107.とある混ざり物の始まり(sideハーネス)
「……あ、れ?」
ーー私は、誰だ?いつからここにいた?
雪に倒れていた体を起こす。
冷たさで麻痺していた五感が戻ってくると同時に、自分と言う存在が頭の中で確立されていくのが分かった。
……そうだ。私はハーネスという名前だった。
しかし私の状況にとって、名前を思い出しただけでは自分を示すには至らない。
……今の私は、『儂』なのか?『わたし』なのか?
分からない。どちらの記憶も感情も感性も混在してしまっている。ぐちゃぐちゃだ。
「頭が……重い……。」
私は頭を抑えながら立ち上がる。
……でも、今最も優先すべきなのは、自分が誰かではない。
木へと寄り掛かり、ゆっくりと歩き出した。
意識の消える瞬間、『儂』も『わたし』も同時に抱いていた感情ーー
「ケンイチに謝らなければ……。」
……記憶の整理がつかないせいでハッキリとは思い出せないけど、自分はケンイチに酷いことを言ってしまったんだ。
それも、取り返しの着かない位のことを。
すぐにでも謝らなくては、きっと私達の関係はここで終わってしまう。そんなのは耐えられない。
ケンイチと一緒にいた日々は、本当に幸せだったんだ。
一番なんかじゃなくても良い。ただ、寄り添えるだけで……。
「ぐっ……!」
雪に足をとられ、私は倒れ込んだ。
は、ははは……、ほんとに、どんくさいな、私は。
こんな、急がなきゃいけない時に……早く行かないと、あの人にまで捨てられてしまうのに。
高い所から落ちて死んでしまうのは、肉体だけじゃない。
ケンイチに捨てられるのは、あの暖かな日々との決別を意味する。
そうなったら私はもう生きていけない。
「……結局、私は最後まで自分の事ばかりじゃないか。」
ケンイチに申し訳ないと思ってるから謝りに行こうとしているのではない。彼を自分の生きる糧にするためなんだ。
「……ごめんね、ケンイチ。ごめんね……。」
うわ言の様に呟きながら震える足で立ち上がり、再び雪原をこぎ出した。
……もし謝っても許してくれなかったらどうしよう。
……いや、ケンイチは優しいからきっと許してくれる。そうに決まってるんだ。




