#091「郷に入れば」【竹美】
#091「郷に入れば」【竹美】
今日は日曜日。水曜日がバレンタインデー。直前になって焦らなくても良いように、前もってチョコレートを買っておくことにしようと、国道沿いにあるショッピングモールに来ている。
「竹美。こっち、こっち」
呼び声に反応してキョロキョロと視線を左右に走らせたあと、竹美は自分へ向かってバタバタと駆けてくる人影を認めた。
「あっ、風華。風華も、買い物に来てたのね」
「そうよ。もうすぐ、バレンタインデーでしょう。だから、贈り物を買いに来たの」
「何だ。風華も、チョコレートを買いに来てたのね。それなら、メッセージを送れば良かったわ。さっ、一緒に行きましょう」
催し物開場へと行こうとする竹美を、風華は手を引いて止める。
「ちょっと待って、竹美。私の目当ては、チョコレートじゃないわ」
「えっ。だって、バレンタインの買い物でしょう」
風華は竹美の腕を離し、人差し指を立て、指先を左右に振りながら喋る。
「チッチッチ。分かってないわね、竹美は。バレンタインの贈り物、イコール、チョコレートという認識は、日本でしか通用しないわよ」
出たな、ニューヨーカー。さぁ、ブルックリン仕込みのポップでゴージャスなセンスをひけらかすがいい。
「それじゃあ、何をプレゼントすれば良いのよ」
「その前に念のため確認するけど、贈る相手は永井先輩で間違いないわよね」
「そうよ。それで、風華のほうは」
「よし。三階へ、レッツゴー」
風華は、疑問の表情を浮かべる竹美を置いたまま、吹き抜けにあるエスカレーターへと駆けていく。竹美も一瞬遅れて、風華のあとを追う。
もう、鉄砲玉なんだから。見切り発車にも程があるわ。
*
「そっか。それで笠置は、リュースケに渡したんだな。――俺は、一人で結べるから」
「そうなのよ。風華と中原先輩の仲が、そんなに良いとは思ってなかったから、ちょっと驚いちゃった。――駄目ですよ。これを贈るとき、私が結んであげるって決めたんですから」
ワイシャツにセーターでソファーに座る永井の首元で、竹美はネクタイと格闘している。
「気持ちだけで充分だから。それに、何度も徒に往復させると、摩擦で布が傷んでしまうんだぞ」
「もうちょっとで出来そうなんです。我慢してください」
おかしいなぁ。お姉ちゃんで練習してたときは、こんなに手元が狂わなかったのに。




