102. 贋作少女の消滅経路(sideハーネス)
ーー頭が割れるように痛い。
『ねえ、私と代わってよ。』
ーー意識が奪われそうになる。
『ずるいよ。君だけあの人と楽しく遊んで。』
ケンイチの家から帰ってきた後、ずっと頭の中の誰かがひっきりなしに呼び掛けてくる。
「うるさい……お前は誰だ!?儂の頭から消えろ!」
『消えるのはそっちだよ。だって君は、そういう風にできているんだから。』
「どういう意味……ぐぅっ……!?」
一際強い痛みが頭に走った。
そして、一瞬だけ見えたーー"燃える森"。
「今のは……?」
『私の記憶だよ。……ほんとに、覚えてないんだね。長老も酷いことするな……あのまま死なせてくれてればわたしもあなたも、こんな思いしなくて良かったのに。』
「儂の記憶……?違う!あんなの……あんなの知らない!儂はエルフの森から追い出されて、バナス大森林に来たんだ!」
『……ふぅん、じゃあ、エルフの森からここまでの道のりを覚えてる?あの時満足に魔法も使えなかった君が盗賊にも襲われずに辿り着ける距離なの?』
「それは……!」
思い、出せない……?
道中馬車に乗った記憶も、旅をした記憶も、全く無い。
記憶が『線』ではなく、『点』で繋がってしまっている。
『もし、君の辿った過去の記憶が……いや、君という存在自体が、全て『作られた』物だったとしたら?』
ーーずっと蓋をしていた真実が今、自分に牙を向こうとしている。
『きっと本当の事を知ったら君は消えちゃうよ。所詮、私が目覚めるまでのツナギなんだから、ね?』
胸から少し下の辺りが、まるで熱した鉄球を呑み込んだみたいに熱くなる、そこに溜まった恐怖か怒りか哀しみかも分からない異物を必死に発露しようとしたが、唇が少しだけ動くだけで形になってはくれなかった。
『……あはっ、』
自分という存在自体が、曖昧になって融け出してしまうような感覚に駆られる。
……ああそうか、消えようとしてるんだ、儂は。
『あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは。』
【私】が狂ったように……いや、実際に狂っているのだろう、笑っていた。
ーー意識が遠退く。……これで、終わりなのか。
「……最後に、もう一度だけ……!」
力を振り絞り、上へと伸ばした手は虚空を切った。
……少しだけ前まで、この世界から消えてしまいたいと思っていたのに。
どうして、どうして、もっと早くこうなってくれなかったんだ?
「こんな気持ちになるのなら、出逢いたくなんてなかった……!」
魂が焼き焦げ灰になっていく感覚に身を窶しながら、儂はそう口にしていた。
今度こそ意識が完全に黒く染まる。やけに遠くへ聞こえる嘲笑の声は、ずっと同じ音程を保ったままだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーー
ーーーーー
ーー
ー
……遠くに、人が見える。儂はまだ消えていないのか?
あの人は誰だろうか。目を凝らして見てみると、そこにいたのは見覚えのある顔立ちの男だった。
「お、とう、さん……?」
扉の前で酷くオロオロしている。……こんなお父さんは初めて見た。
扉の奥から、とても耳に触る赤子の声が聞こえてきた。
お父さんは電流が走ったみたいに立ち上がり嬉しそうに目を見開いた後、緊張の糸が切れたみたいに椅子へと体を預けた。
……これは……。
『ハーネス』の、産まれた時の記憶?




