#089「本命と義理」【万里】
#089「本命と義理」【万里】
大都市に住んでいるのなら、休日の買い物でどこに行くかは迷うところだろうけれど、地方都市では、どこでも、だいたい二ヶ所か三ヶ所ほどに絞られるんじゃないかしら。
万里、松子、竹美の鶴岡家三人は、国道沿いにあるショッピングモールに来ていた。三日後のためにチョコレートを買いにきたのだが、おのおの好みが違うため、集合場所と時間だけ決め、それぞれ別行動をしている。
「鶴岡さん、ですよね」
横から声を掛けられた万里は、そちらに顔を向け、軽く会釈をする。
あら、誰だったかしら。
「こんにちは。えーっと」
「金子です。先週末、病院でお会いした」
「あぁ、そう、金子さん。ごめんなさいね、すぐに気がつかなくて。白衣じゃないと、ずいぶん雰囲気が違うものだから。今日は、坊っちゃんはお留守番なの」
「えぇ。連れてくると、あれが欲しい、これを買えと五月蝿いものですから」
わかるわ、その気持ち。
「小さい子供が一緒だと、ゆっくり買い物できないものね。それで、今日は何を」
「チョコレートを買いに来たんです。もうすぐ、バレンタインですから」
金子は、照れくさそうにはにかみながら答えた。
誰に向けてかは、聞くまでも無いわね。
「鶴岡さんは、何を買いに来たんですか」
「私も同じよ。ただ、私の場合は、お仏壇にお供えする形になるんだけど」
「あっ、旦那さんへですね。お話はかねがね、亀山さんから伺ってます。ずっと思い続けてるんですね」
ただし、本命とは別に、もう一人だけ渡す相手が居るんだけどね。でも、こっちは義理だから、浮気じゃないわよね、博さん。
*
「見て見て。今日は、バレンタンイデーでしょう。それでね。帰りに安奈ちゃんから貰ったんだ」
寿は万里に、誇らしげに紙袋を掲げて見せる。
どんな高級洋菓子が来るかと思えば、前にケーキを買いに行ったお店ね。
「それは良かったわね。――バレンタインデーよ、寿くん」
「そっか。タンイじゃなくてタインか。――それからね。安奈ちゃんは、このお店の、えっと、パチシェルーに教えてもらって作ったんだって。クッキーが焼けるなんて、凄いよね」
なるほど。今回は、手作りなのね。お金より、気持ちを込める路線か。
「パティシエールのことね。そのお店、昨年、竹美と一緒に行ったことがあるんだけど、覚えてないかしら」
「えっ。あのお店なの。でも、お店にいたのは、お相撲の親方みたいなおじさんだったよね」
あっ、そうか。あのとき娘さんは、厨房のほうに居たわね。
「もう一人、若いお姉さんが居るのよ。あっ、そうだ。ホワイトデーのお返しは、そこで買うことにしましょうか」
「そしたら、パチシエールのお姉さんに会えるの」
「えぇ。きっと今度は会えるわ」
「わーい。ホワイトデーが楽しみだな」
まだ一ヶ月も先なのに。無邪気に喜べる寿くんが羨ましい。




