#087「雲行き」【小梅】
#087「雲行き」【小梅】
「かごめ市内にある全日制高校は、五校だけか」
「星雪舎は男子校で、月花女学院は女子校だから、実質的には四択よ」
「その二校は私学だから、公立なら市立東、市立南、県立かごめ総合の三択ね」
小梅、英里、吉川の三人は、セントラルヒーティングの温水パイプ付近に椅子を並べて集まってお喋りに興じながら、雪が小降りになるのを待っている。吉川の鞄の隙間からは、学年集会で配られた来年度のシラバスが顔を覗かせている。
「俺は、あんまり成績が良くないから、かごめ総合かな」
「そうね。オームの法則で躓いてるようじゃ、東どころか南も厳しいわ」
遠慮が無いわね、英里ちゃん。その通りだけども。
「特色選抜で、スポーツ推薦枠を狙う手もあるけど」
「いやいや。ワンチャンで特待生を狙ってもいいけど、惨敗するのが目に見えてるから、止めとくぜ。受験料だって、馬鹿にならないし」
片手をパーにして横に数回振り、そのまま手首を返し、親指と人差し指で円を作る吉川。
星雪舎は、スポーツの強豪校。そのまま大学に内部進学すれば、オービーが強いから、その後の地元就職にも大いに有利に働く。それに、ここの卒業生というだけで、市内では品行方正なスポーツマンとして扱われる。ただし、私学なので、学費は公立の何倍も必要になる。家計に余裕が無いと厳しい。
「そういう松本は、母ちゃんと同じで月花なのか」
「一応ね。滑り止めで、南も受けてみるつもりだけど」
月花女学院は、お嬢さま校。そのまま短期大学に内部進学することも出来る。花嫁修業の意味合いが強くて、ここの出身というだけで、市内では自動的に良妻賢母に認定される。ただし、えー、以下同文。
「月花はセーラー服で、公立は、どこも男女共にブレザーよね」
「星雪舎は黒の詰襟だぜ。雪印の金釦が、星みたいに七つ並んでるタイプ」
「月花のセーラーは、紺地で襟と袖に白の二本線が入ってるタイプよ。それで、赤いスカーフがポイントで、卒業式の日に寄せ書きするそうよ」
私学二校は、古式ゆかしい限りね。
「制服で選ぼうにも、公立は三校とも似てるものね」
「そうだな。東が灰色、南が青色、かごめ総合が緑色」
「東はストライプ、南はチェックのネクタイかリボンで、かごめ総合は、どちらも無いんだっけ」
見分けかたが、間違い探しみたいになってるわよね。そして、一様に垢抜けない。ひょっとして、制服業者が同じなのかしら。帰ったら、松姉と竹姉に聞いてみよう。かごめ総合は分からないけど、東と南が一緒かどうかは分かるかもしれない。そのついでに、二人の高校時代のことも聞いてみよう。何年も前の話だから、参考になるとは限らないだろうけど、情報は多いに越したことないに決まってる。
「あっ。いつの間にか、雪が止んでる」
窓の外を見上げて小梅が呟くと、英里は窓のほうへ視線を走らせ、吉川は鞄を持って立ち上がる。
「よーし、晴れてきたな。今のうちに帰ろうぜ。さぁ、早く早く」
「慌てないの。凍った路面でずっこけて、肘や膝に青痣を作るわよ。泣いたって知らないから」
「泣きやしないやい。いつまでも幼稚園児のままだと思うな」
「どうかしら。小一時間前に雪合戦しようって言ってたのは、どこの誰よ」
ホント、吉川くんに対しては情け容赦ないのね、英里ちゃん。ありうることだけども。




