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籠の中の鳥は  作者: 若松ユウ
第二部
93/232

#086「ハンセイ」【金子】

※あくまで命についての真面目な話です。

※R指定するほどではありませんが、PG12レベルだと思いますので、嫌悪感を覚えたかたは、読み進めずに#087へ移ることを推奨します。


#086「ハンセイ」【金子】


 私の通学区域は、低所得者の多いエリアだった。駄菓子屋や文房具屋で万引きをしてはスリルを愉しみ、刺青やリストカットで度胸試しとストレスを発散するような。ろくに勉強は出来ないくせに、小賢しい知識は持ち合わせていて、十五歳のときに改正されて十四歳未満に引き下げられるまで、鬱陶しい大人には少年法を盾にして理論武装していた。

 通っていた小学校は隠蔽体質で、表向きは「いじめ」が存在しないとされていた。トイレの個室に入った人間に水を掛けたり、机の中にカッターナイフの刃を仕込んだりするのは「いたずら」であり、窓に向かって突き飛ばして割れたガラスで血塗れにさせたり、気絶するくらい胸を強く殴ったりするのは「けんか」であると片付けられた。きっと、出口の見えない長期不況による停滞と、根も葉もない都市伝説や預言が公然と流布する終末観が、重苦しい空気を醸成してストレスを生んでいたんだと思う。

 高校生のときに、堕胎を経験した。そして、運悪く腕の悪い医師に当たり、二度と妊娠できない身体になった。そのとき私は、これまでの悪行三昧に対する天罰が下ったのだと思った。

 看護師になったのは、罪滅ぼしの意味合いが強い。罪の無い命を握り潰した償いとして、一つでも多くの命を救おうと決意したのだ。

 看護師としての仕事に慣れ始めたころ、私は一人の精神科医に恋をした。同性愛者と分かっていながら結婚し、そしてコウノトリの巣という名の児童擁護施設から子供を引き取った。おろしたくせに、と思うかもしれない。でも、それでも私は、子供が欲しかった。たとえ、血が繋がっていないにしても。勝手なエゴだけど、自然に手に入らない状況に陥ったが故に、何としてでも手に入れたいという願いが強まってしまったのだ。

 琢は、コインローカーに捨てられていたそうだ。両親、不明。手掛かり、皆無。寄る辺の無いこの子に、私と同じような少年時代を味わわせたくない。同じ道を歩まないで欲しい。危険が潜んでいる荒野から、手探りで自分の道を切り開かねばならないようなことは、絶対にさせたくない。引き取ったときの虚ろな目には、過去の自分が映っているような気がしたが、ひと月ほどで平気になった。だが、慣れすぎた。水を抱くような生活だと聞かされて覚悟していたつもりだったが、耐え切れなかった。一応、理由付けはしてみたけど、そんなものは後付けで、他人を嫌いになるのは、もっと直感的なものだと思う。ガキ大将が、集団の中から即座にいじめのターゲットを絞るように。

  *

「人という字は、なんて長髪の熱血教師よろしく説教する気はないわ。だけど、人間は独りで生きられないものね」

 金子は、しみじみとした口調で以上の台詞を吐くと、重荷を降ろして吹っ切れたような表情で、屋上のフェンスの支柱に凭れかかりながら煙草を吹かした。すぐ近くの風上にあるベンチでは、松葉杖を脇に置いて座る誠の姿がある。その右手には、発泡酒の空き缶を持っている。

「琢と言う字は、努力して磨き上げるという意味だ。良い名前だよ。地球と書いてアースとか、聖夜と書いてノエルとかいう名前にはしなかったんだな」

「昔のダチと同じ名前を付けられるか」

「あっ、実在するんだな、ハピネスちゃん」

 金子は誠をキッと睨みつけ、煙草の先を誠に向ける。

「冗談めいて名前で呼ぶな。手首に消えない痕を付けるぞ」

「ちょっ、軽くふざけただけなのに。更正できてないなぁ、まったく」

 両手を挙げ、降参の意思を表示する誠。

 この前の女は、別に縒りを戻したい訳じゃなくて、ただ金に困って無心しに来ただけだと判ってホッと安堵したとき、私はこの亀山誠という男のことを、一介の入院患者以上の存在だと思っていることに気付かされた。だけど、その気持ちを告げるのは、もう少し段階を踏んでからだろう。事は、二人だけの問題では無いのだから。


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