は重機でも通った後みたいに倒れている。
極めつけ、地面には″真っ白な鱗″が生え揃っていた。
「これ、は……魔物でも攻めてきたのか……?」
「……ええ、そうです。その魔物を、騎士様は身を呈して倒してくださったんですよ。」
そう言うランドールの瞳は、どうしてか俺に向いていなかった。
「グルット、騎士様を連れてきたぞ。」
建物の壁へ寄りかかりグルットが立っていた。
片腕はダランと力なく垂れ下がり、もう片方の腕で独特な形状の武器を持っている。
「……おお、ランドール。すまん、ちょっと外してくれるか。」
「……分かった。」
ランドールが何処かへ歩いていった。
グルットはジッと俺を見つめている。
「グルット、これはどういう……。」
「……選べ。」
右手に持っていた剣を思いきり地面に突き刺し、グルットが言った。
「……へ?」
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【『屠龍聖剣』】
【かつて王都を覆った『龍の病』。その感染者達を屠りきったこの武具は、いつしか″聖剣″と呼ばれていた。】
【″龍狩り″グルットの最終兵装が一つ、その活躍はあまりに名高く、この大陸でその名を知らぬ者はいない。最上級の龍特攻を持つ。】
【初めはナマクラだったと言う。聖剣に至れたのは苛烈な龍狩りの賜物であり、その深紅の刀身は数多の龍の怨蹉を連想させる。】
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「……コイツをアンタの腕にぶっ刺せば、その龍因子は完全に根絶される。」
りゅう、いんし……?
わけわかんねぇ。そもそもどうして俺は記憶が飛んでるんだ?
「わけわかんねぇって顔してんな。まあ、俺も小難しい事言うのはガラじゃねぇし、一つだけ質問させて貰うぜ。」
グルットは俺を真っ直ぐに見据え、口を開いた。
「……屠龍聖剣で龍因子を棄てて俺達と共に在るか、俺達を捨てて森へ帰るか、選べ。……勇者様。」
「……は?」
ど、どうしてこいつ、俺を勇者だって……。
と言うかさっきから話に着いていけないぞ。
「ちょっと待てグルット、話を……。」
「言っとくが……多分アンタ、森に帰ったら祟り龍に喰われるぜ。この村に居る限りは俺が守ってやれるが、村の外じゃそうはいかねぇ。細かいことは、龍因子を捨てたら教えてやる。」
グルットは、目線で屠龍聖剣を突き刺すように促してくる。
……よく分からないが、要するに『剣を突き刺せばこの村に居て良い、だがもう森には行かせない』
『剣を刺さないなら森へ帰って良い。だがもう村には来させない』と言う事か?
「……ちなみに、剣を刺す場合、この村に前のウサギも連れてきて良いのか?」
「……だめだ。魔族は龍を呼ぶ。」
なら答えは決まってる。
「俺は森に帰る。」
「……そう、かい。」
まるで腹の中でどうしようも無い感情が暴れまわっている様に体を少しよじり、絞り出すみたいなしゃがれた声でグルットが言った。
「ハーフエルフは何処にいる。」
「……建物の中に寝かせてある。勝手に持ってけ。」
「分かった。」
俺は建物の中へ入り、寝台に横たえているハーネスを見つけた。
元々白い肌は更に血の気を失い、人体と言うよりは質の良い陶器の様な印象を受けた。
そのハーネスを背負い外に出る。体は予想通り、冬の窓辺みたいに冷たかった。
「……行くのか。」
「ああ。」
「死ぬぞ。祟り龍は龍因子を欲しがってる。だからアンタの右腕にそんなマーキングをしたんだろう。」
マーキング……龍腕の事か。
そういや、前に祟り龍が俺の事を供物とか言ってたっけ。
「問題ない。」
「……アンタは、そう言う人間だったよな。止めても無駄か。」
ハハ、と頭を掻きながら笑ったグルットが、地面から屠龍聖剣を引き抜いた。
「持ってけ。俺からアンタに出来る、最大にして最後の恩返しだ。龍狩りの代名詞だぜ。……もう俺には振る資格の無い装備だ。」
差し出された剣を受け取る。
それを背中に納め、俺は歩きだした。
「……どうか、死ぬな。」
背後でボソリと何かが聞こえたが、振り返りはしない。
ーーsideグルットーー
「俺は森に帰る。」
その返答は半ば予想していた物であったが、それでも聞きたくない言葉だった。
……きっと引き留めても無駄なのだろう。コイツが自分の事を『私』ではなく『俺』という時は、つまりそう言うことだ。
立派な騎士の偶像を演じているのではなく、一人の人間としての気持ちなのだから、止められるわけがない。
……ああ、でも。
きっとこいつは死ぬ。
ハーフエルフを背負い村の出口へ向かっていく騎士の姿を見ながら俺はそう確信していた。
この呪われた村に伝わる『製龍』の輪廻からは絶対に抜けられないのだ。
「……よりにもよって、騎士様が10人目とはな。」
その時、背後からランドールがやってきた。
「……そうだな。今回で祟り龍は完全に成る。……″羽化″とでも言うべきか。」
「……本当に、″アレ″はここまでして達成すべき事なのか?あの人を……恩人を、犠牲にしてまで。」
「すべき、だろうな。俺達の原罪はあそこから始まってるんだ。あの日の綻びを直さなくちゃ、贖罪は終わらない。」
ランドールは静かに『……そうだよな』と頷きその場へ座り込んだ。
俺は前を向き直る。
今にも泣き出しそうな空を背負い、小さくなっていく騎士の背中を最後まで見ることは出来なかった。
その時自分の心にぶら下がっていた感情が罪悪なのか軽侮なのか、自分でも分からなかった。
章の読み方は、《せいりゅうしんぎゃくじゅかいそん》
です。なんかお経みたいになってきましたね。
ちなみにアルタイルの星言葉は『災禍の星』です。




