108.凍森忘我懺哭少女
ハーネスの家を出た俺は、フラフラと歩きながら自分の家に帰っていた。
……いや、分かってはいたけどダメージでかいわ。
長らく一緒に過ごしてきた奴に姿の事で拒絶されたり否定されたりするのはやっぱりキツい、ハーネスだったからまだ良かったけどブラウにされたら多分その場で吐くぞ俺。
「……ただいま。」
「おかえりなさいケンイチさん!」
ドアを開けるとブラウがこちらを振り向いた。
だが、何故か不思議そうな表情をしている。
「……あれ、ケンイチさん。なんか酷い顔してますよ?」
「おぇぇぇ!」
「ケンイチさぁぁぁん!?」
俺は藁の上に思いきり吐いた。
な、なんでだ!?冑被ってるよな!?つか酷くね!?今更かよ!?
「お前もか!お前も俺の顔を馬鹿にするのか!?俺だってなりたくてなった訳じゃないんだよぉ!本当なら今ごろイケメンになってた筈だったんだよぉぉぉ!」
「ち、違います!そういう意味じゃないですよ!なんか落ち込んでるなーって、思ったんです!別に顔について言ったわけじゃないです!」
アタフタしながらブラウが弁解してくる。
……なんだ、言葉の綾か。めっちゃ傷付いたんだけど。
でも勘違いで良かった、こいつにまで見捨てられたら俺は……。
「……ブラウ。」
「は、はい?」
「これからもずっと一緒に居ような!」
やっぱり俺にはこいつしかいない!
もう誰にも顔なんか見せないぞ!決めた!
「そうですね!最近はハーネスさんも遊びに来てくれて賑やかになりましたし!」
嬉しそうな顔でブラウが言った。
……ハーネスの事、一応言っておくか。
「あのさ、ハーネスなんだけど……。」
「なんですか?」
「……アイツもう、ここには来ないんだ。」
「……え?そんな訳ないじゃないですか。だってあれ完全にケンイチさんのこと……。」
呆けた声を上げたブラウへと、俺は更に続ける。
「俺の顔、見せちゃったんだよ。そしたら逃げた。」
「……あー。」
……そこで納得すんのか。
まあアイツはまだ普通の人間だし、俺みたいな化物なんかとは離れた方が良いだろうな。
「……ケンイチさん!」
「なんだ?」
「ずっと一緒にいましょうね!」
「……ああ!」
俺とブラウは熱い抱擁を交わした。
あああ!もふもふ、もふもふしてる!そしてあったかい!
マジ癒し!
ギシ、
その時、ドアの軋む音が聞こえた。
……ん?
音の方向を見てみると、扉の隙間から誰かがこちらを熱心に覗いているのが見える。
「だ、誰だ!?」
「っ……!」
俺がそう言うと視線の主は扉から走って逃げてしまった。
逃がすか……!扉を乱暴に開けそいつの姿を探す。
……いた!そこまで速くない、つか遅い。
そいつは背丈が小さく、フード付きのロープで顔を隠していた。
明らかに不審者じゃねーか!しかし覗いた家が悪かったな!ここには兜の下がバイオハザードな騎士とでっかいウサギしか居ないんだよ!
「捕まえたぞ!」
「やっ……!」
俺は50メートル程の距離を一瞬で詰め、そいつの首を掴んで地面に押し倒した。
さぁ、神聖なるバナス大森林に湧いた変態の顔を拝んでーー
「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……!」
「……え?」
地面に叩きつけた反動で脱げたフードの下にあったのは、見覚えのある恐ろしく整った顔立ちだった。
肩まであるくすんだ緑の髪を掻き分け見える長い耳、幼さの残る風貌、その薄い唇は嗚咽を噛み殺しながら、ただひたすらに誰かへの謝罪の言葉を紡いでいた。
涙に濡れた瞳は、俺と目を合わせないためか横を向いている。
「ハー、ネス?」
「ごめんなさい、ケンイチ……。」
今度は確かに俺の目を見詰めながら、はっきりとそう言った
「……何し来た?」
俺は自分でも驚くほど冷たい声でそう言っていた。
お前の方から逃げたんだろ、化物って言って。からかいに来たのか?
「……あの、えっと、謝りたくて、私は……。」
……謝る?何を?
と言うか『私』って言ってるな。じゃあ俺の仲間だったハーネスじゃない。
あいつの話しはよく分からなかったけど、消えてしまったのだろうか。
「お前は俺の知ってるハーネスじゃない。だから帰れ。」
「っ……!、わ、私ね、消えなかったんだよ?だから、ねっ?、また、一緒に、みんなで……。」
何かに酷く怯え、上ずった声でハーネスは何かを言おうとしている。
「お前は人間なんだから。」
「……へ?」
「俺みたいな『化物』なんかと一緒に居ちゃいけないんだよ。ほら帰れ。俺達はもう他人だ。」
唖然とし、絶望した顔で立ち尽くすハーネスに背を向け俺は家の方へと歩いていった。
「じょ、冗談、だよ、ね?あははっ、ケンイチは、優しいもんね?私にそんなこと、」
すがり付く様に、弱々しい手が俺の腕に巻きついてきた。
俺はその手を振り払い、ドアの取っ手に手を掛ける。
「……ぁ。」
「お前はカリス村にでも行くと良い。きっとその方が幸せになる。」
「ぅ、ま、待って、お願い、だから……。」
「じゃあな、ハーネス。」
軽々しい音をたて、ドアがしまった。
外でハーネスが『ごめんなさい』と繰り返しながら泣いているのが聞こえる。
それは懺悔であり、慟哭でもあった。
凍った森に響く懺哭。
それに意識を向けないよう、俺は藁へと倒れ込む。
……これで、良かったんだ。




