101.『紛い物』
「どういう……事だ?」
酷く狼狽し、額に玉の様な汗を浮かべた長老へと俺は問いかけた。
「……騎士殿、『ハーフエルフ』という種族については、何処まで知っていらっしゃいますか?」
知ってるも何も……実際に会ってるしな。
とりあえず特徴でも言うか。
「耳が少し尖っていて、チビで、髪が緑で、ロリババアか?」
「……最後のは分かりかねますが、概ね合っています。しかし、重要なのは外見ではありません。……アレは言わば、時限式の爆弾なのです。」
……爆弾?話が見えないぞ。
「どういうことだ。」
「……まず、ハーフエルフと言うのは、本来存在しない種族なのです。通常、ヒトとエルフが交わろうが生まれるのはどちらか。……私の様に多少能力を継いでいても、外見は混ざらないのです。」
……そういえばハーネスは自分の事を混ざり物だと言っていたな。
でも、それがどうして爆弾なんて事になる?
「……そして、外見以外で通常のエルフとハーフエルフが違う点、それは二つあります。一つ目は、魔力の量と質が異常な事。もし熟達したハーフエルフが存在したのならば、国を落とす事も可能でしょう。……そして、もう一つは……」
「……もう一つは?」
長老は龍神の話をしたときと同じく、何かを懺悔する様な雰囲気で口を開く。
「……通常のエルフは、20歳前後で心身共に成長が限り無く遅くなるのですが、ハーフは……ずっと、時の感覚が人間と同じなのです。
時の感覚が人間と同じ……?
……まるで、それがとんでもなく残酷な事みたいな口ぶりだな。
時の感覚が同じだったとして、どうなるんだ?
「……永久に等しい命を持ちながらも、それに見合う精神を持ち合わせていない、だから300年やそこらで狂ってしまう。そして狂乱しながらその強大な力を振り回す。それゆえ災渦と呼ばれるのです。」
……確かハーネスは、60歳だっけか。
たまに頭がおかしくなってはいたが、まだ正常の範疇だろう。
それにあいつは、俺の仲間だ。騎士団に連れていかれたりしたら困る。
「……長老、私がなんとかするから、もしまた王国の騎士が来ても『ハルメアスの勘違いだった、ハーフエルフなんていない。』と言ってくれないか?」
「……騎士殿、ハーフエルフに、心当たりが有るのですか?」
薄氷を思わせる鋭い目で長老は言う。
「……いや、言えない。だが私を信じてくれ。この村には死んでも被害を出させない。」
「……分かりました。騎士殿がそう言うのならば私達は信じるしか有りません。ですが……どうか、お気をつけ下さい。仮に今は穏やかであったとしても、ヤツらはいつか必ず狂う。まるで降り積もった雪の様に……外見の美しさと冷たき死は、常に表裏一体なのですから。」
そう言い遺し、長老は、自分の家の方向に歩いていった。
……よし、ハーネスの様子を見に行こう。
別に何があると言うわけではないが、こんな話を聞いた後だとなんか心配になる。
「ハーフエルフには気を付けろよ。騎士様。」
後ろから歩いてきたグルットがそう言った。
「戦った事があるのか?」
「……いや、昔のパーティにいたんだ。仲間思いの優しい奴だったよ。」
おお、グルットは昔冒険者だったらしいから、一緒に仕事をしていたのか。
なんだよ……そんなにヤバくなさそうじゃん、もしかしてこの村に居たりするのか?
「そいつ、今はどうしてーー」
「殺した。」
「え?」
「他の仲間が死んだのを境におかしくなっちまってな。『私が本当に狂ってしまう前に殺してくれ』って言われて俺が首をハネて殺した。」
自分の手の平に目を落とし、グルットが淡々と言う。
「……ごめん。」
「良いんだよ、昔の事だからな。それに今は生きてる奴の方が大事だ。……もし、そのハーフエルフがおかしくなってんなら、さっさと楽にしてやれ。他人を傷つけて一番辛いのは本人なんだぞ。」
「……ああ、行ってくる。」
「おう、行ってこい。どうするにしても、後悔の無いようにな。」
俺は森へと歩きだした。
あいつの家に向かう足が、とんでもなく重たくなった気がした。
ハーネスを、殺す?俺が?
考えた事も無かった。いや、考えてたらヤバイんだけども。
ハーネスは、この世界で初めてできた人間の友達だ。
……コミュ障で、卑屈で、たまにおかしくなるけど。
「……願わくば、そんな事にはなりませんように。」
遠くにハーネスの家がある土壁が見えてくる。
俺は雪に足を取られながらもその壁の前に辿り着いた。
コン、コン
恐る恐る、ドアをノックをする。
しかし、反応がない。
……嫌な胸騒ぎがする。
「……バイルバンカー……!」
土壁を破壊し、扉をこじ開ける。
その先にいたハーネスは、床へうずくまりながら座り込んでいた。
「……ケンイチ。」
「……ハーネス、何か変なことはーー」
しかし、俺はその顔を見て違和感を覚えた。
そしてすぐにその正体に気が付く。
ーー右の瞳が、赤くなっているのだ。
充血とかそういうレベルではない。
左目はいつも通りの蒼色だが、右目がワインレッド色のルビーみたいな、鮮やかな紅へと変わっていた。
「ど、どうしたんだ!?ハーネス!?」
「ケンイチ、儂は……」
左目だけに大粒の涙を溜め、嗚咽を漏らしながらハーネスは口を開く。
「儂は……消えてしまうんだ……!」
「……え?」
ーー今日何度目かも分からぬマヌケな疑問符を浮かべながら、俺は鎧の下で目を見開いた。
「……儂は『紛い物』ですらなかったよ。」
鈍器で殴られたみたいに、頭の奥がジンジン痛む。
俺はハーネスの顔を見た。
左半分は泣いているのに、赤目の右半分は、まるで愛おしい物を愛でるかの様にうっとりと俺を見詰めながら、口で歪な弧を描いていたーー
章名の読みは、《とうりんぼうがざんこくしょうじょ》です。そしてベネトナシュの星言葉は『泣き叫ぶ少女』。
これの意味する所とは……?




